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富士そばにおける実存的ブルースとモンハン

明け方の富士そばにおける実存的ブルースと、チェーン店のアノニマス性。読書空間としてのココイチと、はじめてのモンハン楽しかったよ、ということが記述されました。写真は関係ないが、美しいタコブツのぬたという代物です。

2018年1月29日(月)


書くこと、書かれること、流れこむテキストと、書かれる場所について考えすぎた結果、日記は習慣化を逃れた。逃れてしまった。逃してしまった。しかし書かれることのなかった日々生活の中で、ひたむきな姿勢で世界と向き合う時の目線が若干取り戻された。そういう時間のことこそ、記されるべきだったから、ぼくは習慣化を逃れてしまった日記のことをうとましく思った。それでももう1月の終わりになっている。

寒かった。すぐに起きる必要はなかったが、うじうじとしていると体調が下降することがわかっている。わかっているのにベッドから出たくないのがつまり冬で、エイヤっと起きてしまうのが吉。

というわけで、起きて昨日残してしまったシンクを片付けたあと、もう一気にそれはすごい早さで身支度を整えて外に出てしまう。そしてその足でココイチに向かうことにした。

村瀬秀信さんの『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』はメシ系の中でも、近年好きな本のひとつで、様々なチェーン店での思い出がおもしろおかしく語られているのだけど、ぼくが1番膝を打つというか、ああ、となったのはたしかまえがきだった。あいにく手元に今ないので記憶だが「チェーン店の与えてくれる匿名性についてのアリガタさ」みたいなことが書かれていた。これは、もうあまりに的確に俺たち(オトコたちということです)の心を射抜く一言だと思った。

チェーン店にだってロマンはある。何かにタタカイを挑むかのような気持ちだったにもかかわらず、特に何も勝ち取ることのなかった夜を越えてヘロヘロになるまで飲み明かした明け方に、タクシーではなく始発電車に乗って俺たちは最寄り駅にまずたどり着きます。そこでこれから出社する「朝」を司る人々に混じって、涙目ですする春菊天そばに感じるブルースが例えばチェーン店のロマンだ。そういうことも教わったりして知っている。ひどくけだるく、半日近くかけて高濃度のアルコールでダメージを与え続けられた胃に染み込む暴力的快楽なそばつゆと、朝だからムダに揚げたての天ぷら、そして店内に流れる創業者が作詞した演歌との破滅的マリアージュ。終わらなかった夜の鎮魂歌。通勤前のオッサンたちはおいなりさんをよくつける。コロッケそばのコロッケは、つゆに溶け込み、それをずずっとすすって「っし、ごっつぉーさん!」と後ろ向きに声をかけ店を出て行くやいなや、すぐに下げられる丼。美しいルーティン。遠のく意識。

で、今大切なのはブルースのほうではない。アノニマスの方だった。そうではなく、日毎なんとなく入ってしまうチェーン店への足取りの根本を支配しているのは、アノニマスでありたいという潜在的な欲望の刹那だったというわけだ。そしてぼくにとってそれは、ご飯を食べながら読書をするという悪癖を自分に許してあげたいときだったりする。と書いたけど、まあ大抵の食事で許しているし、自宅で食事をするときにも一応「本読みながらたべていい?」と毎回聞くようにしている。

まわりくどくなったが、ぼくにとって故郷の味でもあるココイチというのは、読書に最適化された空間のひとつである。まず神保町にカレー屋が多いのは片手に書物、片手にスプーンという荒業を実現させられるからだ、という話のようにワンハンドでほぼ食事が完了させられること——これがワンハンドだと思ってハンバーガーショップに行ってみるとポテトの油脂が左手に付着することになるので、決して本は読めません——、そしてカレーショップの回転率はおそらくだがカフェや喫茶店の類よりも早く、雑談にいそしむ複数人客が少ないことだ。これははかどる。

しかしこの日、ぼくは陰鬱な午前のムードを吹き飛ばすべく無軌道な立ち上がりをキメたために、痛恨のミスを犯していた。本を持って外出しなかったのだ。道中「ムムッ」とまじで声が出てしまい、それを気持ちわるいなあと思った。それでもなんとか気分を立て直し、なければ買えばいいじゃない、ということで、本当に特筆すべき点がまったくないココイチのとなりの町の書店に出向いた。

こういう時に限って無駄に悩んでしまうもので、ある程度無意識にまかせようと思って、左手を空中にさまよわせた。利き手ではない方が、無意識に直結しやすいというのが何となく自分のイメージの中にあって、それはバッティングフォームならぼくは左打席の方が圧倒的にきれいなスイングをかますことができるという体験に由来していたりする。左手が選んだのは吉田修一『森は知っている』だった。さっとココイチに入りここでも迷ったので、左手でメニューを使う。選択されたのはチキンにこみカレーにクリームコロッケトッピングというものだった。少し胃がもたれた。

自宅に戻りコーヒーを入れ、本の続きの読みたさを引き剥がすように作業机にむかった。数本の原稿の編集をして、それを担当者に戻し、各種連絡をし、領収書の整理をざっとしたらすでに夕方になっていたので代々木八幡に向かう。MEARLの新年1発目のミーティングということもあり、今年の流れなどじっくり話す。あっという間に2時間が経って、ちょっと早く帰りたそうなマセと黒木くんに合わせて身支度していると、小田さんから「武田くん、ワールド行こうよ」といわれた。ワールド? なんかおもしろい店っすか、とか返すと、いやモンハンだよといわれ、あああ!となる。モンハンを、ぼくはとうとう人と一緒にやれるのだ! とよくわからない感動に包まれた。幸せな気持ちだった。

家に戻ると、うずうずしていることに気がついたので、『森は知っている』の続きを読む。23時定刻になりログインする。PS4のボイスチャットはぼくが接続できるイヤホンを持っていなかったため、LINEのグループ通話で代用することになった。たかくらと小田さんの3人だ。
「グループの名前何にします〜?」
「小田組でしょ、そこは」
「おれの組かよw」
「じゃあ芸能小田組にしときますね〜」
「え、なにその芸能?」
「いや、芸能山城組からだよww」
という高度なのかよくわからない会話をしたあと、さっそく狩りに出かけてぼくはアンジャナフ(ぼくたちは名前が覚えられずアンジャッシュと呼んでいたが)という火を噴く竜に惨殺された。まずひとつに、ぼくはこの世界の仕組みを十分に理解していなかった。ふたつ、それ故に装備品をどれほど鍛えるべきか知らず装甲が薄かった。みっつ、それゆえにアンジャッシュの怒りの一撃で葬られるような防御力で闘ってしまった。オワタ。みんなの足をひっぱって真摯につらい気持ちになりかけたが、はげましてもらったおかげで最終的にはよい狩りとできた。明け方まで、時に真面目な話をしたりしながら「っつっっ強っコイツ…!」「あ、あかん死ぬわwww」とかやっていた。

そういうわけで、この日はなかなか上出来で、シアワセな1日であった。


最後までありがとうございます。また読んでね。