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【短編】座標

妻が殺されて、30年の月日が経った。

30年前の今日、駅前で飛び降り自殺があった。妻と二人で夕飯の買い物へ行く途中、ビルの屋上から飛び降りた人物は妻の上に落ちてきた。妻は自殺に巻き込まれ、私のすぐ隣で死んだのだ。
「翔くん!?」
妻に名前を呼ばれて振り向いたときには、すでに妻は血だらけの姿で横たわっていた。
住所不明の身寄りのない初老の男、どこの誰かも知らないこの男に妻は、そして私は人生の全てを狂わされてしまった。
私はその後、その男の身元を調査することに全てをかけた。それこそ死に物狂いでだ。お前はだれだ?どこに住んでいた?家族は?何をして生きてきてなにを思って飛び降りた?
だが、どんなに時間をかけて調べても男についての一切が謎で分からなかった。
当時、私はとある大学の研究者として働いていた。時間と空間についての研究論文が、革新的だと称賛され、次世代を担う人物として各界から多くの期待を集めていた。だがそんなものにも興味を失ってしまった。全ては妻の無念を晴らす為に。
私は考えを改めた。

過去への空間転移。
私は30年かけてその理論を研究し続けた。そして、金もコネもあらゆるものを全て駆使し、私は遂にやりとげた。人を過去へ転送させる装置を今日、完成させたのだ。
目的地は30年前の今日、駅前ビルの屋上にいるあの男のもとへ。あいつの自殺を止める為に。

装置を起動させる。
ズズズーっと鈍い振動が全身に染みわたる。視界が狭まり、私の身体が光の渦へと吸い込まれていった。
30年待ったこの時が来た。
目を開くと、駅前のビルの屋上が見えた。と同時に並行感覚を失った私に落下という抗えぬ力が体全体にガツンとのしかかった。
私はすぐに後悔した。なんとしたことだろう、私は着地点の座標を数メートル程間違えたのだ。
空中に放り出され落ちて行く私と、眼下に迫る妻の目と目があった。
「翔くん!?」
妻が私の名前を呼んだ。

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