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路とこころ

浅草のすごいところは観音様がど真ん中にどっしりといらっしゃる事だ。横には神社があり、観音様を拾いあげた三人のながれからきている。俯瞰して見てみるとその周りにも、稲荷社や様々な仏様がいる。重要なのは、観音様が一番大きくて中心であることの様に思わざる得ない。ここに徳川幕府ゆかりの地、またその意思を感じる。多くの人々で賑わう地。大衆信仰と娯楽。お釈迦様は悟りだが、観音様は悟ると言うよりは大衆の方をみて救おうとするらしい。決して周りの様々なお稲荷さんや弁天さんではなく、金龍山の中心は観音様なのだ。
慈愛。人情。庶民。行きつけ中目黒の珈琲豆店のお母さんは浅草育ちだ。話をしているとこう言う。高いものは銀座で庶民は浅草。僕には、菩薩の分け御魂の声に聞こえた。確かに寅さんや欽ちゃん、ビートたけしに哀川翔等、他にもデビューや下積みして、巣立っては息の長い芸の道をいく方が多い。
違う街だが、豆腐を引き売りしていた頃に、稲荷社のそばを休憩で拝借しておいなりさんをお供えした。急に儲かったが、急に誰一人来なくなった。その時の道路の怖さは覚えてる。狐をそれっきりにしたからだろうか。自然霊や動物系は低い次元なので、分かり易く物質現象としておこるがそのぶん反動も大きいそうだ。確かに陽が沈めば、特にあの雰囲気はどこか艶かしい。外国人や若い人がやたらと、着物と稲荷さんを一緒にしたがるのは何故だろうか分からない。
その点観音様は突き抜けている。が故に、分かりづらくじわじわと年月がかかる。格が違うからなのか。
神道は元が朝鮮半島から渡ってきた天皇家なので、始まりが政治的な要素を含んでいる。地域コミニュケーションだろう。僕の実家は神道だったので、ローカルコミニュティの感覚は想像しやすい。祭りとはその典型で、山車の上によく登らされた記憶がある。
僕の内面を覗くと似ていることに気がつく。真ん中に人情が座っており。占星術でいう水であり感情だ。側に社会の人間関係が寄り添っており、その周りに商売や様々な願いが広がっている。風や雷といった決して交わらない要素の嵐は、時に譲らない個人的意見や僕の怒りである。とはいえ、天下泰平に家内安全を毎日祈っている。僕に関わる全ての人に、一期一会で向き合う毎日である。

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人力俥GYOU。肉体労働者や行商人を経て人力車車夫稼業。人力俥を舞台に俄狂言師。書道家アーティスト。西洋占星術や禅、路上の生きた哲学をStoryteller ライブ。役者やモデルで雑誌や広告、CMや映画に出演。Instagram @issei_imada 御依頼や御相談は▶️DM
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