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スペイン・ポルトガル紀行〜聖地巡礼「旅の始まり」〜

こんにちは。「運命を変える旅」をテーマにnoteを書いています、ステラ薫子です。お正月ムードもそろそろ落ち着き、日々の暮らしに戻っていく頃でしょうか。

今日からは、2015年に訪れたスペインとポルトガル、聖地巡礼の旅のお話をしたいと思います。

旅の始まり

私はいつも、旅は癒しであり、パワー源であると言っています。
しかし、この時は2年ほど、プライベートの旅はご無沙汰しておりました。

「このままではいけない、年に1度は解放の旅に出なくては」と、友人と2人でヨーロッパを周る巡礼の旅を計画。折しもその頃はイスラム国が国際問題となっており、そして出発前はパリでのテロ。周囲の人からは危険だからと言われましたが、私はきっと大丈夫という確信があり、予定通り空港へ向かいました。

この時の巡礼の順路は、フランスからマドリッドへ渡り、スペイン北部をいく「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」。今でも年間およそ10万人が訪れると言われています。

エールフランスでパリを経由してマドリッドへ。

パリのトランジットに4時間かかると言われ、長すぎると思いましたが、厳重警戒のためトランジット手続きに時間がかかり、4時間もあっという間。飛行機を乗り継いでマドリッドへ到着。

クラウンプラザホテルで早々にベッドに入りました。

翌朝、目覚めてホテルで朝食を食べているうちに徐々に旅気分が盛り上ってきました。

添乗員を含め、12名で大型バスに乗り込み、スペイン巡礼のツアースタートです。

聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の遺骸があるとされ、ローマ、エルサレムと並んでキリスト教の三大巡礼地に数えられている「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」を目指します

サンタ・マリア・デ・ラス・ウエルガス王立修道院

まずはブルゴスに向かったのですが、大聖堂がミサを行っていたため、ウエルガス修道院へ。

実はこの修道院、シトー派の初期に作られた由緒ある修道院、ぜひとも訪れたかった場所なのです。

修道院の正式名称はサンタ・マリア・デ・ラス・ウエルガス王立修道院。カトリック・シトー会の修道院です。シトー会とはフランスのシトーに設立されたシトー修道院がはじまりです。その頃は華美な修道服を着用する派もあったのですが、シトー会は染料を用いない質素な白い修道服を着たことから、「白い修道士」とも呼ばれます。労働と学習を重んじ、自ら農具をとり農民らを指導して、開墾や新農法の普及を行いました。

ウエルガス修道院はカスティーリャ王アルフォンソ8世と王妃レオノールによって1180年に設立され、現在では29名の修道女が働いています。
長い歴史の中で、次々と居室を付け足してきたウエルガス修道院はロマネスク、ムデハル、ゴシックと様々な建築様式を楽しめます。

私たちは最初に王室の墓所である教会の主身廊に入りました。礼拝堂も複数あり、どれも厳粛な雰囲気が漂っています。気持ちが静まっていくのを感じました。
続いてロマネスク様式の回廊へ。

この回廊は本当に美しかったです!

クラシカルな回廊はしんとした静謐な空気が漂い、どこかミステリアスな雰囲気を感じました。その後はモスク風の礼拝堂、サンチャゴの礼拝堂、博物館を周って外へ。広大な修道院でした。

この日はルイスさんというガイドの方が歴史の説明をしてくださったのですが、印象的だったのはエル・シッドの話。

ロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール、通称エル・シッドは、11世紀後半のレコンキスタで活躍したカスティーリャ王国の貴族。何度も国を追放されながらもスペインを守った英雄です。イスラム教徒からバレンシアガを征服した話が有名です。多くの兵士が彼を慕ったんだと話すルイスさんの声には熱がこもっており、彼がスペインの英雄であることをひしひしと感じました。ウエルガス修道院では聖母子像や天使の像に交えてエル・シッドの像も飾られています。

城壁に飾られたエル・シッドを探しながら、改めて歴史に思いを馳せました。かなり歩き回ったのですが、疲れを忘れるほど感銘をうけた修道院でした。

次回は、サンタマリア門とブルゴス大聖堂を巡ります。
どうぞお楽しみに。


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「運命を変える旅」 「旅」をテーマに、歴史や文化、その土地の見どころ、少し不思議な話など、ステラ薫子が見た「旅の風景」をお伝えします。 占星術師/タロットリーダー/アロマ研究/古代文化研究/実業家/ビジネスコンサルタント/海外旅行/国内旅行
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