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【生存戦略しましょうか・終】ゴッホという旗印

はじめに

 これまで「今後どうしようかな」という話を何回かしてきましたが、2か月ほどnoteをやってみて、自分で一番しっくりきたやり方が見つかったので、今日はその話をしようと思います。

 去年の冬に入った辺りから「物語を書くということを今後どのようにやっていけばいいだろうか」ということをずっと考え続けていました。その中で見つけた書く場所がこのnoteで、試しに年始から使い始めてみました。色々ぐるぐると生存戦略を考えていましたが、何周か巡って、納得いく形が見つかりました。(その堂々巡りの様を見たい方はこのシリーズを順繰り読んでみて下さい)
 そこで今日は以下の三つの話をしていきます。
1. noteを書いてみて良かったこと
2. 今後のnoteの使い方
3. 自分がこれからしていきたいこと

1.noteを書いてみて良かったこと

 まずnoteを書いてみて良かったことは「書く習慣を取り戻せたこと」です。これまで短いながらもnoteという場所で週二本何か書くと決めて書き始めた結果、日常的に文章を書くということを取り戻すことが出来ました。これはnoteというものが「文章を発表する場所」という共通認識がここに読みに来ている人たちの中にはあり、そういう周りの目があることで、書き続けないと格好悪いので、無理矢理でも書くということが出来ました。書くことを習慣化するというのは僕にとって結構重要なテーマで、これまで小説だけを一人で書いていたときは、特に社会人になってからは、習慣化することは非常に難しくなっていました。というのも、小説を書くという行為は、こういう文章を書くのとは全く違う体力を使いますし、息詰まると書かなくなってしまっていました。けれども、何かしらでも文章を書き発表する場所を得られたことで、いい意味で逃げ道を作ることが出来ました。小説を書くか、もしくは、息詰まったら、noteで文章を書く、これがいまの習慣です。

2.今後のnoteの使い方

 そういったことを踏まえて、今後のnoteの使い方ですが、基本的には「小説の形にならない言葉たちを吐き出す場所」という軸で書いていこうと考えています。元々はここで作品を発表して、それでファンを獲得してなど考えていたのですが、やめました。理由は、電子空間の軽さと僕の書きたい作品は合わないし、ここが結構重要ですが、僕は結局のところ、noteから本を出すというやり方に格好良さや美学を感じられなかったからです。これは別にnoteを批判しているわけではなく、単純に僕の好みや面倒なこだわりみたいなものです。

 先日久しぶりに大学時代の友人にあったのですが、彼がこんなことを言っていました。

「最近、箕輪さんとか出てきているけど、俺はあの人に何の格好良さを感じられない。あれは全然美しくない」

 この言葉を聞いて、僕は忘れかけていた自分の軸を思い出しました。僕はこれまで何かを行うとき、そのやり方は格好いいのか、美しいのかということをひたすら考えていました。それは「お金を稼ぐ」とか「有名になる」とか「売れる本を作る」とかそういった価値基準を第一にしないということです。(それが悪いとは思っていません。単純に僕の生き方の問題です。また、格好良さや美しさも個人的な嗜好に寄るものなので、あくまで僕や僕の友人の中の格好良さや美しさに基づいた話です)
 そこで僕の真にやりたいこと「たった一人でも救える物語を書くこと」「何百年後も残り続ける物語を書くこと」を行うために、何が格好いいのか、美しいのかというのを改めて考えたときに、noteでそれを行うということに対して、僕は上手く納得することが出来ませんでした。もはやこれは性癖の問題ですが、時代に乗って性癖を捨てるくらいなら、時代に逆らって性癖で突き抜けたいという方が僕にとって、納得のいく回答でした。

「このネットであらゆるものがどんどん軽くなっていく時代でさ、それとは真逆の方法で何かをやり遂げたら、それこそ、時を越えられるでしょ、ゴッホみたいにさ」

 これも大学時代の友人に言われた言葉です。ハッとしました。僕は小さい頃からゴッホの絵が好きで、ゴッホの生き様に憧れを抱いていました。だからその言葉を言われたときに即決しました。僕の旗印はゴッホだ、彼の生き様が僕の軸だ、と。
 ただ、先にお話ししたこのnoteの利点を使わない理由もないので「小説に、あるいは、物語にならなかった言葉を吐き出す場所」として使おうと思っています。なので、これから更新は不定期になりますし、作品を発表することもないと思います。感情の赴くままに吐き出したい物があれば勢いで書いてここで発散したり、小説を書くのに疲れたら、ここで気軽な文章を書いたりしようかなと考えています。ただそれで世に出ようとかはもう考えていないです。本当に純粋な僕の公のノートブックとして、ここでは言葉を書いていきます。

3.自分がこれからしていきたいこと

 さて、最後の「これからしていきたいこと」ですが、単純に本を出版したいです。紙の本だけで。紙の本しか存在しない作家、というのが、僕が進みたいと心の底から思えている道です。
 具体的にいま考えているのは、(せっかく京都に住み始めたので)京都の小さな出版社で、装丁から何までとことんこだわり抜いた宝物のような本を、部数は少なくてもいいので、出版出来たらいいなと考えています。
 どうして文学賞を獲って、大手出版社から出そうとしないのかという疑問があるかもしれませんが、これも単純に「獲りたい、目指したい文学賞がない」という一言に尽きます。それに大手出版社はつまるところ会社として配属があるし、人事異動もあるので、それよりも小さな出版社で二人三脚のような形で長く共に本を作っていけた方が僕のやりたいことは出来るのではないかなと現時点で考えているわけです。

 消費される物語ではなく、手元に置いて抱きしめたくなる、そんな物語と本を作りたいなと強く想っています。

おわり

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三田文學 2017年夏季号『柔らかい針 掌編』掲載。京都在住のくるくるパーの眼鏡な小説家。小説以外では詩、絵画、映画、音楽、劇が栄養素です。サッカーと自転車と服と珈琲が好きです。甘い物とお酒は別腹です。e-mail: poo.tee.weet.k@gmail.com