帰路の船
2002年頃。石垣島での3年の暮らしを終え。地元の三重県に帰ることになった。
帰りはフェリーに乗った。飛行機ではなく、フェリーに乗った理由はバイクがあったからだった。島で暮らしている間に、働いているガソリンスタンドの店長の知り合いから中古のバイクを買った。この250ccのバイクはどうしても連れて帰りたかった。
なのでフェリーにのることになったのだが、飛行機だと数時間で大阪までいけるところを、船だと3日かかる。
船で数日過ごすことは初めての経験だったので、最初の内は楽しい気分でいた。しかしそんな気分もすぐに消えることになる。
船旅は退屈だった。甲板に出て海を見てもすぐに飽きてしまう。何せ見渡す限り360℃どこを見ても海なのだ。他は何もない。
そのとき気づいた。海を見て、いや美しい景色をみて感動するのは、すぐ近くにそれと違うものがあったりするからなのだ。
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船内には小さなゲームセンターがあった。かなり古い型のゲーム筐体がいくつか並んでおり、麻雀や競馬などのゲームがあった。あまりにヒマだったので何かプレイしようかと思ったが、麻雀も競馬もルールがよくわからなかった。
すると自分にもできそうなゲームがあったのでコインを入れてスタートしてみた。それは画面上に女性の写真が大きく映されていて。しかし体のほとんどの部分をブロックで隠されている。顔だけは全体が見えていて笑顔を作っている。画面下には横長の棒のようなものがあり。そこに小さいボールが飛んでくる。要はその横長の棒を左右に操り、ボールを反射させてブロックにぶつけて消していく。上手くいけば女性の裸身が拝める。ということのようだった。
これまたずいぶんと古いゲームだ。ルールもつまらない。こんなの誰がやるのだと思いながら、気が付けば熱中していた。他にやることがなかったからなのか、女性の裸身が見たかったのか。
ついにコインがなくなり、それでも札を両替してプレイを続けてしまった。最終的には確かブロックを全て崩し、目的のものを拝んだような気がするが、そのあたりの記憶がない。ただ虚無感だけが脳裏に蘇る。
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船内には本棚がいくつかあった。最新のものではない雑誌がいくつかと、他の旅人が置いていったのであろう本が何冊もあった。小説がいくつかあり、そのうち2冊ほど読んだ。
ひとつは椎名誠さんの「アド・バード」を手に取った。椎名誠さんと言えば自分の中では冒険家というイメージが強かったので、小説も出しているというのはその時まで知らなかった。
内容はファンタジックなもので、読み進めると飛び出してくる独特の表現。未だに印象に残っているのは食べ物が出てくる場面。もうなんというか、ガシガシ食っている、という感じが伝わってきた。決してうまそうではなかったが。
もう一冊はスティーヴン・キングの「ランゴリアーズ」だった。内容はホラーなのだが、しかし人生の大切なことを伝えんとしているようにも感じられた。
過ぎ去った時間は戻ってこないのだ、と。
その2冊も3日とかからず読んでしまった。読むのが殊更おそい俺がそのスピードで読んでしまうほど、他にやることがなかった。
寝起きしていた船室は4人部屋で、他にも石垣から内地に向かう若者が何人もいた。船酔いで苦しんでいる者もいたが、自分はとくに酔わなかった。島酒(泡盛)で鍛えられていたからだろうか。
食事はどうしていたのか記憶が曖昧になっているが、船側から何らかの食事を提供してもらっていたような気がする。小さな売店もあり、カップラーメンや焼きそばなどがあった。
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皆どこか疲れたような顔をしていた。旅が終わり、帰路についているのだから当たり前なのかもしれないが。そのせいか会話をしても盛り上がることはなかった。
石垣島から出発し、船は3日目の夜。大阪の南港に到着した。何人かはバイクにまたがり、別れの挨拶もせぬまま走り出していった。
俺も自分のバイクにまたがり、走り出した。そして道に迷った。季節は5月。とはいえ夜は冷える。高速道路の料金所で道を聞き、寒さを堪えながらなんとか三重に帰りつくことが出来た。
3日間の船旅は、何もすることがなくて退屈だったが。今思えば、あの時間を持ててよかったと思う。旅を終える。そのことを、ゆっくりとじんわりと、心に刻むことができたからだ。
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