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それは幻の〇〇くん

飲み会は反吐が出た。
本社応援の後の打ち上げ
同期が行くっていうからついていった程度
最初は理知的だったリーダー感ある上司も
酒が入り時間が経つにつれてどんどん正気の目ではなくなっていった
おしぼりをぶん投げる奴がいたり
枝豆をぶん投げる奴がいたり
それを唖然と見ている私の隣でゲラゲラ笑う女がいたり
それをムービーに撮ってるそこそこの年齢の男がいる
カツラを取り出したハゲた男がいれば
それを新人の男の子にかぶせてゲラゲラ笑ったり
大人 とは
脳が固まった
かというわたしも
チキンなので
空気を読むみたいな教えをしっかりと
それはもうべったりと貼り付けて
笑顔だった
ケラケラと

絶対に早く切り上げようと思った
それはもうクソ真面目に
空気読めないって
意外とそういうのはない
なんせ中心ではないから
それはもう黒子のように
役目を果たしたから捌けるように
そこから捌けることはごく自然のように
私はぺこぺこと申し訳ないのですがと
明日予定がありましてと
ないのに
笑顔を貼り付けて
いや、これは本当の笑顔なんだけど
財布をすごすごと出し、
指定されたお金を置いて、
帰った

すると意外な黒子がもう1人
さっきハゲにヅラを被されていた男の子が
おれももう帰ります

自然に?
自然…?
それはよくわからなかったが
黒子2人は退散した

夕暮れだった空がとっぷり暗く、あたりは店の電気がチカチカとしていた
私はそれなりに正気を失おうと思っていたので
酒をまぁまぁ飲んでいた
酒気をおびた自分はいつもより饒舌になっていて
男の子と隣り合っても堂々と話せた
いつもなら同年代の男の子
ましてや年下
すごく苦手である
これは自分の心の中で言っているだけだが
私は童貞である
女ながらに童貞である
隣合われると冷や汗が出る
言葉が出なくなる
もともと馬鹿だから
理知的な話もできないし
それを見透かされている気がして
あぁ価値のない女
早くいなくならないかな
なんて思われてないかななんて
悲しい
そんな感じになる
ちょっと好きな相手でも
べつに好きでもない相手でも
厄介

〇〇くんはなんで参加したの
いや一応参加しとかないとなって思ったんですけど、あれはもういいっすね
あーあれはちょっと私もえーってなった
ありえない
ねーちょっとねー

私は人の悪口をストレートに言わない節がある
当たり障りなく
自分は善人のスレスレであるかのように
ふるまう

駅のホーム
偶然乗る線も一緒だった
いつもは一緒でもトイレとかいって一本遅らせるが、今日はなんとかなりそうだったので
せっかく話せていたので
一緒の線の隣の席に座ってもう少し話した
お互いにとりとめのない話を
ローテンポで
ローテンションで
黒子の打ち上げをした

〇〇くんは好きなものってなに
あー
うん
これ、ひかれるかもしれないんですけど
おお
おれ美少女系好きなんですよね
ほーー

ちょっと楽しい

じゃあ〇〇くんAIRとか知ってるの
はい、知ってます
へーー

今思い返せば彼もかなり酔っていたのだろう
閉鎖的な雰囲気でもあり
斜に構えていて
全てがどうでもいいだろうに
こんな開けっぴろげな情報を一黒子に提供してくれたのだから

とはいえ、
政治の話とかではなく
こんなフランクで興味深い内容が飛び出したものだから
私はより饒舌に話すことができたのだ

そうこうしていると目的地
改札まで足早に歩きながら

こんな風に話せることもうないかもね、フロアも違うし
と黒子が言ったら
そうですね、もうたぶん一生ないでしょうね
と冗談と無関心が混じったような声色で黒子は言った
その時は1ミリの寂しさとたっぷりとした現実味を感じた

まぁ、たぶん、そうだろうな


そしてその後、
なんと私の代と彼の代の飲み会が行われるという話があった
飲み会は嫌いだが
一次会までならなんとかいける私
なにしろまた〇〇くんと話せるかもなと
ちょっと期待する自分がいた

結果彼は来なかった
参加するとは言ってたらしい
〇〇くんきません!
という下の代の声に
しっかりテーブルにはめこまれた私は
あららー残念だね〜
とつぶやくと
目の前のはつらつとした営業くんは
あぁ、アイツいつもそうなんですよ
と言って
周りもそれに対して
あ〜〇〇くんはね〜そういう奴なんですよ
と言った

〇〇くんよ
君はなかなかそういう奴だったのだな
私と同じくらいの黒子かと思ったが
彼はそれを遥かに逸脱し、
俯瞰して
超越した気になって
そんな気すらなくて

いや
ただ、いやだったのか

そう思うとあの時の飲み会の帰りが奇跡のように思えた
レアだ

もう一生ないのでしょうね