クリエイターを諦めたあの夏から
「詰んだわ、とりあえず呑むか」
二十歳になりたての大学2年生の私にとって、乾杯は、お祝いでも飲みニケーションの一環でもなく、大好きな映像制作がどうしようもなく切羽詰まった時に訳のわからないテンションで、仲間たちと飲み交わすための合言葉だった。
映像をつくる仕事に憧れ、映像制作で有名なゼミのある大学に入学した。高倍率のゼミ選考を勝ち抜き、なんとか入った憧れのゼミ。最初の一年はとにかく制作最優先で、授業には出なくなったし、人生で初めて取締室に入ったし、疎遠になった彼氏とは別れた。
夏のドラマ制作のチームは8人だった。私はリーダーとなったが、このチームは学内でも癖が強いと言われているうちのゼミの中でも、飛び抜けた曲者が揃ったチームだった。
同時に、飛び抜けた才能を持ったチームで、飛び抜けてスケジュール管理の甘いチームだった。
撮影はハードだった。作品のクオリティには決して妥協しない。しかし、スケジュールもある。ギリギリの撮影日後半に台風が上陸した、1カットにこだわりすぎて日が傾き、カットが繋がらないなんてことはざらにあった。
人は本当に追い込まれると、不可解な行動に出る。
編集データがまっさらになった時、撮ったはずのOKカットがどこかに姿をくらました時、「詰んだ」という言葉のかわりに出てくるのは、「とりあえず呑むか」だった。
深夜3時のコンビニで酒とつまみを買い、未成年だと怪しまれ職質をかけられながら、ビールのプルタブを引き、缶を突き合わせた。
酔って夢を語り、ついさっきまでの詰んだ話を笑い話にしながら、映像を撮り続けた。熱い気持ちに奇抜なアイデア、テレビへの愛を持った人ばかりだった。作品に対して自分にそれだけの情熱があるのか、この世界でやっていく覚悟や自信を問いただされた気がした。
締切ギリギリで出来上がった映像の完パケを人に見せた時のやりきった気持ちは、制作過程の過酷さ、ストレスをすべて吹き飛ばしてくれた。その日の慰労の乾杯とともに、私は制作の仕事を諦めた。
あの夏から4年、形は違うが、私は結局制作の仕事をしている。諦めきれなかった。自分がつくったもので、人の心を揺さぶりたかった。
どう見ても無理なスケジュール、クライアントからの難解な要望。毎日朝早くに出社し、夜遅くまで残っていても終わらない仕事。「あ、詰んでるな」と思ったこと、「キツいな」と思ったことは何度もある。
「とりあえず今日は飲みにいきませんか?」
嫌なことがあればジョッキを突き合わす。一度は夢を諦めたあの夏を思い出しながら、私は今も夢を追っている。
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