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俳優的洞察力を身に着ける習慣 世界で一番やさしいスタニスラフスキー・システム⑯


俳優必須!行動への深い洞察力を楽しく磨く方法


今回のレッスンまでに宿題をもらっていた。

  • 自分の行動に意識的になること(俳優に必要な洞察力を身に着けるため)

  • 「ネズミの死骸」を涙目でできる方法を考えてくること


宿題が二つになったのは前回、レッスン終わりに質問したからだった

「先生、役に生れ変る根幹が行動だということはかなり腑に落ちてきました…」

「そうですか、良かったです」

「たぶん、戯曲のレッスンに入るとより重要になってくると思うのですが、俳優に必要な読解力、というか…人物の行動とその目的を見抜く力を日常生活から磨いていくのに良い方法とかありますか?」

「今まで読解力を磨くためにしてきたことなど何かありますか?」

「そうですね…本をたくさん読みなさいとは良く言われました」

「いいですね。ただ、いわゆる読解力と俳優に必要な戯曲の読み解き方は問われている能力が全く違いますね

「だと思います。実は私、相当な本好きなのですが、だからと言って戯曲をどう読めば役をつかめるのかサッパリ分からないままでした」

「戯曲の人物の行動を見抜く力を養うには、生きた人間の行動を観察するのが良いですね」

「はい」

「先ずは自分の行動を洞察できるようになること。すると、他人の行動も見えやすくなります」

「なるほど…」

「そこでお薦めなのが自分の行動を意識にあげることを習慣化することです」

「自分の行動を意識にあげる…?」

「はい、私たちは生活のほとんどを無意識に過ごしています。だから、恐らくあなたも自分の行動の全てを理解できているわけでは無いと思います」

「はい…なぜ、あの時にあんな反応しかできなかったのかと後になって反省したりする事が良くあります」

「わかります」

「きっと、その予測できなかったり、自分でも感じたくなかった感情が生まれた原因は自分には意識できていない目的の影響ということですよね」

「その通りです!」

「そういう時に自分の言動の反省はしているのですが…」

「では、どんな風に反省しているか思いだせますか?」

「うーん、「なぜ、私はこんな人間なのだろう?」とか、「なぜこんな風に行動しちゃうのだろう?」と自問自答しているかもしれません」

「もし、文字通りそのように問いかけているならそれは止めた方が良いかも知れません」

「そうなんですか…」

「その問いかけへの答えはキリがないですし、正解かどうかも検証のしようが無いですよね?」

「ですね…確かに、堂々巡りだったり、自分を責めてばかりになるので辛くもあります」

「ですよね。なので、問いかけを変えて「私は、どう行動すれば、こんな人間になれるだろう?」という問いかけにして欲しいのです」

「どういうことですか?」

「つまり…」

「ちょっと待ってください。メモ取ります…」

理想の自分を生きる


先生の話をメモしたものが次の通り

自分の行動を意識し行動のコントロール能力を磨く方法

1 理想の自分をはっきりと思い描く
2 すると、理想通りに振舞えなかった時に自分の行動に意識的になれる
3 理想通りに振舞えるように行動の目的などを微調整する
4 微調整を繰り返し常に理想の自分に自然に近づく
5  結果的になりたい自分になれるし、俳優に必要な行動解析と行動調整能力が身につくので一石二鳥


という事だった。

まるでシナリオに書かれた役のようになりたい自分の詳細をきちんと分かっている事が大事とのこと。

親切な人とか、誠実な人とか、明るい人などの形容詞ではなく、どんな時にどんな行動をするのが理想の自分なのか、その行動に焦点を当ててイメージすること。

例えば…

理想の私はどんな風に挨拶するの?
どんな風にトラブルに立ち向かうの?
どんな風に人の幸せを喜ぶの?

などなど…

そして、毎朝、今日、遭遇しそうな場面において理想通りに行動できている自分を細かくリハーサルしておくと良いとのことだった。

手始めに、あの同僚との緊張する会話を何とかしてみよう。

今までの私は何を目的にどんな行動をしているから、いつもあんなに居心地が悪いのだろう…。

とりあえず、無理に言葉を繰り出すことなく、自然に会話できてる自分をイメージしてみようと思った。

こうやって、なりたい自分の行動をリハーサルしておけば、現実でオーダー通りにできなかった時に振り返る切っ掛けになる。

自分の潜在的な目的や無意識の行動を意識上にあげ、リハーサルとのギャップに気づき、行動を調整し直し、リハーサルの緻密さも増していく。

大切なのは、演技と同じく、無理にイメージを演じるのではなく、つい、自然に、理想通りに振舞ってしまえるかどうかを問うこと

そして、その行動を本当に自分のモノにする秘訣とは、世界の見方を調整できるようにする力とのことらしい

理想の私


私はクリスチャンではないけど、聖書のテサロニケの信徒への手紙Ⅰ 5 章 16節~ 「いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。 どんなことにも感謝しなさい。」という言葉が好きだった。

だから、毎朝、この言葉を日記に書きながら克服したい場面をリハーサルすることにした。

こんな聖人みたいなのはハードルが相当高いかもしれないけど、自分の無意識下の目的を振り返る頻度が増えるのでこれくらいが良いかもとも思う。

それに、私は本気でそんな人間でありたい…

…なぜか、愛犬が死んだあの日を思い出す。

もちろん、あの頃、そのことに喜んだりできるはずなかったけど、彼との日々が無かったかもしれない可能性だってあったのだと視点を少しずらすと、世界が今までとは少し違って見えた。

すると出会えたこと自体に改めて心から感謝できた。

今でも、彼の魂の冥福を心から祈ることができた。

また、こんな考え方ができることに喜びも感じられる。

メリー、私にやさしさをありがとう。
あなたと居る時の私が一番好きだったな…

全ては私のとらえかた次第。

だから、理想の自分を無理強いするのではなく、あくまで自然に理想の自分でいられるように世界の見方や解釈の方を操作する。

すると無理なく目的と行動を変える事ができるし、自然と反応がが変わるとのこと。

「これに慣れてくれば劇中のどんな人物にも必ず共感できるし、行動の調整能力も高まりますよ」

まさに理想の果樹園の主人になれるのだ…

欲しいリンゴを有機的に手に入れる

2回目のレッスン


「では、2回目のレッスンを始めましょう、最初のレッスンと宿題はいかがでしたか?」

「はい、色々と演技に悩みがあったのですが、演技理論を少し学んだお陰で、悩みではなく具体的な課題になっていく感じがしています」

「良かったです。演出家に「自分で考えろ!」などと言われて混乱している俳優さんは大勢いらっしゃいますから」

「まだまだ、これからだとは思いますが、何をどこまで考える事が演技について考える事なのかが明確になっていく感じで、今後はむやみに自分を責める必要が無くなる気がします」

「では、宿題の涙目でネズミの死骸を処理するのはどう考えましたか?」

「はい、「もっと派手に驚いて!」とか、「もっと大げさに飛び跳ねて!」と演出されたとしても、「俳優が動かすべきは筋力ではなく想像力だ」との先生のヒントを色々と考えてピンッときました」

「おっ、いいですね!」

俳優が動かすべきは筋力ではなく想像力だ


「はい、恐らく自然と反応が変わってしまうために想像力を発揮すること。例えばネズミの腐敗具合をもっと進行させておくとか、ネズミの触り心地を濡れた感じにするだけで身体に及ぼす影響に変化が感じられました」

「素晴らしいですね!まさにその通りです想像力は無限ですからどんな調整だって理論上は可能です。私ならその程度ではネズミを放り投げられても平気ですので、死骸に無数の白い蛆がうごめくのまで想像しとくと思います」

「ゲ~!…でも…シナリオの死骸に蛆がわいていない場合はどうするのですか?」

「問題ありません。その秘密の設定のお陰でシナリオや演出が求めている反応が私に起きたのであれば、その時に初めて私は役の見ている世界を身体を通して理解したのだと言えるのです」

「なるほど」

「役の人物にとっての「おぞましいネズミの死骸を扱う」とは、私にとっての蛆だらけの死骸を扱うに等しいということを身体を通して知ったわけです」

「身体を通して知る必要があるのですね」

「でなければ、頭を使った演技になってしまいます。そして、蛆を想像しておくと何が起きるのか?どうその死骸を扱うべきかを私の身体に落し込めれば、本番で蛆を一生懸命に思い出す努力はいらなくなります」

「なるほど、実演の時に俳優の目的に専念しなくて済むようになるのですね」

「はい、これを「手放す」という言い方もしますが、要は入念な準備を通して身体が覚えてくれているということです」

「では準備なしには手放せないということですね」

「ですね」

「なんだか、むしろ安心しました。今までに、手放せって何度か言われたことがあったのですが、なんだか精神論というか根性論な気がして苦手だったのです」

「実演の際はペンをいかに扱うかに集中すれば良いのです。思い出そうとしなくても勝手に蛆が思い浮かぶかもしれませんし、思い浮かばなくてもちゃんとオーダー通りの反応が起きてしまう事がほとんどです」

「良く分かりました!では、ちょっとおさらいしたいんですが、実演の時に過去の記憶を思い出す努力をするべきではない」

「はい、役の人物の行動ではありませんから」

「しかし、もし、実人生の中で使える経験があったのであれば、その時の感覚や行動を十分に身体に落し込む準備をする。そうすれば勝手にその情景や感情が浮かんで来るのは構わないということですね」

「そうです」

「絶対に思い出してはいけないという事ではないのですね」

「はい、そうです、十分に身体に落し込めていればそれは利用できます。不十分だとそれに振り回されてしまいます。昔の辛い思い出を必死に思い出しているのに何も起きないという風になるでしょう」

「嫌というほど経験あります…」

「では、今日の課題を一度見せてもらえますか?」

「分かりました」

状況に変化を加えて違う反応が生まれるように調整する


私は、設定を自分の身体に思い出させた。

今、私には荒涼とした風景が見えている。
人の居なくなってしまった都会…

自分の中の孤独に焦点が合い、その感覚が増幅されるのに気づく…

周囲を見回しペンのネズミの死骸を発見する。

恐怖と同時にこみ上げる屈辱を感じる。
既に涙目になっている。

呼吸も、肌の感じも変化しているのに気づく。

慎重に近づき、床からペンをゆっくりと拾い上げる。
損壊させないように…
そんなつもりなかったのに蛆がいるかもと予想してしまい鳥肌も立っていた…

最新の注意を払ってゆっくりとテーブルに置いた。
指示された置き方があるからだ…

尻尾をつまんでいた指を放すと、安堵の感情がこみ上げるとともに、涙もさらにこみ上げてきそうになる…

気を取り直してインカムに話しかける…


「はい!ありがとうございます。素晴らしいですね!どんな風にやったのか教えてもらえますか?」

「はい、私は地域に生き残った最後の住人でした。家族は全員、疫病で苦しみ、やがてなすすべもなく死んでいきました。私が医療従事者であったにもかかわらずです…」

「そうでしたか…辛かったですね」

「…私は病原菌を媒介し拡散したともくされるネズミの死骸を見つけ、このスキャンテーブルに置くことで研究室にデータを送るという指令を受けている。という設定でした」

「良く、思いつきましたね…やってみてどうでしたか?」

「指令を完遂させた安堵感を感じましたが、同時にこんなちっぽけなネズミに大切な家族やコミュニティーを奪われた悔しさを感じました。さらに、このようなネズミを大量に発生させたのは人類の際限ない自然破壊のせいだと感じると惨めな感覚も覚えました…」

「気づきや反省点はありますか?」

「あまりに荒唐無稽というか、ありえない設定でしたのでこんなので良いのか不安だったのですが、割と信じられたのが不思議です」

「信じられて行動していると「ああ、実際にやるべきことをしている」と物語の中に生きているかのように感じられられますね」

「はい」

「それを真実感と呼びますが、それは現実にあり得るかどうかは関係なく、あなたの身体が葛藤を感じられているかどうかに関係があります

「目的と障害ですね」

「そうです。上手く行かない演技をした時にフワフワした感覚に襲われることあると思うのですが、行動、目的が明確でないか、障害が無いかのどれかが多いですね」

「実は反省点もあります」

「なんでしょう?」

「家でリハーサルしていた時に一度だけですが、もっと涙が流れたのです。でも、それ以降はどうやっても無理でした。さっきもこみ上げるモノはありましたが涙が流れるほどではりませんでした。どうするべきだったのでしょう?」

「それには五感と行動の精度を上げていく必要があります。最後に涙が流れる場面が望まれているのだとすると、私の見る限りあなたはするべきことの全てをしていませんでした」

「そうなんですか?」

「あなたは秒単位で正確な行動をするべきです」

「秒?」

「もちろん、秒というのは例えですが、実際には抜けていた小さな行動がいくつかありました。それに気づくためにもまずは五感を鍛える訓練に取り組みましょう」

「はい…」

言われてみて気づいた…わたしはどこかで「あの時のように泣きたい」と感じていた。そして、泣くための行動をしていたかもしれない。いわゆる俳優の目的を達成するために…

本当なら、役の人物は何をしたのだろう?
一体、いつ、どんな行動が抜けていたのだろう?


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