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「なめらかな世界と、その敵」感想————「時代」と「共存」

2020年という大きな区切り、一つの時代の転換点が、目の前にある。本作には、まさにその「転換」と、「それ以前」を象徴するエッセンスが見られる。そしてしつこいくらいに追求されているのが、対立するものの「共存」。興味深いのは、作者は作中、あらゆる「転換」あるいは「幕開け」において、そこに少なからず希望を見出していることだ。各短編は全く別個に書かれたモノであり、こうした視点で読むことに疑いを持つことは避けられない。それでも私は、作者の意思はどうであったにせよ、これを一つの時代の象徴的一冊と思わずには、いられないのである。


 「なめらかな世界と、その敵」「ホーリーアイアンメイデン」は、全く正反対に位置する作品だ。どちらも、世界に取り残された孤独な少女を描いているにもかかわらず、歩み寄ってくれる誰かがいた「救済」と、いなかった「復讐」からの「死」。

 「美亜羽へ贈る拳銃」では、「なめらかな〜」で描かれた「歩み寄り」をより追求している。この言葉がカッコ悪ければ、「共存」と言い換えても良い。対立するものが、共存する物語だ。
 主人公はある女性に好意を抱くが、その女性は自分を憎んでいる。そして自分のことを愛する人格に変化した女性を、主人公は好きになれないのだ。この極端に構築された対比、すれ違いの構造は、片方が変化することで円満に解決する。
 また「美亜羽〜」には、「自然と人工」の対比を見出すことができる。自然のまま、変化していく主人公と、人工的に脳を操作した美亜羽。その共存は、どこかこれからの時代への示唆に見えなくもない。

 「美亜羽〜」と「なめらか〜」との相違は、前者が「歩み寄り」の努力を主眼に置いているのに対し、後者がそれ以前の孤独について多く描いている点だ。あるいは、集団に帰属する、孤独でない側のことを。世界に取り残されていた「なめらかな〜」に対し、「美亜羽〜」は、相容れない存在であった二つを、個人の関係性に落とし込んだからだろう。

 「シンギュラリティ・ソヴィエト」と「ゼロ年代の臨界点」には、共に「時代の転換」あるいは「幕開け」が見られる。前述したとおり、僅かな希望を残して終わっているのが興味深い。
 また注意深く読めば、「ゼロ年代〜」にもまた、「共存」が描かれていることがわかるだろう。一つの時代の終焉と共に、その原因として「排他的な組織や個人」を置いている。これは逆説的に、「共存」の重要性を示すのではあるまいか。

 最後に、「ひかりより速く、ゆるやかに」は瞬間最大風速を目指して書かれた作品だと聞いた。これめっちゃ好き。最高。

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