見出し画像

好きな人と登ったスカイツリーのチケットが捨てられない

1人暮らしを始めてから、物への執着が薄まった。

昔は丁寧に、コンサートのチケットや観光地でのレシートを残していたが、収納が少ない部屋には不要なものだと思うようになり、捨てるようになっていた。

***

7月7日、七夕。好きな人と押上のソラマチに出かけた。
その人は、2週間前ほどに電話で告白したにも関わらず、返事がもらえていないままだった。告白の話なんてなかったことのようにだらだらと続いていたLINEに、覚悟を決めて「会いたいんだけどどう」と送り、すぐにスマホを投げた。

医療機関で働く平日休みの彼女に、在宅勤務で休日休みの私が合わせるかたちで、たまたま7月7日に会うことになった。

「晴れた日にスカイツリー登りたいね」

好きになる前の梅雨の夜、ベランダからスカイツリーが見える部屋に引っ越した私と彼女が交わした言葉だった。

画像1

七夕の日は、あいにくの曇り模様だった。加えてあり得ないくらい強風だった。細々とした友達としての付き合いは5年ほど経っていたが、私は彼女のことをよく知らなかった。だから、彼女の買い物に付き添うことで好みが知れて嬉しかった。趣味の違う人の買い物に付き合って、興味のない店に入ることを今まで億劫に感じていたけれど、好きな人とならこんなに楽しいなんて思わなかった。

ソラマチからふとスカイツリーを見た時に、これが最後のチャンスな気がした。

「なんか晴れてきた気がするし、スカイツリー登らない?」

そう言った私に、彼女は「そこそこ曇ってるけどね」と笑いながらも、快諾してくれた。

展望デッキまでは登ったことがあるという彼女への嫉妬心か、展望回廊とのセット券を買った。平日のスカイツリーはチケットカウンターからガラガラだった。入場してすぐ、パンツの後ろポケットに雑にチケットをしまう私とは反対に、彼女は丁寧にスマホでチケットの写真を撮っていた。

「チケット貸して」
「すでに折り目ついっちゃってるけどいい?」
「思い出は大切に扱えよー」

毒づきながらも私のよれよれのチケットを受け取り、2枚でまた丁寧に写真を撮る彼女を眺めながら、そういえば映画の半券もいつもインスタのストーリーズに載せてるなと思い出した。入場するや否やチケットをどこにしまったかわからなくなる私には考えられない行動だ。彼女は、この2枚のチケットの写真もインスタにあげるのだろうか。

案の定遠くの方は曇っていたけれど、それでも十分楽しかった。遠くに住む彼女の家を必死に探したり、曇り空からディズニーシーの火山を目を凝らしながら見つけたり、グッズショップで「一番いらないお土産」を探したり、こんな高いところにトイレをつくるのはすごいと妙な感心をしたり、くだらなすぎでもう覚えていない些細なことまで、とにかく幸せな時間だった。

「夜は夜景が綺麗なんだよ」
「へー、暗くなってからもきてみたいな」

いつもなら「じゃあまた今度」と、次を期待させるようなことを必ず言ってくる彼女だったが、この時は何も言わなかった。

画像2

降りた後はカフェで休んで再び買い物に付き合い、いつの間にか夕方になっていた。夏の夕方はまだ明るくて、「暗くなったしもう一回登らない?」とも誘えず、なんとなく帰る雰囲気になり、駅の改札まで彼女を送った。

会ったときからずっと、告白の返事を聞くタイミングを見計らっていた。私は超がつくほどチキンで不器用で、ここぞというときに押していく度胸がなかった。今日返事をもらわなければ、この先会えない気がする。わかっていても切り出せなかった。少し気を遣う素振りをみせていた彼女も、動かない私に「じゃあ」と言って背を向けた。

「あの、返事を聞きたいんだけど」

自分でも呆れるほどのチキン野郎だ。滑り込みでようやく本題を切り出した私と、振り返った彼女の目が合った。マスクの上から表情は読み取れなかったし、正直この瞬間の記憶はあまりない。「電話するね」と言って再び背を向けた彼女は、次の瞬間には帰宅ラッシュの人混みに紛れていなくなっていた。

家に帰って部屋着に着替えると、パンツの後ろポケットに雑にしまったスカイツリーのチケットが出てきた。いつもならそのままゴミ箱行きだけれど、「2020年7月7日」の文字を見るとどうしても捨てられなくて、かといって丁寧にどこかにしまうこともできず、そのまま冷蔵庫の上に置いた。

***

「電話するね」と言った彼女からは、電話どころかLINEも来ていない。元々共通といえるコミュニティもないので、個人的に連絡をとらないかぎりは顔を合わせることもない。チケットは行き場をなくし、今も冷蔵庫の上にそっと置かれている。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?