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好きな人の匂いが忘れられない

私は匂いに敏感な方だと思う。

季節の変わり目に風に乗って感じる匂いや好きな人の香水の匂い、自然なものから人工的なものまで、とにかく匂いに敏感で、匂いが好きだ。

それと同時に、自分の部屋に自分以外の匂いが残ることにとても嫌悪感を感じる。友人が遊びにきた翌日は部屋の換気を怠らない。ましてや、泊まりになんて来た場合は枕カバーからシーツまで、洗えるものすべてを洗濯機に突っ込んでいる。

仲が悪いとか、特定の匂いが嫌いなのではなく、自分の住空間に自分以外の誰かの匂いが残っていると、自分の居場所じゃないような気がして落ち着かないだけだ。

不思議なことに匂いは、記憶と強く結びついているものみたいだ。私は初夏の風と匂いを感じると、中学生の時の水泳授業終わり、体育祭に向けて廊下でムカデ競走の縄を調節していた時を思い出す。匂いはいとも簡単に記憶を呼び起こす。

ある匂いを嗅いだ時に特定の記憶や人を思い出すことを、「プルースト効果」というらしい。ネットでそんな記事を読んだ時、ふと思った。

好きな人との確かな記憶って、匂いかもしれない。

今でも、街の人混みの中、昔好きだった人の匂いを感じて振り返ってしまう。同じ香水なのか、シャンプーなのか、柔軟剤なのか、ふと懐かしい匂いがすることがある。それまで、あんなに好きだった人がどんな匂いだったかまったく覚えていないのに、感じた瞬間にすべてを思い出す。貸した部屋着にほんのり残っていた香水の匂い、一歩後ろを歩いていた時に香ったたばこの匂い。

そういう人に限って、だいたい片想いの相手だから思い出す記憶も切ない。忘れようと、諦めようと、カメラロールの写真を消しても別の人との思い出で上塗りしようとしても、なんの縁もない場所でふと香った匂いだけですべてを思い出してしまう。

直近の片想いである先輩は、同じ職場で毎日顔を合わせていたからか、匂いの記憶が特に強かった。たばこを吸い終わってデスクに戻ってきた時にほんのり香るアメスピの匂いも好きだったし(その先輩はたばこの匂いがつくのが嫌で、毎回ケアをしていたからこそ、微かな香りがよかった)、たばこと香水が入り混じった匂いも好きだった。その香りが好きで、先輩と歩く時はわざと半歩後ろを歩いていた。家に泊まりに来た時、部屋着代わりにパーカーを貸したら、香水よりももっと近くにいるような残り香がして、クラクラした。そのパーカーは1週間くらい洗えずにいた。私は誰の匂いでも平等に部屋に残るのが嫌だと思っていたが、私の匂いに関するこだわりも随分偏っていたようだ。

だから、たまに街で同じ匂いを感じると振り返ってしまう。そんな訳ないと思いながら、好きな人の姿を探してしまう。好きな人と同じ香水をつけている友人に会い、香水の名前を知ってしまった時は鑑賞用(?)にその香水を買おうかと、Amazonの商品ページと数十分にらめっこをした。流石に思い止まった。

先週、3ヶ月ぶりに好きな人に会った。ニヤけた顔を隠すために、待ち合わせ場所で俯き気味に本を読んでいると、ふと、懐かしい匂いを感じた。知っている銘柄のたばこと、最近名前を知った香水が混じった、独特な香り。顔を上げると、久しく顔を合わせていない好きな人が、昔と変わらない匂いを纏って立っていた。


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