潔癖症

章は昔ほどでは無いが、相変わらず潔癖症だった。それに比べて豊はとんとだらしなく、清潔であることに全くと言って良いほど無頓着で、食事中に食べ物が床に落ちても拾って食べてしまうような、本当にだらしがないオヤジだった。そんな豊の事を、章は受け入れてはいたものの、自らの事には相変わらず清潔にしていたし、ダイニングやリビングやキッチン、風呂場、トイレなどの水回りまで、共同スペースを綺麗に掃除して回る主婦役は苦なく請負い、だから豊にとってはお母さんのような存在になっていた。

章と豊はいわゆるヤリ部屋、ゲイにとっては性欲を処理するために集まるセックスクラブ(などとカタカナにすると聞こえは良いが)で出会った。その頃の豊は身長170体重92キロ、週に3、4回はジムに通うその頃のゲイの世界ではモテ筋であった。一方、章も筋肉を鍛え上げた立派な体つきではあったが、豊ほど積極的に相手を見つけては声をかけるような性格ではなかった。

ほとんど照明のないヤリ部屋で手を出したのはもちろん豊。章のやや弄りすぎて肥大している乳首を豊が触れると、章は軽く嗚咽の声をあげた。豊はタチでもウケでもこなすいわゆる「リバ」(リバーシブルの略)であったが、実は根っからのウケで、テクニシャンのタチとは激しいセックスをすることがあったが、相手がウケの時は、まあ仕方なくという感じでそれでも彼の虚栄心を満たす為に、スマートに振る舞った。

彼らはその時、お互い実家住まいで可処分所得も高く、お互いそれぞれに車を乗り回していた。章はトヨタのレヴィン、豊は日産のスカイライン。車好きが共通項で仲良くなり、豊は首都高の渋滞中に章にプロポーズした。

「なああの頃のこと憶えている?」
「ん?あの頃のこと?」
「出会った頃さ」
「多分、ほとんど覚えていない」

豊の奔放な振る舞いは常にトラブルを引き起こして、そんなこんなの尻拭いは全て章が行った。それでも章は豊のことが好きだった。二人は一匹の雌猫を飼っていた。キクちゃんはもう13歳という老猫だった。キクは元々章が飼っていた猫だったが、いざ二人暮らしが始まるとキクは豊によくなついた。最初はトラという雄猫もいて、章はどちらかというとトラの方にご執心でキクは「メス心」の理解の深い豊にぞっこんになっていった。と言ってもこう、尻尾の付け根がツボだったりたまにちょっとそれは、という可愛がり方もしたが、章はトラに夢中で当時は何事もなかった。

ある冬の日、トラが死んでしまった。その頃から章と豊の間でキクの奪い合いが始まった。

章と豊は別々の部屋で寝起きしており、キクは章と豊の部屋を行き来していた。ある時キクがニャーと切ない声をあげて豊の部屋へ誘っているのに、「お前は何て声を出すの」と半ば叱るように呆れていた。

キクの振る舞いに章は躍起になって躾けたが、どうしてもキクは豊の方になついた。

ある朝、豊が起きるとキクが血を流して倒れているのを見つけた。キクの陰部には鋭く尖った包丁が刺さっていた。

章が居ない。

その日から章はふらりと行方不明になってしまった。

夏が来ても章は音信不通で、それでも豊はキクの事があるので警察には届け出なかった。

ある暑い夕暮れに友達から章にとてもよく似たのやつを見かけたというので、そのヤリ部屋に出向いた。ヤリ部屋はSMクラブで色々な責め具がぶら下がっていた。鉄格子のついた部屋もあった。その時、間違いもない章の叫び声が聞こえた。豊は恐る恐るそちらの方へ歩みを進めた。

章はすっかり痩せ細り、太い鎖の首輪には「キク」という名札がぶら下がっていた。

章は豊に向かって「ニャー」と鳴いた。

いや正確には彼は泣いていた。

しかし彼の隠部は勃起していた。