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トホホの再び検査入院

やれやれ、けさ主治医から携帯に電話が入り、「検査データが取れていなかったので、どうしますか。検査をこれで見切るか、再度検査するかですが」と言われた。

ええっ、先日の1泊2日の検査入院で鼻から食道にチューブを通されて一昼夜、ひたすら我慢の子だったのが、すべてチャラとは。幼稚園さくら組みたいに首からぶら下げたPH検定器には、液晶画面に刻々と数値が映っていたのに、記録するチップの接触が悪かったのかしら。落胆。

ま、命にもかかわるだけに、もう治ったと勝手に見切るわけにもいかず、近々再検査でまた丸2日を費やす羽目になりそう。悔しいが仕方がない。

せめて無駄な2日でなかったと思いたいのは、ただぼんやりと病室で窓の外の東京タワーをみつめる間に、上の写真の手前に置いてあるThe New Yorkerを熟読できたことだ。とりわけ読みでがあったのは、同誌スタッフライターのD・T・MAXが書いたルポDr. Robot。

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他人事ではない。自分が3年前に手術を受けたのが、ここで特集されている手術支援ロボット「ダヴィンチ」だからだ。最新のME機器で高額でもあり、執刀医も熟練を要するため、どこでも使っているわけではない。勧められたのは、腹腔に小さな穴を開けるだけで、メスを使うより侵襲性が低く、術後の痛みもわずかで治りも早いという理由からだった。どの紹介サイトもいいことづくめで、もはや「神の手」なんか用済みと言わんばかり、ほんとかいなという気がちらと胸をかすめる。

http://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/davinci/charm/index.htm

The New Yorkerの記事は、そうした疑問に答えてくれるいいルポだった。正直、手術台の上でマナイタの鯉となったときは、部屋の隅に蟹の脚みたいなものがぶら下がった機械とコンソールがあるのを見ただけ。マウスピースをつけて麻酔薬を静脈注射するや、たちまち昏睡したので、どう操作していたのか、まったく見ていない。

詰め過ぎたトランクみたいに臓器が詰まった人間の内臓を、遠隔操作する機械の手で腑分けして、患部を精密に切り出すなど信じ難い。シカゴの病院にいるイタリア人の名医、ピエール・ジュリアノッティの離れ業は、本人が血を見るのが苦手で、一時は外科医を諦めようと思ったというくらいだから、エレガントの極に見える。

実はこの7月に私は腹腔鏡手術も受けたので、ダヴィンチとどう違うのか、と内心思っていた。確かに腹腔鏡にコンソールはなく、遠隔操縦ではないが、こちらも全身麻酔で昏睡していたから、なんとなく執刀医が手術台のかたわらにいる気がしただけで、腹腔鏡をどう操作していたかは見ていない。

ジュリアノッティは機械の手に乗り移って、自分の手が拡張した感覚になるという。それは3Dで、患者の身体に浸透していくようなバーチャル感らしい。これに対し、腹腔鏡は2D感覚だという。かつて医学が神業と思われた時代のように、ダヴィンチはトランス(忘我状態)を呼び覚ますのか。

「スターウォーズ」のジェダイのごとく、訓練を積まないとその域に達しないことは想像できる。開発当初は心臓のバイパス手術に使えると宣伝したが、不慣れな医師の失敗例があって訴訟が起き、5億5千万ドルの和解金を支払う羽目にもなった。そこで米国で多い前立腺がんの切除手術に売り込み先の重点を移し、それが成功して日本にも上陸したらしい。

次の標的分野は、逆流性食道炎だそうだ。な、なんと7月の腹腔鏡手術は、その難治性の逆流性食道炎が理由だった。腹腔鏡の名人もやがてはダヴィンチに席捲されることになるのか。手術がもう少し後年なら、腹腔鏡でなく二度目のダヴィンチ手術になったかもしれない。

ダヴィンチを開発したIntuitive Surgicalが独占的利潤を謳歌する時期はもうすぐ終わるらしい。特許の期限が切れるのだ。おいしい分野だけに、ライバルが虎視眈々と狙っている。資金潤沢なメドトロニックが開発中のマシンは、ダヴィンチの向こうを張って「アインシュタイン」と命名された。

ダヴィンチ創業者のフレッド・モルも独立し、現在はジョンソン&ジョンソン傘下で、ポータブルな手術支援ロボットを開発している。携帯電話の5Gが浸透すれば、地球の反対側にいる患者の手術でも、致命的なタイムラグが極小になり、大病院の手術室でなくともロボット手術ができる。

もともとは、インターネットの祖でもあるDARPA(米国防省傘下の国防高等研究計画局)の着想だった。海外の戦場で負傷した兵士の手術を本国から操作するというアイデアだったが、それをモルは復活させる気だ。

そこまでいけば手術支援でなく、自動手術ロボットを期待したくなる。医師のほうがロボットを支援する役回りになれば、主客が転倒する。善し悪しは別として、AI(人工知能)とおなじく、人間か機械かの葛藤になる。

「あたし、失敗しないから」

ドクターXの決め台詞は、米倉涼子ではなく、ダヴィンチの機械音声が発する日――そんな時代がすごそこに来ていると自らの身体で思い知った。







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