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創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」8話 絵美とジョニーと周りのひとびと

7話のあらすじ

スサノオノミコト、アマビエ、ラファエルがあの世とこの世の狭間であるアストラル・サイドから加護を与え、病魔はジョニーの両親から去る。生きているからこそこじれている、そして生きているからこそまだ修復が可能な親子関係をサポートするために、支援団体職員のマッシモはジョニーの両親であるザックとナターリア(愛称ナターシャ)を強めの言葉で諭した。時を同じくして、地球の日本では、氏神スサノオノミコトに加護をしてもらった礼をしてほしいと、絵美から頼まれた彼女の姉がいた……。ここからは、絵美の姉、真菜(まな)の記録。

8話

日時: 2222年2月13日 (地球、愛知)

記録者: 真菜(マナ)  マイジェンダー: 女性 18才

出身地: 日本  趣味: なし


「と、ゆーことでお願い、お姉ちゃん!」

パン、とホログラフ(立体映像)の絵美が手を合わせて頭を下げた。

火星で出来たボーイフレンドの両親を、今地球の各地で流行っている感染症の病気から助けてほしいとわたしたちの氏神であるスサノオノミコトさまにお願いをして、それが叶ったはいいものの、地元にあるうちの神社に火星からどうやってお礼をしようかと考えた結果、わたしに頼みに「コミュニ・クリスタル」でアクセスして来たのだ。

……妹はいつもそう。要領が良くて、気が回る。……18才にもなったというのに人と付き合うのが苦手で、まだ何も未来のことが決まっていないわたしと違って。

「わかった。お礼のご挨拶に行ってくればいいのね」

「……あんまり外に出たくないお姉ちゃんには申し訳ないけど……」

「わかったって! それくらいやるわよ。じゃあね、絵美」

すこし乱暴だと思ったけれど、それで「コミュニ・クリスタル」の通信を切った。

気持ちを先回りして告げる妹の言葉を、わたしは、ひどく使い古された言い回しで表現するなら「ウザい」と思ってしまう。どこへ行っても、何をやっても気持ちが空回りしたり、人との距離がつかみにくくて苦労しているわたしと、すぐに人の気持ちをぴたりと察する妹とは、本当に天地の差。天すら超えて、火星に行った妹は、うちの地元でも大評判で。……そうしてわたしを見て、大人は決まって言うんだ。

「妹さんは火星へ行ってすごい人だけど、お姉さんは……?」

地球でも、行ける人は極めて限られた火星で、16才にして自然創生コロニーのメンバーと言う、まさに世界の花形の仕事に就いている妹、絵美。かたや、12才から始まる職場体験プログラムをいくつも、いくつも受けたけれど、どれも続かなくてついにプー。政府から生活給付金、世界標準の名称で言うならライフキープマネーを支給してもらうだけの、そのことについて口さがないひとの言葉を借りるならゴクツブシ。それが18才の姉のわたし、真菜だ。

両親はいい人だから、のんびりと向いた仕事を探したっていい、と言ってくれる。でも、先の超少子高齢化社会で、あまり移民も積極的に受け入れることのなかった日本は、ある程度機械化で補ってはきたけれど、職種によってはとうとう働き手が枯渇してきたために、12才から仕事をする人口を増やすことにした。だから、年齢が上がれば上がるほど、ライフキープマネーだけに頼って、仕事やスポーツやアート、ボランティアなどをせずに何もしていないひとというのは昔と同じで、日本では居心地がとても悪い。

2020年にあった、全地球規模の感染症によるパンデミックのとき、軒並み学校は休みになるか、オンライン授業に切り替わって、学校に行く意味、というのが強く問われるようになった。23世紀の今も、新しい感染症が世界中に蔓延すると、その都度学校は休みになる。妹の絵美のように、誰とでもすぐに仲良くなれる子は休校を残念がるけど、わたしのように、あまり大勢の人がいるところが好きじゃない子にとっては、好きになれない先生のご機嫌を取ったり、合わない会話で盛り上がる同級生と無理に一緒だったりしなくても良くて、家で学習すればいい環境になるのはパラダイスだ。

勉強は、先生に一方的に教えてもらうものじゃない。増して、過度な密が発生する人数過多の教室でプリントをやることが授業なら、そんなのはひとりで家でだって出来る。それが分かった日本の家庭では、2020年を境にインターネットを通じて、本当に教えることに対して手を抜かない、熱心で相性の合う先生や、学習用AIの補佐による個別授業を受けることが盛んになった。出来ない子と出来る子を分けるために、先生が作った意地悪なテストの点数と言う同じ物差しで測って、大勢の中で出来る子には優越感を、出来ない子には劣等感を感じさせて子どものメンタルをいびつにさせていた学校の仕組みは、根本から考え直されるようになった。

学校で育む必要があるのは、社会性と自発的な学習力。偏差値とかっていう、記憶力とその応用を試されるだけで、その成績が良ければいい学校に入れたなんて、2020年の日本っていう国はどれだけ遅れていたんだろうって思う。23世紀の今はどこも、難関で倍率の高い国公立の上の学校だってAO入試。そのくらい今でも子どもの人数は少ないから、学業の成績だけじゃなくて、きめ細やかにオンラインを含む面接での対話や、小論文や、前の学校での部活やボランティアなどの活動が重視された入試が採用されている。

もっとも、昔は小学校、中学校、高校、大学、行きたい人はそのあとも大学院と、仕事をせずに勉強をする学生を続けることが可能だったらしいけど。23世紀の今は、12才の段階で仕事を始める子も少なくない。お酒やタバコはまだ確かにハタチからだけど、何らかの仕事について収入を得たり、その収入から税金を払ったり、労働力として認められるという点では12才から大人だ。

21世紀のころ、学生として勉強しながらインターネットでユーチューバーとして有名になったり、子どものころからお金について学び、会社を起ち上げて軌道に乗せたり、アート方面で収入を得たりする子どもたちがたくさん出てきて、時には親よりも高収入になる子もいたそうで。その流れに国の施策も乗っかって、23世紀の今には「12才から働く日本」という新常識が定着している。

そして、逆に子どもだから仕事をしなくていい、という特権は、全世界的に各国の政府から支給されるようになったライフキープマネーのおかげで、大人にもその権利が出来た。平均的なお金を使う生活なら、海外では一生それでも良くてのんびりと暮らすひとたちはたくさんいる。

だけど……ここは日本だ。昔は風邪でも通勤することが当たり前だったり、ハードワークの超過勤務すぎて自殺者や健康やメンタルを害する人たちがぼろぼろと出ても、とにかく勤勉であることを美徳として死守しようとした国。

その姿勢は23世紀の今も形を変えて残っている。仕事をせずにのんびりと一生暮らすというひとたちは、日本ではほとんどいない。12才までに社会性と自発的な学習力の基礎を義務教育で身に付けたら、その後は様々な職場体験プログラムがあって、すこしでもやりたいことがあったらそれに対応した体験プログラムを選んで、自分に合うものが見つかったらその職業に従事していく。12才になれば入れる私立、国公立の上の学校も、学問を専門的にやるところは少なくなっていて、職業訓練校の色合いが強い学校が多くなっている。

18才ともなれば、もうやりたい仕事や、せめて何か打ち込めるスポーツやアートや、ボランティアが見つかってもいい頃で……義務教育のときから集団行動が苦手で、何の職場体験プログラムを試してみても、情熱を感じることができず、上の学校へ行く気も無くて、つまりはプーのわたしは、今、とても辛い。

それに比べて、妹の絵美は、子どものころから「宇宙に行く」と決めていた。わたしには難しいアストラル・サイドとか四次元や五次元という理論も覚え、10才で整然としたレポートが出せるようになった。運動能力や、自活能力、コミュニケーション能力もきちんと大人社会から求められる標準的なことはやれるようになり、その先に、願い通り宇宙での仕事、火星自然創生コロニーのメンバーに入った。

わたしは? 何の趣味もない。やりたいこともない。家族を助けて料理をしたり、同居している父方のおばあちゃんやおじいちゃんや、近所に住んでいる母方のおじいちゃんやおばあちゃんの様子を見たり、……家の中や氏神さまの神社を掃除したりする毎日。外出が嫌いなんじゃない。お昼に外にいると「あの子は?」ってわたしを見る厳しい目が恐いんだ。父方のおじいちゃんとおばあちゃんも、母方のおじいちゃんとおばあちゃんも優しいし体がどこか悪くなって、自分たちもライフキープマネーをもらってのリタイア生活だから、わたしにそれ以上のことを求めてきたりはしない。そんな家族のことを、わたしはとても大切に思っている。妹の、絵美だけを除いて。絵美の姿は、見るだけで何もしていないわたしが強く責められているような気がする。家族以外の他人は、火星に行った妹と、ゴクツブシの姉を比べて、陰でわたしの悪口を言うことを知っているから。妹が悪いんじゃない。働かないわたしが、日本では一番悪い。それくらいは分かっている。

……そうだ。今日はまだ、氏神さまの神社を掃除していなかった。子どもたちが遊ぶようにブランコや滑り台のある公園を兼ねた小さな神社だから、近所の子たちが捨てたお菓子のゴミがあるかもしれない。妹に頼まれたお礼ついでにゴミ袋を持っていこう。

家で外出の準備をする。昨日、家族のために作ったクッキーの残りと、上等の日本酒。氏神さまへのお供えものだ。……それと、ゴミ袋。用意が出来たと、玄関へ行こうとしたらそっとうちの飼いネコのクロがやって来た。つやのある真っ黒な毛に、金色の目が輝く、しっぽの短い黒猫だ。

「ナーオ」

上目遣いにわたしを見上げる。首輪に小さな「コミュニ・クリスタル」が付いている。

「クロ。一緒に神社へ行く?」

「ナー」

クロから、わたしのおさげ髪を留めたヘアアクセサリーの「コミュニ・クリスタル」を通して、快い肯定のフィーリングが伝わってきた。

「うん、じゃあ行こう」

わたしとクロは、家を出て、歩いて五分のところにある小さな神社に着いた。神社の鳥居を一礼してくぐる。

『……しけた顔してんなぁ』

頭の中に、声がした。最初はびっくりしたけど、もう慣れた。氏神のスサノオノミコトさまだ。境内の澄んだ空気の中に、ふわりとお姿が現れる。

「こんにちは、スサノオノミコトさま。妹の代わりに、おやつとお神酒を持ってきました」

わたしは、境内の遊具のそばにあるベンチの上に、自作のクッキーと、お父さんのをこっそりと頂いた上等の日本酒を差し出した。ハンカチの上にクッキーをいくつか置いて、日本酒の瓶のふたを開ける。

『俺らはもう、いつでも、どこにでも現れることが出来るんだから、わざわざ神社を気にしなくてもいいぜ、って絵美には言ったんだけどな。だけど気持ちはありがたく受け取っておくな』

スサノオノミコトさまがひょいとクッキーをつまんで、パクリとお召しになった。わたしには「コミュニ・クリスタル」でスサノオノミコトさまが見えているから分かるけど、何も見えないふつうのひとにとっては、クッキーが空中に浮いてどこかに消えた、不思議な光景が見えるはずだ。境内には誰もいないから良かったけれど。

『……うまいよ。手作りしたんだな』

「ええ、家にいるゴクツブシのわたしに出来ることと言ったら、それくらいしかないですから」

私の答えを聞いてスサノオノミコトさまは優しく微笑んだ。

『家のなかのことを手伝ってるんだ。そして、今日は神社の掃除もしに来た。金にはならないが、それも立派な仕事だぞ、真菜。決してゴクツブシなんかじゃない。家のなかを知らないやつらが勝手に言うことなんか、気にするなよ』

「……ありがとうございます。本当に何でもご存知なんですね」

わたしはちょっとうつむいた。スサノオノミコトさまに、わたしがふつうにやっていることを認めてもらって、おじいちゃんに褒めてもらったような嬉しさがこみ上げてきた。どうしよう、ちょっと泣きそうかも。

『……今日は、地上波の放送で『世界の海のビフォア・アフター』がやる日だなあ』

スサノオノミコトさまがぽつりと言った。

「そんなことまでご存知なんですか」

『神々の世界でもな、あの番組を楽しみにしてるやつらは多いから』

「……テレビもあるんですね」

驚きだ。世の中はもう、VR(ヴァーチャルリアリティ、仮想現実)の時代で、個人が自分の部屋のベッドでヘッドギアをかぶって五感でVRの世界を楽しむことがメインになっている。テレビなんて見ているのはうちの家族くらいかと思っていた。

「ナー」

ベンチの足元でクロが鳴く。そうそう、うちがみんなでテレビを見るのは、クロが一緒に楽しんでいることも大きい。スポーツの試合を見るとき、クロは映っているひとの動きを追いかけているから……。そんな姿が見られなくなるのも嫌で、たぶんうちはVRを楽しむ機械、ドリームゲームに移行するのではなく、みんなでひとつのテレビが残っているんだろう。

『一生をかけてやれる仕事か……考えすぎず、案外身近なことにそのヒントがあるのかもな』

……神さまがたは何でもご存知だ。わたしの悩みも、ほんとに御見通し。

「それじゃあ、火星の絵美のことを、今後もよろしくお願いします、スサノオノミコトさま。わたし、掃除して帰りますね」

わたしはベンチから立ち上がった。

『苦しいときはいつでも呼べよ、真菜。日本の神々のなかで、一番出来が悪かった俺に遠慮なんかいらないからな!』

そう言って、スサノオノミコトさまは宙に消えた。

「……ありがとうございます」

泣けてきた。氏神のスサノオノミコトさまは、ほんとに優しい。調べた伝説では、初めはとことん悪い神さまだったみたいだけど、いろいろあって、うちの氏神さまになる頃には、良い神さまになったんだろうな。……わたしもそんなふうに変われるだろうか?

わたしは、そのあと境内と神社の周りの道路に落ちていたゴミを拾って袋に入れ、クロとともに家に帰った。夕食の支度をして、家族が揃った頃にスサノオノミコトさまがおっしゃっていた「世界の海のビフォア・アフター」が始まった。

「世界の海のビフォア・アフター」は、なんと2030年に始まった200年近く続くテレビの老舗(しにせ)番組だ。地球の海を、一回分の放送につき七つの地域で掃除する各地の個人ボランティアやチームボランティアを追いかけ、ビフォアの汚れた海岸に流れ着くゴミを拾うところを映していく。自分たちが掃除する地域の海岸がアフターとして綺麗になったら、彼らは世界の各地から南半球の孤島、ヘンダーソン島に集まり、ともにそこでふたたびゴミを拾う。

イギリス領ピトケアン諸島のひとつ、ニュージーランドと南アメリカ大陸のチリの間にあるヘンダーソン島は、21世紀の始めには、最も海洋のゴミが流れ着く汚れた島として知られていて、膨大な数のゴミで海岸が埋め尽くされていた。無人島で、自然保護の観点から人の立ち入りが許されていなかったので、ゴミは長らく手つかずのまま、海流によって増えていく一方。

それを何とかしよう、と2020年代後半に世界各地の有志が話し合い、イギリス政府とも交渉をした。政府の許可のもと、ゴミを回収する目的にのみ立ち入りを許されて、世界各地からゴミを拾うひとびとがヘンダーソン島に日帰りで集まるツアーが始まった。

それならば、テレビ番組にしてみようじゃないかという企画者が現れて、新人のアイドルを使ったヘンダーソン島へのゴミ拾いツアーを放送したところ、あまりテレビを見ることもなくなっていた当時の若い子たちが飛びついた。見放されたゴミの漂流先だったヘンダーソン島は、一気に若者たちが憧れる、いつか行きたい場所のひとつになった。

2020年あたりのデータでは、推定されていたゴミの数は4000万近く。企画者のひとの言葉が残っている。

「それをゴミじゃなくて、ヘンダーソン島から持ち帰るお土産だと思えるようになったら、みんながつながれる記念品になるんじゃないか?」

その言葉通り、ヘンダーソン島のゴミ拾いに行って、ゴミを拾う地球規模のメンバーのひとりの証として誇りに思い、そのかけらを記念品として持っているひとは、23世紀の今や国境を超えて数多い。

2030年から全世界で毎週の放映が開始されて、200年近く経つ。遠洋はAI搭載のゴミを回収する機械が巡回し、沿岸の海は有志ボランティアが流れ着くゴミを定期的に拾うようになって、大方の海は綺麗になった。

当時問題となっていたプラスティックも、生分解プラスティックという微生物が分解できるものが使われるようになったり、その後に可食(かしょく)プラスティックという、生物が食べても大丈夫な新素材のプラスティックまで現れて、回収する必要があるのは、それらが登場する前の自然に回帰しにくいゴミとなった。

老舗番組「世界の海のビフォア・アフター」が映す、地球の七つの地域の海岸となる場所は、たいていが21世紀の初めごろまでに、海流によって既にゴミが溜まっていたところだ。

ひとびとがそうした地球の汚れた海岸と、番組の目標となる世界で一番汚れた島、ヘンダーソン島に行くということは、まだゴミがそこにあるということではあるけれど。2020年のころに回収は不可能と諦められて、人間の愚行としてのみ紹介されていたころとは、もう違う。

いつか、行ってみたいな……。わたしもヘンダーソン島に。

2222年の2月13日。妹の絵美と違って、バレンタインを意識する相手もいないわたしに、やりたいことが将来かすかにあるとすれば、ほんとに夢でしかないのだけれど……ヘンダーソン島への憧れだった。

(続く)

※ 2030年から開始された設定の「世界の海のビフォア・アフター」という番組は、こんなのが観たいなあという、作者の私の思いがこもったフィクションです。

次回予告

9話は、バレンタインデーを迎えたジョニー。イギリスでは男性が女性に親しみを込めたカードを贈ることが一般的で、ジョニーはどんな言葉を書こうかとても悩んでいた。

どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーから花咲実さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。




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