2A_アートボード_1

正しいデザインをなせているか

デザインは世の中というものに対してどこまで意識を傾け、責任を持つべきでしょうか。

次々とやってくる課題やタスク、度重なる修正と終わりの無い改善サイクル、クライアントやユーザーだけを見ているだけのデザインに日々追われている。
そんな中では、デザイナー自身がその最終的な社会的影響力を、立ち止まって大きくじっくり考える機会をつくることは難しいでしょう。

その中で、デザインという行為自体は時に苦労は伴いますが、本質的に前向きなもので、いつだって楽しいものです。
ひとつの対象に100%の力で向き合い、試行錯誤を重ねて一気に解決策への道が開けたり、創意工夫して生み出したものが人に喜ばれたりすることは、とてもやりがいを感じる瞬間でしょう。

しかし、デザインは個別の価値や利益を生み出す手段や、個人の楽しみにとどまっているだけで良いのでしょうか。

デザインが持つ影響力について、デザイン評論家であるアリス・ローソーンはデザインという言葉を定義する際に、デザインは社会のあらゆる面において《変革の主体》としての役割を担ってきたと述べています。

いくつもの顔を持つデザインだが、それは一貫して「世の中に起こるあらゆる変化—社会、政治、経済、科学、技術、文化、環境、その他ーが人々にとってマイナスではなくプラスに働くように翻訳する《変革の主体》としての役割」を担ってきた。

―『姿勢としてのデザイン』アリス・ローソーン(著) 石原薫(訳) フィルムアート社

具体的な《変革の主体》としてのデザインとして、最も分かりやすいものの一つにピースマークがあげられるでしょう。

画像3

Photo:Alice Donovan Rouse

1958年にイギリスではじまった核軍縮キャンペーンのためにつくられた、このピースマークは「5歳児でも描けて、人々をたきつけることもできる非常に強力なデザインだ」と言われています。
シンプルで力強い且つ再現性の高いデザインは、運動への参加表明を容易にし、人々のメッセージと意思を一つに統一し、現代でもなお大きな影響を与えつづけています。

そんな大げさなことまで関わらないから関係ない、そんな風に思われるかもしれません。
しかし、Facebookの研究ではUIデザインの微細な変化でも、政治的な面に大きな影響を与えうるということを示しています。

画像1

出典:『A 61-million-person experiment in social influence and political mobilization』

約6,100万人を対象としたインターフェイスデザインのランダム比較実験では、小さなデザインの差異が、人々の参加行動に大きな影響を及ぼすという結果が出ています。

デザインしたインターフェイスが、政治の意思決定に大きな影響を及ぼしているとしたら。
デザインした広告が、短期的なメリットの優先を助長して長期的には望ましくない結果を招いているとしたら。
デザインしたパッケージに使われている素材が、環境に大きな負荷を与えているとしたら。

デザインによって生み出される変化や影響力は、思っている以上に重要であるということ。それらに対する影響と責任をデザイナーは少なからずとも意識せざるを得ないことが分かります。

10パーセントのデザイン税という視点

では、日々デザインに取り組むなかで、デザイナーはデザインに対してどのような責任や視点を持ち、行動していくべきでしょうか。

それを考えるヒントとなるのが、サステナイブルデザイナーのパイオニアである、ヴィクター・パパネックの著書『生きのびるためのデザイン』にあります。

パパネックは、多くのデザイナーは豊かな社会の商業的なデザインばかり取り組んでいる中で、もっと少数の特別なニーズのためのデザインや、社会的な問題に目をむけたデザインに取り組むべきであると述べています。

具体的には、kymmenykset(フィンランド語で【thithe】タイズ = 十分の一教区税という意味)の言葉を元に、デザイナーが持っている時間の10%を「税」として世の中のために向けるべきであると述べています。

タイズとは支払われる税のようなものである。すなわち、農民はその収穫物の10パーセントを貧しい人々のためにとっておき、また金持ちはその収入の10%を年末に提供し、困窮者の生活費にあてる、というものである。
 (中略)
バックミンスター・フラーのように、人間の要求のためのデザインに自分の時間の100パーセントを使うようなひともある。
われわれのような、その他のたいていのものには、そういうふうにすることができない。だが、私の考えでは、どんなに大当たりのデザイナーでも、自分の時間の10分の1を人間の要求のために費やすことはできるだろう。どういうふうな仕組みでおこなわれるかということは別に重要ではないのだ。

―『生きのびるためのデザイン』 ヴィクター・パパネック 晶文社

同様の考え方で、デザインの領域よりも先進的なのは、エンジニアリングにおけるオープンソースの活動でしょう。

エンジニアが使える時間をオープンソースの開発に充てることで、世の中全体に利益がもたらされていく。
世界のどこかで書かれたコードが、そこから遠く離れた人によってどんどん改善されていき、やがては少数の特別なニーズに応えうるものが出来上がる。そこからさらに改善と応用がなされていくことで、より多くの人々の生活に楽しみや幸せをもたらしていく。

Githubの動画「Building the Future」にはそのエッセンスと、オープンソースへの貢献というエンジニアリングの「タイズ」によって生み出される価値の重要性がすべて詰まっています。

そもそも「税」には「ちから」という、別の読み方があり、「民の力によって生み出されるもの」という意味もあります。

ひとりひとりが社会に対して責任を持ち、みんなの「税」という「ちから」を少しづつ集めることで、多くのリスクは軽減され、大きなことを成し遂げるための源泉ともなる。

100パーセントの時間は無理だとしても、デザインの10パーセントを世の中へと意識を傾けていく。
パパネックの言う「タイズ」が意味することは、その「ちから」を “わたしたち" による “わたしたちのための" ものとして民主的に使っていくことで、デザインが社会の中で大きく価値を発揮しながらも責任を果たしていけるということ。

『生きのびるためのデザイン』は約50年以上前の著書になりますが、この考え方の重要性は現代のデザイナーにとって変わらないでしょう。

むしろ現代では、企業が事業を行っていく上でSDGsなどの社会貢献性から避けて通れなくなりつつあり、その中にいるデザイナーにとっても、ますます重要な考えとなりつつあります。

Do the right thing

ここまでで、10パーセントの時間を世の中のために使うべきだということまでは理解できても、どう具体的に行動すべきか適切なものを考えるのは簡単なことではないでしょう。

世の中のことを考えれば考えるほど、問題のスケールの大きさと、個人として成し得ることの小ささに気持ちが負けてしまうかもしれません。

そんな中でも、まずは身の回りにあるものに対して「Do the right thing(正しいことをせよ)」という問いから考えることで、10パーセントの取り組みへの一歩を踏み出すことができます。

「Do the right thing」は、人種差別と対立をテーマとしたスパイク・リーの映画タイトルや、Google(Alphabet)の行動規範としても採用されている言葉で、目先の利益や効率だけを追うのではなく、置き去りになってしまいがちなものや、なすべき正しいことは何かを考えさせてくれます。

私自身、Coineyという決済サービスを提供する会社のデザイナーとしてキャッシュレス社会を推進していく中で、「Do the right thing」という問いを投げかけることで、これまで見えていなかったものへと意識を傾けられるようになりました。

キャッシュレス化によって現金は無くなり、生産性が上がって経済成長へ貢献はできれば、結果的には一人ひとりのメリットにつながる。
大きな経済の視点でみればメリットしか考えられないでしょう。

しかし、キャッシュレス社会は、それを成立させるためのデバイスや相応のリテラシー、ネットワークへのアクセスという前提の上に成り立つもの。
そんな社会の中で、なんらかの事情で、もしその社会的メリットを得られるためのツールやアクセスを持つことができない人がいたらどうなるでしょうか。

完全キャッシュレス化が進む欧州の決済サービスであるiZettleのビッグイシュー販売者への決済端末無料配布での事例は、キャッシュレス社会によって生まれた新しい課題に光を当て、それに対する解決策はとても意義深いもので参考になります。

画像2

出典:The Big Issue partners with iZettle to bring contactless payments to vendors

キャッシュレス社会を推進することによって起きる問題は、デジタル・エクスクルージョン(デジタルによる排除)における、キャッシュレス・エクスクルーションであるということ。

「メディアの発明あるいは技術の発明というものは事故の発明である」という言葉があるように、新しいサービスや仕組みを推し進めていく上では、負の側面にもきちんと光をあてることが重要であると言えるでしょう。

他にも、グラフィックデザイナーの佐藤卓は、表層的な美しさや、合理性や機能性だけを追い求めたデザインだけでは、本当に人を豊かにできないと述べています。

デザインを考えることは、人の豊かさとは何かを考えることに他なりません。今二十世紀後半を振り替えると、生活道具をあたかもオブジェのように完成させてその美しさを競った時代のように思えます。
(中略)
人間の身体どころか心までを使わないで済むようにしてきてしまった必要以上の間違った便利さを見直して、ほどほどを極めるレベルを今一度模索しなければならない時がきているようです。
それこそは資源の問題、エネルギー問題、そしてこの国の文化的価値の問題などと密接につながってくると思われてなりません。

―『塑する思考』佐藤 卓(著)新潮社

そのデザインは、本当に正しいことをなせているだろうか。
デザイナーが「Do the right thing」という問いによって、目の前にある課題や前提の枠組みから一歩踏み出していく。

大きく考えながら、デザインが持つ影響力を信じ、 1パーセントでも、10パーセントでも行動していくこと。

それこそが、デザインが世の中においてきちんと責任を果たし、ひいてはデザインの価値を広く認めてもらえることにつながっていくのではないでしょうか。

10パーセントの活動と1つの成果

さて、ここからは告知になるのですが、私個人としての10パーセントの活動とその成果として、私を含むheyのメンバーとメディアプロジェクトチームであるCANTEEN(Rhetorica)との協働で “お金の未来" への問いを投げかけるイベントの開催することになりました。

キャッシュレス化によってお金が透明になっていく中で、失われていくもの、変わっていくものは何か。それらは「Do the right thing」の視点で見た時に、正しいありかたなのかどうか。

これらの問いに対し、デザインリサーチャーやアーティストと共に制作を通じた探求を行った成果を展示で発表しつつ、お金に関する新しい取り組みをしている実践者によるトークで深ぼっていくものです。

トーク&作品展示ともにビジネスカンファレンスや美術館の展示では見ることのできないコンビネーションやトークのプログラムとなっております。

少しでもご興味あればぜひ、ご来場、トークへのご参加いただければと思います。
当日お会いできるのを楽しみにしております!

詳細はこちらから👇


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?