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【夢日記】「クソだりぃな」

やかましい。

ぼくはいま風邪を引いていて(幸いにして流行り病ではないらしいことが病院の検査で以てわかっている)、ぼくは自宅の炬燵でヌクヌクとまどろんでいる筈であるのに、どうも辺りがやかましい。

ぼくはヤットのことで両の目を開く。

果たして其処は自室ではなく、見知らぬ施設である。久しく行かないカラオケボックスの廊下を思わせる。延々とつづく長い長い廊下の両脇に、一々ドアーがついていて素人が調子の外れた歌声で思い思いに謡う小部屋へとつながっているようだ。

然し此カラオケ屋は少々変わった趣向であるらしく、同じ部屋が延々並んでいるのではなしに、ドウモそれぞれの小部屋で内装がてんでちがっているらしい。

その趣向はぼくの理解の範疇を大いに逸脱するものであって、其れを見て「成程、気が利いている」とか「洒落ているナ」とか云う感想を持つにはあまりにもチグハグ、出鱈目のアドホック式であるように見える。

試しに手近なドアーをガチャリとやると、其処には果たして学校の教室みたような空間が広がっている。課業が終わって掃除当番のときのように、机と椅子はみんな後ろに片付けてある。

次のドアーはさては北関東の田舎町あたりにでもありそうな、場末のスナックみたような空間につながっている。古めかしいミラーボールに照らされて、外はまだ昼間だと云うのに窓もなく、湿っぽい、変な空気が充満している。

今度は病室に這入った。白い床、白いシーツのベッドに白いカーテン、なにもかも白づくめである。モウすぐ急病人でも運ばれてくるのか、点滴もちゃんとぶら下げてある。ナースコールを押せば、注文を聞いてくれるのかしらん。

最後にぼくが空けた部屋は、何と形容して良いかチョット言葉に窮するような施設であって、なにから諸君に説明したら良いか、とにかく小型のプールみたようなものがあって、南国の海のような透き通ったきれいな水がチョロチョロと流れている。其処に全裸の男がぷかぷかと浮かんでいて、目も口も半開きの状態でプレミアムモルツかなにかをちびちび舐めていると云う塩梅だ。

然うだ、裸なのだ。

いままで云わずに来たのだが、どの小部屋にも利用客らしいのがいるが、老若男女の別を問わずどいつもこいつもみな一様に裸ん坊である。そして、だれもが生気の失われた顔で缶ビールをちびちび舐めているばかり。だれも歌っていない。だれも。

然し、調子の狂ったカラオケの歌声はぼくの耳にずっと届いている。

謡っている奴を此目で見ない事には此処からぼくはどうしても出られないような気がしている。焦燥にかられて、手近なドアーを無闇にガチャガチャやるのに、このすぐ近くから聞こえてくる声の主は全然見当たらない。

あ…

そのときに、ぼくはすべてを了解する。謡っているのはほかでもない、おれだ。このおれなのだ。然う了解したときには、調子外れの歌声はいつのまにか、声を出したくても出せない中年男の掠れ声に変じている。随分前に街中で頻りに聞いた「うっせぇわ」の歌を、掠れ声が必死にがなりたてようとして声にならないでいる…。

「クソだりぃな」

じっとりと嫌な汗をかいて、ぼくは炬燵のなかに目を覚ました。夢と同じく声が出ない。麦茶を流し込み、のど飴を放り込む。働き詰めに働いて、挙げ句トウトウ風邪を引き、きょうは珍しく三日ほど会社に出なかった最終日である。

クソだりぃな。

掠れ声でそう云っては見たものの、そんなことを云っても始まらない。早速明日から困りそうな仕事がいくつか溜まっている。酒もたばこも読書も封じられて、ぼくはのろのろと炬燵から這い出していつもの作業机に向かう。明け方までには作業が終わるのだろうか。

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鉄筆堂
夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。