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コラおじさんとわたしの写真

わたしは小学校1〜3年まで学校の帰りに学童保育へ行っていた。
そこはわたしの行く学校以外の子も多くおり、宿題をやったり塗り絵をしたりドッチボールをしたり。
ある程度のルールはあるが気弱で人見知りながらもわたしはそれなりに楽しくやっていた。

そんな学校から学童へ向かう道中のことだ。

工事現場があった。
たしかマンションが出来るから工事をしていた場所である。
そこにいかにも工事現場のおじさんですという出で立ちの男がひとり立っていた。

わたしは友達2人とわいわい話をしながら帰っていた。

「ちょっとそこの子たち」
振り向くとおじさんがわたしたちを見ていた。

わたしはこういう時もしひとりきりだったら、きっとおじさんと口も聞かずに足早に去っただろう。
だが、今は3人だったものだから強気でいた。

おじさんのところへ3人で向かう。

「面白い写真があるよ」
おじさんはまるでトランプの手札を見せるようにわたしたちに写真を見せた。
そこには宇宙服を着ていない人が宇宙にいる写真や、ライオンのとなりで笑う人の写真などがあった。

「すごおい」
わたしたちはなんだか楽しくなってしまってその写真たちを見ながら笑っていた。
おじさんともすっかり打ち解けてしまった。

「こんな風に面白い写真を撮ってあげるよ」
おじさんはそう言うとデジタルカメラをカバンから取り出した。
わたしたちは疑いや嫌悪感など微塵も感じず、おじさんの思うがままにパシ パシ と、シャッターを切られた。

後日

おじさんは、またも3人で歩いていたわたしたちを引き止めると
「写真出来上がったよ」
と言った。

見ると、そこにはわたしたちがどこぞのお城を背景にしてにこにこ笑っている写真があった。
「すごいすごい!!」
わたしたちはとても喜んだ。

他にも宇宙を背景にしていたり、深海だったり、それはそれは面白いものだった。
3人でパラパラと好奇心の赴くままに写真をめくっていると、ある写真が出てきた。

それはわたしが大人の女の人の体にコラージュされた上半身までの写真だった。
写真いっぱいに、まるでブロマイドのように。
顔は子供で体は大人のアンバランスなわたしがいた。
しかもヘソ出しルックだ。

一瞬「え…」と言いかけたわたしをよそに、わたし以外の2人は
「ぎゃー!デベソデベソ」
と笑うので、わたしはなんだかそっちの反応の方が恥ずかしなってしまい
「えー!なにこれ!やだー!」
ととっさに2人のテンションに寄せた。

その後おじさんからは風景の写真数枚と、先ほどの女性コラージュの写真を受け取った。


家に帰ってわたしはそれをあらためてじっと見た。
風景とわたしたち3人がコラージュされた写真の出来映えはとてもすばらしく、何度見ても楽しかった。
女性コラージュの方に目を移す。
それは風景コラ同様、とてもよくできていた。
二つ結びだったはずのわたしの髪の毛はロングのワンレンになっており、体は完全に大人の女性になっている。
観光地にある顔ハメパネルみたいなお粗末な出来栄えではなく、とても精巧にできたコラージュだった。

だが、女性コラの写真はたとえ幼いわたしでも、

なにか、
そう、なにか、よくわからない
モヤモヤとした
??

本能的にわたしはなにかを感じているのだが
それがその時のわたしには到底なんなのか
わからないのだ

ただ、なんとなく
その写真はもう誰にも見せてはいけない気がして、わたしは机の奥にしまい込んだ。

その後
学童でわたしたちは何の気なしに先生に写真のことと、おじさんのことを話した。
その先生はこの学童で一番えらい先生で、50代後半くらいの女性である。
快活で、怒るときは怒るがとても優しい一面もあり、わたしは先生が好きだった。

わたしたちにとってはとても面白い体験をしたということを伝えたつもりだったが、先生が意外にも真顔だったので、わたしたちは不思議な気持ちになった。

先生は神妙な面持ちになり、ゆっくりと

「知らない人に写真を撮らせてはいけないよ。それと、その人とはもう口を聞いてはいけない」

と言った。

わたしたちは「あれ」と思いつつも、そうか、あれはあまりよくないことだったのかも、と考えが変わっていき、
「はーい」
とすぐ返事をした。
そのときわたしの心の中のモヤモヤがなにかを納得したようだった。

そしてそれ以降わたしたちはおじさんがそこに立っていても早足で通り過ぎるようになった。

その後、
それでもモヤモヤが取れなかったわたしは、一応コラ写真とその経緯を母親にも伝えた。
その時も女性コラの写真は見せなかったし、話にも出さなかった。

母親は風景コラに少し関心を持ちながらも、やはり学童の先生と同じようなことを言ったのだった。
信頼する大人2人に言われると、いよいよあれは本当にいけないことであったのだと感じ、わたしは反省した。

時が少し経ち、
なんとなくしばらく飾っていた風景コラの写真は、いつかの大掃除の際に捨ててしまった。

机の奥の写真の方は、その掃除の前だったか後だったかもう思い出せはしないが、
ビリビリと破いてそれをティッシュにくるんで、絶対にだれにも見られないように捨てた。


現在

あのとき一緒にいた友人は2人とも引っ越してしまった。
連絡先も知らないのでもう会うこともないだろう。

工事現場だった場所にはマンションが建っている。
もうコラおじさんがどこに立っていたのかすら記憶にない。

ただ、そこを通る時、
時折女性コラージュの写真を見たあの時のモヤモヤが、微かにわたしのなかで沸き立つのである。