「メルカリスパイスおじさん」のカレーを作る
とあるコミュニティで目にした話だ。
「メルカリで売ってるスパイスカレーのセットが美味しい」
メルカリとは皆さんご存知のフリマサイトのメルカリ。近頃何かと話題になるあのサイトだ。
なんでも既製品のスパイスの転売ではなく、カレー一回分のスパイスを個包装した物とレシピをセットにして売ってる出品者がいるのだという。スパイス以外の食材は自分で用意する事になるが(出品情報に必要な食材が記されている)、ルーに頼らない本格的スパイスカレーがお手軽に作れるとあって中々好評なようだ。
私はいつしか心惹かれていた。本格スパイスカレーの方にではなく、自然と「スパイスおじさん」という概念で呼称するその出品者に。
私は若干料理を嗜んでいる事もあり、カレーをルー無しで作った経験はそれなりにある。
小麦粉とカレー粉を炒める日本風、スパイスを炒めて作るインド風、ココナッツミルクがベースのタイ風。
一部で絶賛されている「みくのしんの辛いカレー」に無意味な対抗心を燃やし、「ストーム叉焼の辛くないカレー」というオリジナルカレーを作った事もある。(7割位マッサマンカレーなのだが)
(その時のカレー。カイエンペッパーが一切入っていないので全く辛く無い)
その気になればカレーを自作できる私がスパイスおじさんに興味を持つ理由。それはスパイスおじさんの醸し出す「秘伝のブレンド感」だ。
世の中にはスパイスから作るカレーのレシピは無数にある。メーカーが開発したスパイスミックスだって売っているし、それこそカレールーを使えば誰でも美味しいカレーが作れる時代だ。
そんな現代において、独自配合のスパイスを販売する正体不明のスパイスおじさん。
他に誰も知る由のない、おじさんにしか作れない配合のスパイス。
脳裏にハードボイルドなイメージが広がる。
人通りの少ない路地裏の店、看板も出ていない薄暗い店。漂う香辛料の匂いが店名の代わり。店主と余計な言葉を交わす必要はない。
「『チキンカレー』が作りたいのだが」
「……持っていきな」
金と引き換えに手渡される一包のスパイス。俺は懐にそれをしまい込むと静かに店を後にし、雑踏の中へ消えていく……
……違うな。そういう感じではない。『チキンカレー』もなんかの隠語じゃない。俺は別に違法な薬物のやりとりに憧れがある訳ではない。
それはともかく、「秘伝」とか「極秘」とか「一子相伝」とか。男の子はそういう秘匿感にロマンを感じるように育っていく。
メルカリで売られているというカレースパイスには、そのシークレットなテイストがほんのり漂っているのだ。
メルカリに居を構えるスパイスおじさんの秘伝のカレー。よく考えるとこの表現には「虚(きょ)」しかないのだが(居は構えてないしおじさんと決まった訳ではないし秘伝だったらメルカリで売らないので)、溢れ出るワクワク感は私を突き動かすのに十分だった。
ただ、その情報を目にした週末にはちょいと奥歯をブッこ抜く予定があり、今カレーを食べるのは歯を抜いた傷口にスパイスを塗り込むCIAインド支部の拷問みたいになるので、傷が塞がるまでは期を待つ事となった。
その分吟味する時間が出来たので、購入するスパイスを選定する上で、事前に1つの判断基準を定めておいた。
『商品ページに成分表が載っている』だ。
情報源の方からの又聞きなのだが、メルカリで食品を販売する場合、どうやら原材料の一覧を載せないと法的に問題がある可能性があるらしい。ふわっとしているが俺に調べる義理はない。なんかそうらしいという風評に流され生きていく所存だ。
昨今のメルカリが舞台の話題を目にしていく内、メルカリというサイトは平成を生き抜き令和に憚(はびこ)る現代の闇市で、このサイトの住人は売り手も買い手もインターネットバーリトゥードの使い手か『アンチェイン』しかいない位の認識だったが、この話を目にした時には修羅の国にも『遵法意識』が存在しているのだなと感動した記憶がある。(普通に法にも秩序にも従った利用者の方が圧倒的に多いだろうし、メルカリは修羅の国ではない)
ともかく、法的に怪しく何を入れているか不明な出品者よりは、労力を割いて成分表を表示してくれるスパイスの方が人格的にも成分的にも誠実さが高いので判断基準の一つとした。
注文するのはこちらのチキンカレーにした。
メルカリに登録するのは初めてだが、取引評価と思われる数字が総数・高評価共に非常に高く、初めてを任せるには良いおじさんだろう。
取引成立すると同時に挨拶されるというAmazonにない文化に気圧されながら到着を待つ。ついでに歯をぶっこ抜いた傷口が塞がるのを待つ。スパイスはすぐ届いた。血は止まらなかった。作るの来週にしよ。
これ注文した後に気がついたんですが、この人家電や機器類が取引のメインみたいでカレースパイスの取引はごく一部みたいです。評価数ぜーんぜんカレーと関係ない。俺のバカ。
思ったより普通の封筒で届いたスパイスは、3つの袋に分けられていた。粉薬みたいな包装の仕方が一般家庭でも出来るんだなぁ。
ホールスパイスが入った内袋からクミンシードがこぼれ、小虫の蛹がぶち撒けられたみたいになっていて若干肝が冷えたが、ビニール袋で受け止められていたのであまり気にしない。出品者には高評価を付けておいた。
そしてスパイスおじさん秘伝のカレーのレシピ付き。
内容はそう突飛な物ではない。クンナ・ダッシュのカレーの作り方が理解できるなら問題ないだろう。
(https://m.youtube.com/watch?v=H35TLp8t3bU)
当たり前みたいにクンナ・ダッシュの名前を出したが知名度はどれくらいあるのだろうか。ニコニコ動画の超狭いコミュニティでしか有名じゃない人かもしれない。
ただ、「この工程は大切なので絶対にやってください」というような記載もあり、単なるスパイスの量り売りではなくスパイスおじさんなりの拘りもあるのが伺えて嬉しい。
また、ホールスパイスが苦手な人向けにスパイスバックまで添えてあった。たった数百円の商品に対してつぎ込む思いやりの労力がすごい。これは信頼していいかもしれない。
血も止まったし抜糸も終わったので実際に作ってみるのだが、レシピ自体も商品の一部と言えるのでざっくりとダイジェストでお送りする。と言っても至ってシンプルなインドカレーなので特殊な工程とかはない。
ホールスパイスを油で炒めて
玉ねぎ炒めて
ニンニク生姜とかトマトを炒めて
パウダースパイス入れて
鶏肉入れて
仕上げのスパイス入れて完成
「ちょっとだけ残すのめんどくさい」というやむを得ない事情により、本来のレシピより鶏肉が多めに入っていて見た目のインパクトがすごい事になったが、概ね指示書通りに作成した。ホールスパイスがそのまま入っているカレーは正直得意ではないのだが、おじさんに背中を預けるつもりで入れっぱなしとした。
ご飯と盛り付けていただきます。
一口食べると本格的なスパイスの香りが口に広がって旨……
あ辛ッ!
後から唐辛子の辛味が押し寄せて口の中に熱風が吹く。
この「辛さが後から来る~!」って表現、「野菜が甘~い!」「このお肉口の中で溶けちゃう~!」位のテンプレ文法なのだが事実そうとしか言いようがないのでしょうがない。こんな当たり前の現象にもオリジナリティ出さなきゃいけないのか?
「チャージライフルで対岸の敵部隊炙って与ダメ美味しー!ってハンマー狙ってたらパスファに詰められてピースキーパーで即死した位の衝撃ー!」
とか伝わりもしない比喩で書きゃいいのか?これで満足か?おいどうした?なぁ?
虚空にキレるな。
冗談はさておき、この口内がヒリヒリと焼かれる感覚は「本気」のカレーを食べてるという実感が湧く。
だがそれは「激辛」に分類される物ではない。思わず水を飲み干したくなったり、辛いはずなのに体が青ざめていくような過激な辛さは一切なく、早く次の一口を食べなくては!と食欲を煽るような絶妙な辛さだ。
モリモリと飯が進む。食べてて思ったのが、このカレーはご飯に合う味をしているという事。ナンとかチャパティに合わせるのではなく、ライスをかっこみたくなる味。偶然か狙った物か、かなりご飯向けにチューンナップされているように感じる。
もしかしたら「本場っぽい味」と認識させられているだけで、かなり日本人向けのスパイスの調合になっていたりしないだろうか。
そこまで狙っているのならただならぬおじさんである。
肝心のスパイスの調合に関しての感想だが……わかんない。
いや、再三になるが美味しい。本格派の味がする。様々なスパイスが渾然一体となって芳醇な香りだ。
でもそれ以上がなーんもわからん。「うーんこのスパイスが効いてる!」みたいな突出したスパイスはほぼない。
というかカレーってよほど癖のある配合をしないとそんなにはっきりと固有のスパイスの味だけ飛び出ないと思う。おじさん独自の配合のスパイスを買ってなんかそれっぽく評価しようというこの記事の根幹は最初っからグラッグラだったのだ。
しかし、食べる内にひときわ主張の強い香りにブチ当たる事がある。ホールスパイスのカルダモンとクミンシードだ。
カルダモンの鞘は噛むと「ガツッッッ」という食感と共に爽やか過ぎる香りに支配される。中の種子が破茶滅茶に硬いので
「間違って異国のウメミンツ混ぜちゃった?」って気持ちになる。
これ多分シナモンスティックと同じで食べる前に避けるヤツだ。
(念の為言うとカルダモンは非常にいい香りのスパイスです。カレーの他にもジンジャエールとかにも使えます)
クミンシードは「虫の蛹」と表現したスパイスで、固くはないので噛み潰す事は出来る。
その瞬間口の中に広がるのは……
なんというか……
おっさんの腋の匂い。
マジで念の為言うんですがクミンはターメリックに並んでカレーに必須のスパイスです。でも直に嗅ぐとホントにおっさんの腋の匂いなんです。それかインド人の体臭って感じの匂い。
以上を加味すると、
「やっぱスパイスバック使ってホールスパイス取り除いたほうが良かったなぁ」という結論に落ち着きました。
おじさんの思いやりは素直に受け取ろう。それが今回の教訓です。
いかがでしたか?
いかがもクソもあるか。
最後の方は無茶苦茶な事を書いてしまったが、本当の事を言うとこのスパイスセットの購入はおすすめ出来る。
スパイスカレーを自作しようとすると複数のスパイスを買い揃える必要があるが、使う量に関わらずそれだけで数千円を使ってしまう。継続的に使う予定があるならともかく、口に合うかもわからないカレー一回こっきりでこの出費は痛い。
だが、メルカリで4人前の一回分のスパイスを買うならばたった数百円でフルセットの味わいを出せる。しかも計量する必要もない。実は計量が要らないというのはかなり大きく、スパイスの瓶から計量スプーンにちまちま振り入れる必要もないし、横着して内蓋を外した結果ほぼ一瓶まるっと鍋にブチ込んでしまう事故も起きない。俺は2回位やった事がある。
誰でもお気軽に、本格派のインドカレーが楽しめるのは他にはない魅力だ。出品者は一人ではなく、それぞれに特色のあるカレーのレシピを販売している。読者の方でも、これを機会にメルカリでスパイスおじさんのスパイスを購入してみてはいかがだろうか。
おじさんとは限らないが。
次はこのキーマカレーにしよっと。
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