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アメリカの精神科医療は優れているのか

数年前に精神科医が「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」という記事をそれなりに影響力のある雑誌に書いて話題になった。

セキュリティーオフィサーとは日本の警備員にあたる人材のようで、欧米では医療現場の安全を守るために、彼らが暴れる患者の隔離や拘束を積極的にサポートしているようです。(略)。セキュリティーオフィサーの行う固定は「医療的拘束」にはあたらないようで、彼らの行う拘束は報告する義務もないようです。その押さえ方はかなり乱暴で、時に患者が亡くなったり重症となることもある。(略)。僕の意見は「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」ということです。
日本精神科病院協会誌 協会誌巻頭言 2018年5月(適時改変)

 

この文章はある精神科医が話したことを別の精神科医が文章にしたものである、引用がなく事実なのか検証できない(フェイクニュースを見て本気にしている可能性もある)という大きな問題はある。


アメリカの精神科医療

アメリカでは、隔離や拘束は日本に比べて非常に少ないと言われている。

その理由として、

・職員の意識と技術が高い

・患者や家族の権利意識が高い

・隔離や拘束に対する制約が厳しく、行動制限をするほうが職員の負担が大きくなる

・精神科の入院医療に多くのマンパワーと金が費やされている

などが考えられる。

アメリカの医療は素晴らしい、それに比べて日本の医療はひどい、という人は多いものの、それは一面しか見ていない。


1.金の負担は誰がするのか?

アメリカにおいては拘束中の人には職員が基本的にずっとついていることが求められる。当然ながらそれに伴う費用が発生する。

入院費用はサンフランシスコの市立総合病院で1日20万(澤温 病院・地域精神医学 62巻3号 2020.5)と、日本人の感覚からすると信じがたい金額である。「そんなに払ってくれるなら職員一人増やしてずっとそばで見ますよ」と言いたくなる。ちなみに日本の精神科救急入院で1日3.5万、急性期治療病棟入院で1日1.9万である。

払えない人は、医療を続けることができないか、行動制限をしない危険性を甘受するしかない。


2.認知症の抑制はいつまでするのか?

日本で拘束が長期化している人の多くは、認知症の転倒予防や点滴や経鼻栄養などの自己抜去予防のための拘束である。

無理に歩こうとして転倒し、骨折したり、脳出血したりしても良い

点滴をいくらでも引き抜いても良い

経鼻栄養中に引き抜いて肺炎を起こしても良い

その都度 精神科から整形外科、脳外科、内科に転院して治療を受け、本人と家族が医療費を支払えば良い

と家族がいい、社会が認知症に伴う自然経過と受け入れてくれるのであれば抑制はしないですむ。その現状を理解しないまま、転倒させるな、拘束するな、欧米を見習えと騒ぐ人たちがあまりにも多い。

欧米を見習えというなら入院費用から欧米を見習えと言いたい。

拘束するなというなら認知症(高齢者)が転んで骨折するのは自然な経過という当たり前のことを理解しろといいたい。。


3.職員や他利用者が被害者になる危険性が高まる

行動制限を減らすということは、職員や他利用者や本人が突発的な行動の被害者になる可能性が高くなるということを意味する。もちろん暴力などの被害を減らすために様々な技術・対応を取るものの限界がある。

そのリスクを減らす一つの方法として、セキュリティーオーフィサーという存在がある。言い方が悪いものの、興奮し暴れたらぼこぼこにされるということをみんなが理解していれば暴れる人は確実に減る。


重要なこと

重要なので強調しておきたい。

・ディエスカレーションなどの暴力を防ぐための技術をどんなにしても暴れる人は暴れる 

・暴力を振られるのは職員の技術が低いわけではない
もちろん問題となる態度をとってしまう職員は存在する。

・今の制度のまま行動制限を減らそうとすると精神科医療は破綻する

今のままでは、1)暴力の被害にあってしまい辞めていくまともな職員、2)陰でブチ切れて暴力を振ってしまう少数の職員、3)不満を抱えながらモチベーションがどんどん下がっていく多くの職員、という状況になる。

『僕の意見は「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」ということです』という発言を変に誤解して批判する人がいるものの、この発言は、私たちを守ってくれるシステムを整えてくれ、そうじゃないと安心して働き続けることができないという切実なメッセージである。


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