禍話リライト「エロ本」
ゴミ捨て場にちょっとセクシーな雑誌が捨てられて、別の者がおこぼれを頂戴する。大学の男子寮ではよくある話だろう。これはそういう話だ。
首都圏のとある私大の男子寮でのこと。
夏休みに入りみんな帰省していって、寮には管理人のおじさんと片手で数えられる数の学生だけが残っていたそうだ。
その日も居残り組は食堂でダラダラと暇を持て余していた。そこに、あまりそういう集まりに加わらないクールなA君が通りかかった。
「よう」
「おぉ」
「いまゴミ捨て場に行ったらすげーエロ本あったぞ」
「え、ホント?」
「マジで?」
普段そういう話をしないのに珍しい、と感じつつみんな食いついた。
「うん。青い表紙の本がすげーエロかった。俺はいいからお前ら取りに行けば?」
「へえ~……」
A君はキャリーバッグをガラガラと引いて去って行く。あいつも実家に帰るのかな、そんな時にエロ本なんて要らねえよな、とみんな納得した。
納得しA君を見送って、改めてテーブルを囲んだところで駄弁るくらいしかやることがない。男子学生たちは手持ち無沙汰なのだ。遊びに行こうにも金もないのだ。
「………………行ってみる?」
「……行くか」
誰かの発言をきっかけに、四、五人でぞろぞろとゴミ捨て場に向かったそうだ。ゴミ捨て場は地下にあった。
古紙置き場を覗いてみるが、それらしき物は見当たらない。
「なんだぁ? Aのやつ嘘ついたのか?」
「いや、奥にあるぞ青い本」
「……でも雑誌じゃなくね?」
新聞や雑誌の山の奥から引っ張り出したそれは、どう見てもアルバムだった。どこの家庭にもありそうな、写真を収めるアレだ。
「なんだこれ」
「中がエッチな写真なんじゃねえの?」
「開けるぞ……!」
顔を寄せ合い期待に胸を膨らませ、彼らはアルバムの表紙をめくる。
何ということもない家族写真がそこにあった。母親らしき女性と娘と息子だ。娘は幼く、彼らの性欲の対象外だった。母親のほうも肌の露出がない。エロくない。
めくってもめくっても、ただの家族写真が現れる。
海で撮ったもの。
ショッピングモールで撮ったもの。
湖畔で撮ったもの。
撮影者はおそらく父親なのだろう。ある一葉に撮影者の影が伸びていて、〝カメラを構えたお父さん〟にしか見えないシルエットだった。隅に印字されている日付はずいぶんと古い。
なんでこんな物がこんな所にあるんだろう。
疑問を持ち始める頃、彼らはあることに気がついた。
写っている三人が一様に浮かない顔をしているのだ。写真を撮られるのを嫌がっているように見える。長距離ドライブなど、子供は疲れてしまって楽しんでいるのは親だけという場面はあるが、母親までもが暗い表情だ。ホテルのレストランでバイキング、みたいな写真もそうだった。それなら疲れないしテンションが上がってもいいものだが。
「なにがエロいんだよ……」
ぼやきながらもページをめくる手は止めない。
健全な若者の悲しいサガで、いつかエロい写真が出てくるかもしれないという期待を捨てられないのだ。
しかし、めくってもめくっても家族写真。楽しそうでもない家族写真。エロくない母親とエロくない娘とエロくない息子だ。
くじけそうになりながらページをめくる最中に、一人がぽつりと呟いた。
「これさあ、なんでこのお母さんは夏も長袖なんだろうね」
母親はどの写真でも肌を見せていない。
写真の中の娘は徐々に成長していくのだが、それに伴い娘も長袖を着るようになっていた。
息子もだ。
「なんかやだな……」
めくってもめくっても暗い表情の写真ばかり。そのうち、母親はマスクを着けるようになった。芸能人が顔を隠す時みたいな、目元から下を覆い隠すマスクだ。
どんどんめくっていって、ちっともエロくないまま最後のページになった。
「うわっ!」
持っていた奴が取り落としそうになる。
そこにあった二葉は、写真の中の全員が笑顔だった。
母親と娘が写っているもの。これは息子が撮ったのだろう。
母親と息子が写っているもの。これは娘が撮ったのだろう。
母親と娘と息子は、喪服を着ていた。
どちらの写真も、満面の笑みを浮かべる二人の後ろには、布を掛けられ横たわる人が写っていた。間違いなく父親だろう。
にっこりとカメラに向かって笑いかける二葉はとてつもない不気味さを纏っていた。
「こっわ……」
「え、やだこれ……」
「怖え……」
家族の情報はどこにも書かれておらず、彼らは不気味なアルバムを古紙置き場の奥に放り投げてしまったそうだ。
「ヤバいだろ今の……」
「怖いけどさあ、ぜんっぜんエロくねえじゃねーか」
「何なんだよAの野郎」
「……でもあれさ、中学生くらいで止まってたけどさ、……息子のほう、Aに似てたよな?」
「オイやめろよ」
髪型は今のA君と違うけれど、言われてみれば目元なんかが似ていた気がする。しかし古紙の山の向こうに消えたアルバムを今から探して確かめる気にもなれない。学生たちはその場を後にした。
ところでこの男子寮は二人一部屋なのだが、エロ本を探しに行った中にA君と相部屋の学生がいた。二人の間に会話が少なかったこともあり、彼はA君が怖くなってきたらしい。
でもあいつは実家に帰ってるしな。冗談にしちゃ悪趣味だけど。
そう思いながら部屋の中を見れば、A君の机の抽斗がわずかに開いている。
彼は好奇心に勝てず開けてしまった。
だが、そこには文房具しか入っていない。
怪談なんかだと「見たな」みたいな紙が入ってたりするもんだよな。
拍子抜けした彼は、抽斗に入っていたノートを取り出してみる。
すると一番下から古い写真が出てきた。
写っているのは、笑顔の男の子だ。
背景は火葬場。火葬場の中庭だ。
男の子は骨壺を抱えて、笑っている。
写真の裏には日付が記されていた。それとA君の名前も。
彼は写真を元の場所にしまい、居残り組のみんなにこのことを話したそうだ。
どんな顔でA君を迎えればいいか分からないと言い合ったりしたが、それは杞憂に終わった。
A君は、夏休みが終わっても寮に帰って来なかった。
そのまま大学も退学してしまったそうだ。
※「真・禍話/激闘編 第5夜」より
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