見出し画像

創作未来神話「ガーディアン・フィーリング」22話 恋人たちはノマド .ac(アセンション島3)

21話のあらすじ

火星から戻り、メタルクラッド飛行船に乗って地球の各地を巡る旅を始めたジョニーと絵美。いよいよアセンション島で、ドメイン名につながる新しい土地神さまを呼び起こす儀式を行い、現れたのは可愛らしい幼女の姿だった。ここからは、ジョニーの記録。

22話

場所: 地球、アセンション島(ドメイン .ac)

記録者: ジョニー  マイジェンダー: やや男性 18才

出身地: ブリテン  趣味: ネコとたわむれること


海の神、アグエさまが小刻みなビートで踊っている。周りでアフリカの笛や太鼓や木琴を奏でるひとびともそれによく合う土着の音楽を奏でている。

アセンション島で一番高いグリーンマウンテンの頂上。僕らが持ってきたそこそこ大きな波型をした二枚貝のなかに、ちいさな女の子が現れて、ふわぁあ、と大きなあくびをひとつ、した。

火山から流れ出て固まった溶岩の色のような、茶褐色の肌。肩あたりまで伸びた、植物のような緑色の髪。髪飾りに小さな花をつけている。あの花は……絵美の故郷、日本で春に咲くという桜のようだ。

「えへへ。アセンション島の新しい神さまになれてうれしいな! アグエさま、ありがとう! 君たちもね!」

女の子はにっこり笑った。

「わたしのことは『アセンションちゃん』って呼んでね」

「えっ、でも神さまなのに、恐れ多い気が」

絵美が恐縮している。

「神さまって言っても、アグエさまみたいに古くから海でひとを見守り、助けてきた方々と違って、アセンションちゃんはまだなんにもしていないもん! 今、生まれたばかりで君たちより新しい神さまだよ? アセンションちゃんでいいよぅ!」

「わ、分かったよ。よろしくね、アセンションちゃん」と僕は応じた。

「じゃあ、ハイタッチしよ?」

アセンション島さま、いや、アセンションちゃんが手を高く挙げた。

ホログラフなのに、触れるんだろうか?

「タッチ!」とアセンションちゃん。

僕が恐る恐る差し出した手に、確かな温かいぬくもりが重なった。

『アセンション島よ、あまり三次元世界に干渉してはならぬぞ』

困ったようにアグエさまが言った。

「生まれたばかりのアセンションちゃんだもん! このくらい大丈夫だよ~」

『じゃが、わしら古き神々の掟としては、コミュニ・クリスタルで姿を見せることは出来るようになったものの、気軽に触らせてはならぬのだぞ』

「ええ、いいじゃん、アグエさまのケチ~!」

アセンションちゃんがぷぅ、と頬をふくらませる。

『しかたないのう、今日だけ特別に見逃してやるわい』

「ほんとに!? ありがとう、アグエさま!」

アセンションちゃんはあっと言う間に機嫌を直して、僕の手をしっかりと握って引っ張った。

「行こう! アセンションちゃんが見せたいところ、いーっぱいあるんだぁ! そうだ。君の名前は?」

「ジョニー」

ふんふん、とアセンションちゃんはうなずき、次に絵美を見た。

「君は?」

「絵美……だよ、アセンションさ、……ちゃん」

ふふ、絵美も敬う気持ちがこれまで強かったから、ちょっと神さまをちゃんで呼ぶのに困ってる。

「ジョニー兄ちゃん、絵美姉ちゃん。じゃあ、行こうっ! この島のいいところ、これから案内してあげる!」

アセンションちゃんは、僕の手を引いて歩き始めた。

「あ、儀式に使った貝がらはどうしよう?」と絵美。

『ここに置いておくが良い。新しき神が誕生した証。記念のオブジェになるじゃろうて。アセンション島の面倒を、よろしくのう』

アグエさまが快活に笑って、僕らを見送った。

「あの木も、その木も! みーんな、昔は荒れ地だったアセンションちゃんのところへ、ひとが運んでくれたものが最初にあったんだよ! この深い深いジャングルは、ひとが作ってくれて、生きものたちが安心して暮らせるようになったんだぁ」

アセンションちゃんが、山を下りて行きながらひとつひとつの木を指さして紹介した。知識として頭の中に入ってはいたけど、こうして生い茂るジャングルをじかに見て、アセンションちゃんから話を聞くと、ひとつひとつの木や、そこに暮らす生きものたちがとても尊く思えてくるから不思議だ。

「アセンションちゃんの、昔からの観光スポットはね! あれっ!」

アセンションちゃんが指をさした。

道路をてくてくと歩いていた僕らの目に入ったのは、カニの絵が真ん中にある、三角形の道路標識。

「これは……?」と僕。

「えへへ。カニ注意の標識だよ! この島では道によくカニが歩いているから、つぶさないでっていうしるしだよ」

「そうなんだ。ほんとに生きものに優しい島なんだね、アセンションちゃん」と絵美が笑った。

「そうだよ! もうすこし名物の道路標識があるから、案内するね!」

アセンションちゃんがふたたび歩き始めた。

道路をしばらく行くと、今度は羊の絵が描かれた三角形の標識。

「これは、羊に注意か。こんなに生きものの注意の標識があったら、車の速度はなかなか出せそうにないね」と僕。

「うん、きっと速度を出す必要もなくて、のんびりひとも生きものも暮らしてるんだろうね、ジョニー」

絵美が笑って相づちを打った。

「じゃあ、あれは何でしょう!」

道路をしばらく歩いて、アセンションちゃんがまた道路標識を指さした。

「ん? ラクダ……?」

そこには、確かにラクダの絵。これまでの標識と同じかたちの、三角形の板のなかにヒトコブラクダが収まっている。

「えっ、ジャングルなのにラクダがいるの?」

絵美が驚きの表情を浮かべた。

「そう思うでしょう、えっへん! あれは、Humpに注意、なんだよ」

Hump。車に減速を促すため、道路をすこし隆起させてコブコブにしたところを作った場所だ。

「そうなのか。ラクダがいるって思っちゃうよね、絵美」

「うん、ジョニー。でも、ここにラクダは確かにおかしいもんね」

ふたりで笑い合う。素朴だけれど、面白いものが見られて僕らも観光気分を楽しめた。

「そしてねえ、ジョニー兄ちゃん、絵美姉ちゃん。この島には……なんと、桜があるかもしれないの」

「ええっ!? ほんとに?」

「うん。昔から、目撃情報があるんだよ~。探してみる?」

「やってみようよ、ジョニー!」

絵美が乗り気だ。故郷の桜がこんなところにあるかもしれないなんて知ったから、きっと望郷の想いが心に沸き起こったのだろう。

「じゃあ、どこにあるかは言わないよぅ! 頑張ってね~」

「ぷっ、それってあるって言ってるのと同じだよ、アセンションちゃん」と僕。

「あっ、しまったぁ!」

アセンションちゃんはてへへ、と笑った。

そして僕らは、歩きくたびれるくらいに、あちこちを歩いて桜を探してみた。日が暮れるまでの一日をそれに使ったと言っても良かった。だけど、残念なことにタイムオーバー。明日のスケジュールは、昔の軍港、アセンション基地に滞在する、軍隊から戦争や紛争がほとんど無い23世紀の現在ではより平和な目的での運用に変わった組織、ケアパワーズのメンバーと、その子どもたちに僕らの火星での経験をじかに話す仕事が待ってる。それが終わったら、次のドメイン名「.ad」ことフランスとスペインのあいだのピレネー山脈にあるアンドラを目指して、このアセンション島を離れなければならない。

「うー。見つけたかったね、ジョニー」

「絵美、桜なら日本でいくらでも見られるんだろう?」

「そうなんだけど……あるかもしれない、っていうくらいレアな桜がこのジャングルにひっそり生えてるって思ったら、何とかして見つけたくなっちゃう」

絵美は名残惜しげだ。

「……今度また来たらいいよぅ、ジョニー兄ちゃん、絵美姉ちゃん!」

「なかなか来られる場所じゃないけど……ジョニー、いつかまたここを目指してもいい?」

「ああ。何と言っても、僕らの、……ファーストキスの場所だしね」

「ジョニー……」

絵美が恥ずかしそうに笑った。

僕も、このアセンション島は、メタルクラッド飛行船に乗った地球の仕事を始めて、一番に来たところだからかもあってか、とても印象に残る場所だ。絶海の孤島だから、来るのはなかなか難しいかもしれないけれど……ぜひプライベートでも訪れて、今度こそ幻の桜を見つけてみたいな、と思った。

(続く)

次回予告

23話は、軍隊から変わった支援組織、ケアパワーズのメンバーとその子どもたちに、ジョニーと絵美、そしてアセンションちゃんがお話をすることに。2月中旬に投稿を予定しています。どうぞ、お楽しみに~。

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりゆたきちさんの作品をお借りしました。ありがとうございます。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?