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2020/9/25の星の声

しずくに未来を映す



いつの頃からか、雨は人間に嫌われた。
雨にはその理由がわからなかった。
嫌われることなんて、ひとつもしていないのにと、しとしと思った。

雨は雲にたずねた。もくもくと困り果てた雲は、
人間に直接きいてみたらいいんじゃないか、とさじを投げた。

雨はどうしても知りたかった。人間に嫌われた理由を。

雨は群れをなして勢いよく地上へ向かった。
すると、海や河川は荒々しく波をうねらせ、
山や森は雨をためきれずに、地表へ吐き出した。
木々は根こそぎ倒れ、土砂があちこちで流れた。

人間はますます雨を嫌いになった。雨を憎んだ人もいた。

雨は目に涙を浮かべた。
堪えた分だけ大粒の雨になって、地上に降り注いだ。
次第に、雨の感情は渦を巻いて、雲を引き連れ、風を呼ぶことになった。
そうして生まれた台風やハリケーンは巨大な怪物と見なされて、
たくさんの人間に疎まれ、恐怖をうえつけた。


雨が人間に嫌われ始めてから、数え切れないほどの月日が流れた。
その間、雨は人間が喜ぶことをしようと努力を続けた。

水が枯れた大地に生きる人々に、雨を贈ろうとしたり、
田畑を潤す役目を引き受けたりしようと、積極的に世界を飛び回った。
心に溜まった感情は必死になって我慢して、何度も涙を堪えた。

ただ結局は、同じことを何度も繰り返すことにつながり、
人間に喜ばれることも、疎まれることも、いつしか雨は慣れてしまった。

雨は途方に暮れた。

好きになるも嫌いになるも、ほんとうはすべて人間の自由なのに、
嫌われたくない一心で、自分の気持ちばかりが先走ったのではないかと。

雨は雨でしかない。
雲になりたくても、風になりたくても、そんなことは不可能だった。

すっかり気落ちした雨は、しばらくぼんやりし続けることになった。
その間も、雨は人間に感謝されたり、拒絶されたりした。
どうしようもないことはあると、これまでの努力を投げ出そうとした。


その日もいつものように、雨は地上に降り注いだ。
雨を避けて、多くの人間は、建物の中や地下に避難した。
コンクリートや草花で覆われる地面に、雨音が響く中、
雨はあることに気がついた。

大地に反響して聞こえるはずの雨音が、
どういうわけか、遥か上空からも聞こえてくる。
これまでに、雨は上からの雨音を聞いたことがなかった。

よくよく耳をすませてみると、それは宇宙の方から聞こえた。
地上に、人間にばかり向けてきた目を天に向けると、
雨音だと思っていた音は、星たちの手拍子だった。
てんでばらばらの星の瞬きは、喝采のように思えた。

雨は手近な星のひとつを眺めた。
星の光の中に、彩り豊かな風景が見えた。
いまだかつて見たことのない美しさだった。
あまりの光景に、雨は思わずひとしずくの涙をこぼした。

そのしずくが落ちた時、地上の世界は雨が上がり、
空が少しずつ晴れ間を広げているところだった。
穏やかで温かな太陽の光がふわふわと世界を包む中、
雨のひとしずくが地上にぽとりと落ちていくと、
しずくに光がきらめいて、そこに浮かんだのは、
雨が星の光の中に見た、彩り豊かなあの風景だった。

星は、雨に伝えた。


「わたしの光は、過去から生まれた未来です」


雨は、星にたずねた。どうして人間に嫌われるのかを。
星は、雨に伝えた。


「心配しないでください」

「あなたはもう、誰からも嫌われることはありませんし、それにもともと、あなたを嫌う人間は誰もいません」

「未来は、あなたのしずくに映し出されたとおりです」


未来を映したあのひとしずくは、
地上に生きるひとりの人間の頬に落ちた。
まるで口づけを交わした時のように、愛らしい音だった。

人間は頬に手を当てて、空を見上げた。
雨は、そのしずくが少しずつ人間にしみとおるのを見届けた。
どういうわけか、人間は星の瞬きのように微笑んだ。

彩り豊かな美しい風景が、
その人間の未来になることが決まったのかもしれない。

雨は、宇宙のあちこちを見渡した。
それぞれの星の中に、さまざまな風景がたくさん見えた。
どれをとっても、いまだかつて雨が見たことのない景色だった。

雨は、星たちの光をひとつひとつていねいに眺めた。
どれも息をのむほどに、清々しい世界だった。
これまでに、雨が目にしてきた光景はひとつも見当たらなかった。
敵対も、暴動も、嫉妬も、差別も、嘘も、ひとつもない。
この素晴らしい景色がすべて未来なのかと、目を疑っていると、
宇宙のあちこちから、星たちの手拍子が聞こえた。

雨は静かにその音に耳をすませた。
歓喜や喝采の中で立ち尽くしているようだった。
遠くから少しずつ近づいてくる轟音も聞こえた。
ああ、これは銀河の脈動だと、雨は気がついた。
雨が生まれる前、雨もその中にいたことを思い出した。
たしか、人間もいた。他の動物も、植物もみんなみんな。
それはすべての生命のおおもとの響きだった。

雨はしずくの中に、その響きと、ひとつひとつの星の光を加えた。
そんな雨の様子を見て、


「素晴らしい未来だ!」


と、どこかの星が叫んだ。
雨もまた、同じように感じていた。

そんな未来の訪れを、前もって祝うために、
ふんだんに用意したしずくの中に星の光を込めて、
雨は今日も、今も、地上に降り注いでいる。





星 影 《ほしかげ》




地上の世界に、ひとつひとつの星の光をまとった雨が降り注ぐ頃、
その雨に込められた意識を感じ取れる人々がいた。

彼らは、星影と呼ばれている。

「星の光」の意味を持つ星影は、本来、地上に生きるすべての人間の中に宿るものとされているが、個々が、その光を自覚したときに初めて、彼らは星影と呼ばれるようになるらしい。

彼らの特徴は、大きな集団を形成せず、決して群れたりしないことだ。それぞれが、それぞれにとって居心地の良い場所を絶え間なく感じ取り、見極め、世界各地に点々と存在し、世界各地を転々と移動している。

星影の人々は、雨の雫のひとつひとつに、美しい未来の風景と、銀河の脈動と言われる生命の旋律が込められていることに気がついた。彼らにとって、その雨は祝福にしか感じられなかった。彼らは雨の訪れを心から喜び、感謝した。

雨は、今、この世界に降り注いでいる。

彼らが雨を読み解くと、地上に生きるすべての人が、それぞれに宿る星の光を自覚する時が、近い将来に訪れることがわかった。
世界中に生きる人々の、ひとつひとつの内なる光と、宇宙に瞬く、ひとつひとつの星の光が、互いに響き合うことで、雨の雫に映し出された美しい風景が、目に見える形であらわれるようになることが明らかになったのだ。

星影の人々は、その風景のひとつひとつを、それぞれの個性のおもむくままに形作ることにした。

ある星影は、美しい未来の風景をあらわすアクセサリーをつくり、
また別の星影は、その風景で生きる人々のための衣服をこしらえ、
中には、すべての個々が燦然と輝き続けられるような社会のシステムを構築しようとするものや、子どもに持たせるお弁当で彩りを表現するものまでいた。

そうやって少しずつ、この世界には美しい未来の訪れを祝うための具象が、さまざまな形であらわれはじめている。

星影の人々がつくったものを目にしたり、手にとったり、食べたり、飲んだりして、あらゆる形で心身をひとめぐりさせると、不思議な作用が起こる。
限りなく無理のない自然な形で、人はそれぞれの内に宿る光に、自ら気がつくのだ。

そうして、ひとつ、またひとつと輝き始める星の光は呼応し、そのうちに、互いに灯台の役割を果たしていくことになる。

星と星の距離が流動するように、人と人の距離もまたのびやかに移り変わり、その都度、それぞれにとって心地の良い世界を形成する。その流れは、一日たりとも固定化されることはない。

雨雫に映し出された未来は、誰も想像できないほどに美しい、不規則な光の配列で変幻自在に構成されることになる。
神や仏でさえも決めつけられない、膨張し続ける宇宙のような世界だ。

だからこそ、星影の人々は、まずは自分自身が美しいと感じるものを、できるものから形作ろうと、毎日を生きている。

連動する彼らの営みは、わかりやすい形で示し合わせたわけではなく、誰もが、超自然的な自発性とともに、自分自身をまっとうすることから、始まっているのだ。

この世界の未来は今、雨雫にはっきりと映し出されている。
長きに渡る雨の声が、ようやくすべての人間に届く時が来た。




今週は、そんなキンボです。






こじょうゆうや

あたたかいサポートのおかげで、のびのびと執筆できております。 よりよい作品を通して、御礼をさせていただきますね。 心からの感謝と愛をぎゅうぎゅう詰めにこめて。