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10代に身につけた方が後で楽なこと 日々のノート10

この話は10代や20代前半くらいの人に是非読んでほしいと思って書いています。

私は30代半ばのサラリーマンですが、今になっていろいろな若い人を見ていて、10代での人文系の勉強(国語と社会の勉強)の濃さが、その後の20代以降の生き方を知らず知らずのうちに左右すると感じます。

昨今は学歴社会ではなく「学習歴社会」と言われているので、社会人になってから自立した学習を続けることが大事だということは言うまでもありません。20代以降の方が人生長いですからね。

じゃあ、自分が真面目にコツコツと何か資格取得などに向けて勉強をし続けているかというとそれも微妙なんですが(笑)
社会人になってからもコンスタントに学習し続けるということがすごく簡単なことではないからこそ、10代までの学習が大事だと思うわけです。

以下に、その理由を2点だけ簡単にまとめます。

①語彙や知識が乏しいとそもそも会話にならないので相手から諦められてしまう。

②そのため交流する人脈・階層が自分のレベル感で狭く固定される。


①は、結構私の経験にあるのですが、自分が話している言葉が分からない人とは、気軽にいろんな話題を話さなくなるということです。

例えば会社でこんな会話がありました。

先輩A:長期休暇にどこいった?
私:福岡へ旅行に行ったんですが、志賀島の金印を初めて見に行ったんですよ。あの古代中国から日本(倭国)がもらったやつ。想像してたよりかなり小さかったです(笑)
先輩A:キンイン?何それ?
私:え?中学校の社会で習うやつ、あるじゃないですか。金のハンコですよ。江戸時代かなんかに志賀島の畑で見つかったやつです。
先輩A:いや~知らないわ・・・
私:マジっすか。じゃあBさんは?
先輩B:知らないね。
後輩C:私も知らんですね。
一同:それは早稲田だから知ってるんだよ~。(冷やかし)
私(マジか・・・苦笑、歴史の話はやめておこう。)

これは実話です。

専門知識でマウントをとってるわけではないです。
中学校でも高校でも歴史で何度か学ぶことなんで例で出しました。

こういう会話をすると、間違いなく次から歴史の話はしないです。相手もしたいと思わないと思いますし。

「金印」知らないからってどうしたの?死にはしないでしょ、て思うかもしれません。

でも私、実は教育関係の仕事してるんですよね。
教育の仕事って幅が広いんですが、義務教育で習ったことについて、かすかなイメージすらわかないのは結構まずいと思っています。

さっきの冷やかしを逆手に取りますが、早稲田大学の人で金印知らない人はまずいないでしょう(笑)

もう1例、言葉の話を

私:これ使いすぎて摩耗してるね~。
友人:マモウて何?
私:え・・・?w

言葉を知らないことで単純に理解できる物事の幅が狭くなり不自由します。知れたら深まることが分からないままになる。

ビジネスにおいても抽象的な言葉や概念が分からないと、そこで思考はストップしてそれ以上深く考えられなくなります。

例えば、政治において「プロパガンダ」という言葉が分からないと、日本語で長い説明を必要としてイメージを得るしかありません。会話のテンポも悪くなります。

抽象的思考ができないと、個別具体的な事例しか理解できず、汎用性をもって仕事の幅が広がらない可能性も出てきます。
基礎的な言葉が分からない人には仕事もまわってこない気がします。
残念ながら、取引先に出したら恥をかくと思うので。

次に②です。
これは①から派生することですが、話がかみ合わない人とは交流することが段々と少なくなります。

教育学的に言うと文化資本の再生産論に近いのですが、
似たような知識階層の人はその人たち同士で集い、知るものはどんどん知り、富めるものはどんどん富めるようになります。

自分の知的レベルというのはあまり意識されないまま、知らず知らずのうちに交流する同じ知的レベルの仲間が固定されていきます。

今、最も一緒にいる人や組織が自分のレベルと思っていいでしょう。

知識が乏しければ、それだけ知識量で見ると少ない階層でとどまります。
知識があれば、少ない階層から多い階層まで行き来できる可能性があります。要は、人や物事への出会い(チャンス)の機会が増えるということです。

まとめると

10代のうちに基礎的な知識をつけておけば、ある程度社会に出てからも言葉で馬鹿にされることもなく、恥をかくことも少なく済み、交流の幅が広がります。

自分が知らないことは意識されにくいので、他人からは分かるんですが、あんまり指摘されずに放置されます。
そういう意味では、馬鹿にしてくる人ってすごくありがたいです。

かく言う私も、漢字が苦手で、読み間違えもしてよく馬鹿にされました。
そして、今は間違えていても誰も指摘してくれません(笑)

私が知らないうちに私の知的レベルが固定され、「金印」を知らない人と仕事をすることになっているわけです。これは結構悲しいことです。

この文章は10代の人に向けてと言いましたが、私に向けたものになりました。

文化資本の再生産はけっこう怖いものだと思っています。

人生の機会を知らないうちに失わないようにするには、基礎知識が大事です。

もちろん、10代の遅れを20代以降で取り戻すことはできると思いますが、遅れや不足自体が意識化されにくいという意味で簡単ではないので、10代のうちに可能な限り知識を詰め込んでおくことをお勧めします。


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