【グッドプラン・フロム・イメージスペース】 「視野の味: 後編 Last Part」 (No.0097)

後編 Part.2のつづき

「ナツオ。私はバナナをよく冷やしたミルクと一緒に頂くのが何よりだと考えています。」
「悪くありません。」
「いつだってそう思っていました。だって素晴らしいのだから。この組み合わせは素晴らしいのだから。ミルクもバナナもお互いをとっても丁寧に理解しあっているのですよ。相思相愛なんですよ。」
「ええ」
「だから私はこれが全てで、これ以上の事をバナナに求めてはいませんでした。今さっきだってこのバナナをナツオから貰った時に、如何にして冷やしたミルクを手に入れるかを考えたほどなんです。」
「はい」
「でもナツオの話で分かりました。バナナの甘さや食べ合わせは結局『味』だけの事で、バナナにはもっと色んな『味』が有るのだと。」
「そうです」
「ナツオにはまだ話していませんでしたが、私はバナナを愛しています。」
「知っていますよ」
「私はバナナの全ての味を知りたくなりました。それを知って、求めてこそバナナを愛していると言えるのでしょう。」
「うん、ヒナタ。いいです、とてもグッドですよ。」

ナツオは思わずぱちぱちと拍手を送りました。

「私がさっき玄関前でヒナタの顔を見た時に、このことを話すべきだ、知ってもらうべきだと気づいたのです。だからわざわざこの場に来たのですよ。だって見てください。」

ナツオは両手を広げました。

「ヒナタ、ここは図書室です。本が無数に有るのです。」

ヒナタはくるくると周りの本棚を見回しました。

「そうか。ここにはバナナの本もあるからそれを読んでもっと理解を深めろと言うのですね?」
「いえ、違います。ヒナタ、バナナのことを知るにはバナナのことだけを学んでも足りないのですよ。それでは結局は甘さにこだわっていた時と変わらないのです。」
「それではどうするのですか?」
「ヒナタ。バナナにこだわってはいけません。ミルクでもうさぎでもニワトリでもヒヨコでもパンジーでもじょうろでも、味や形や色味や香りや機能以外にも、あまりに沢山の『味』が含まれているのです。」

ヒナタは少しぼうっとしました。

「バナナの傷を知るために生産から販売までの知識が必要な様に、ウサギでもミルクでも、その代表的な一面以外を沢山抱え込んでいます。それを味わうにはそれは沢山の経験や知識が必要なのです。その知恵が無くてはパンジーもヒヨコもまるで皮を剥かずにバナナを食べるように正しく理解は出来ないのですよ。」
「ナツオ。何だかぼうっとします。」
「そうでしょう」
「だって・・・それって、凄いですよね。だって、私は、わたしは誰よりもバナナを知っているつもりだったんですよ。」
「ええ」
「でもあんなに食べたバナナだって、全然知らないことに気づいたのですよ。それなのに・・・それなのに、じょうろ、パンジー、ヒヨコ、カナブン・・・ナツオ・・・」

ヒナタははっとしてまた周りをぐるぐると見回しました。

「ああっ。だから図書室なのですね!」
「はい」
「そうか。ナツオ、やっとわかりました。」
「はい」
「私は何も知らないのですね。とっても狭い世界のごくごく一部だけしか知らないのですね。」
「ええ。でも私も同じですし、小学生ですからね。」
「でも、その事・・・何も知らないということは知りましたよ。」
「ええ」
「ナツオ。私は今の呆れたウィルス騒動で学校が閉鎖されて以来、ずっと似た生活が続いていました。でも、もちろん楽しいのです。ウサギもパンジーもじょうろも、あと金魚だって好きですから。」
「ええ」
「でも、何だかちょっと違ったんです。退屈さみたいなのを感じていました。なんと言うか・・・止まっちゃった気分だったのです。」
「わかります」
「ああ!ああ!」

ヒナタはバナナをテーブルに置き、窓際へ駆け寄り開けた窓から外を見ました。

「私は何も知らない!この景色から見える全てを私は知らないんです!」

ヒナタは振り返ります。
するとそこには、さっきまで一面の町並みと青い空が写っていた彼の瞳には、今度は一面の本が視界に入りました。
ヒナタは大きい瞳をもっと大きく見開き、立ち尽くしていました。

「ヒナタ。もうわかったでしょう。あなたが窓から見た景色よりも、もっともっとたくさんの『味』が、この狭い部屋に詰まっているのです。」

ナツオは冷めたお茶を飲み干しました。

「本は人が『考えた事をまとめたもの』では無いのです。本は『考えたこと』そのものなのです。人の思考という、曖昧で手に取れないものを本という物質に変えた不思議な存在なのです。そして世界の色んな『味』が紹介されているのです。」

ナツオは立ち尽くすヒナタをゆっくりと椅子に座らせてあげました。

「私達の身体の部位が感じ取る力は、実は他の動物たちに比べると弱いです。犬は人の何千倍も鼻が良いと言います。」

ナツオはヒナタにお茶を一飲ませてあげました。

「でも知恵を受け取る力は、どんな動物も足元に及ばないのです。これは私達の舌なのです。」
「ナツオ、ぼうっとするんです。」

ナツオはコップを受け取ると、靴を脱がせ長机の上にヒナタを寝かせてあげました。

うーんうーんと少しうなっていましたが、すぐにヒナタは寝てしまいました。
ナツオは窓を少し閉め、レースのカーテンを引いてヒナタに当たる日差しを和らげてあげました。
やがて、ナツオも机に突っ伏して寝てしまいました。


2人はお昼頃、見回りに来た先生に起こされ叱られるまで、暖かな日差しと爽やかな風を心ゆくまで味わい続けたのです。


【グッドプラン・フロム・イメージスペース】

「視野の味:後編 Last Part」 (No.0097)


おわり



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