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クラスでいじられキャラだったけど「恋ダンス」のおかげで大逆転した息子

「キモいって言われるんだよね」

現在中学1年の息子が小学校3年生だったとき、なかなかクラスに居場所ができなくて苦労した。
息子は人と関わるのが好きで、人懐っこいし、明るいし、誰とでもすぐに親しくなれる。ただ、感情表現が少し大きくて、わかりやすくいえば欧米っぽい感じ。だから、なんとなくクラスで浮いてしまっていたようだ。
1、2年生のときは、そういう息子の明るさがクラスを活発にしていたと言ってもらえていたのに、3年生なって、それが災いした感じだった。

息子が学校から帰ってくるたびに、「みんなが僕のことをキモいって言う」と言っていた。親としてはいたたまれない気持ちだった。
どの程度のからかい方なのか、息子の話だけではよく分からなかったし、それ以外の部分では楽しそうに通っていたので、毎日注意深く息子の様子は観察していた。なんとなくクラスに自分の立ち位置が見出せないまま1学期を終えた。

夏休みの担任との面談のときにも、息子のそうした話が出た。でも、先生の話は、要約してしまえば「息子が空気が読めない」と受け止めている感じだった。
親としても、それはすごく理解できた。すごく感激したことがあると、授業中だろうがおかまいなく「わあ! すごーい!!」というように声をあげる。それ自体は悪くないけれど、そういう言動でクラスで浮いてしまっていたのだろう。

思い当たる節はありまくりだったけれど、息子の反応が間違っているわけではない。息子には、そのよさをそのままに、でももうちょっと周りに気を遣ってほしい。そういうめちゃくちゃ矛盾したことを要求しなくてはならなくて、どうしていいか分からなかった。
担任の先生は面談を終えて産休にはいり、2学期からは若い男性の先生が担任になった。体が大きくて、面白くて、息子は先生を大好きになった。

だからといって、息子へのからかいは収まらなかった。それが原因だったのかは分からないけれど、3年生の1年間は体調を崩すことが多かった。
病院に寄ってから、息子と一緒に学校に行くことも多く、そのたびにクラスの子との関係を伺った。でも、無視されているとか、すごくいじめられているという様子はかんじなかった。
学校に行くと「よお! 〇〇!!」と息子に声を掛けてくれていたし、緊急に対応しなくてはならないとは思えなかった。

でも、なんとなくモヤモヤしながら学校に通っていた息子に、3学期になって立場が大逆転するチャンスが巡ってきた。

従姉妹に教えてもらった「恋ダンス」

その年は、あの「恋ダンス」の大ブームの年だった。
我が家はドラマも見てないし、曲もなんとなく聞いたことあるだけだった。ダンスが流行っているのは知っていたけど、ダンスが得意な息子も特に興味を示すこともなかったので、完全にスルーだった。

冬休み中、そんな我が家に、姪たちからメールが来た。ダンスが得意な息子は、当然「恋ダンス」を踊っているものと思ったらしい。知らないと伝えると、下の姪が踊っている動画を、上の姪が送ってきた。「練習しておいてね! 今度会ったときに、一緒に踊ろうね!」と。

息子は熱心に覚える感じでもなかったけれど、すぐにだいたい踊れるようになった。ひととおり覚えたら、また踊らなくなってしまったのだけど、3学期が始まってしばらくしてから、息子が「6年生を送る会で、恋ダンス踊るんだって」と言ってきた。
「へえ! もう踊れるからよかったね!」「うん」
ダンスを教える係があるというので、「やればいいじゃん」と言ったけど、「うーん。別にいいかな」と乗り気ではないようだった。
今までのクラスの雰囲気から、あまり出しゃばらないほうがいいと思ったのかもしれない。

6年生を送る会に向けて、クラスで女子が練習をするようになった。でも、男子はやっぱりあまり踊りたがらない。だけど、息子が完璧に踊るから、男子たちも「教えて」と声を掛けてくるようになった。
そして、3年生全クラスが集まって学年練習をしたとき、ようやく息子の居場所ができた。

見事なてのひら返し

学年練習が始まって、ダンスを教える係の子たちがステージに上がった。そのときに、係じゃなくても自信のある子はステージに上がって見本を見せてあげて、と言われたらしい。
息子は完璧に踊れるので、自信満々でステージのセンターに立った(そういうところなんだよ、キミ)
音楽が流れて、全員で踊ったら、当然いちばん上手だったのは息子だった(らしい)。それが3年生の目にはかっこよく映ったらしく、息子はその日からダンスの先生としてひっぱりだこになった。

なにかあるたびに、息子に「キモい」と言ってからかっていた女子たちも、てのひらを返したように息子をちやほやするようになった。息子には「あの子とあの子には気をつけなさいよ! どうせまたてのひら返しするから!」と警告すると「うん。分かってるー」なんて言っていた。

そんなある日、担任の先生から電話があった。確か、何か別件の用事だったと思ったけれど、そのついでに息子のダンスの話が出た。
若い男の先生は、ずっとクラス内の息子の立ち位置を気にしていたらしい。それを、ダンスひとつで見事にひっくり返してくれた、と。
「本当は、もっと早く私が手を打たなくてはいけなかったんですけど、うまく対応できなくてここまで来てしまってすみませんでした」と、言ってくれた。そして、「恋ダンスを上手に踊ってくれたおかげで、男子が一生懸命練習するようになったし、クラスの雰囲気も変えてくれました」と、息子の与えた影響についても教えてくれた。

息子には苦しい1年だったけど、自分の力で自分の居場所が作れたのはよかったと思った。

救われた言葉

5年生になるまで、毎年クラス替えのある学校だったのだけど、4年生になってから、息子がからかわれるようなことはなくなった。
4年生の担任の先生との面談の際に、3年生の間、いろいろと大変だったことを話してみた。すると、その先生は、「それは、担任の責任もあると思います」と言った。
「私は、息子くんのちょっと大袈裟なところとか、勢いで行動するところとかを利用させてもらっています。なんとなく白けたムードになりがちなところを、息子くんが盛り上げてくれるので、私はそれに乗っからせてもらっているだけです」と、その先生は言ってくれた。
その言葉に、私はすごく救われた。
そうだよ、息子はやっぱりそのままでいいんだと思えた。
ただ、やっぱり成長と共に、勢いだけではダメな状況も出てくるから、それは少しずつ覚えていけばいいんだと思えるようになった。

3年生のときの話なんて、4年生の担任に話してもしょうがないだろうと思いつつも話してみたのだけど、きちんと聞いてくれた。このとき話をしなかったら、今でもずっとモヤモヤを抱えたままだったかもしれない。

4年生のその先生と、5、6年生で担任をしてくれた先生と、息子はすごくいい先生と巡り会えたと思う。息子のいいところを伸ばして、やり過ぎなところは修正してくれて、本当にすごく成長させてくれた。
学校の先生たちはすごく大変な時代だと思うけれど、しっかりと子供を見て教育してくれることに感謝しかない。
先生たち、先生になってくれてありがとう!

おまけ
3年生のときに、ガキ大将みたいな体の大きい子がひとりいて、その子ともなんとなくギクシャクしていた。
6年生の運動会でその子は白組の、息子が紅組の応援団長になった。体の大きい白組の応援団長に対して、女子も含めて学年でいちばん小さい紅組の応援団長になった息子。結果は紅組の勝利。
母として「これで借りは返したぜ!」なんていう気分になったのは内緒。
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フリーライター。2001年に車いすテニスを初めて見て衝撃を受け、アテネ、北京、ロンドンパラリンピックを取材。今はただの車いすテニスファン。怒り新党に出演したことがあるので、今度はマツコの知らない世界に出て車いすテニスの魅力をもっと知ってもらうのが夢! 夫は脊損で下肢全廃(Th7)

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