見た目、雰囲気で判断していないか。スラムダンクから。
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見た目、雰囲気で判断していないか。スラムダンクから。

学習支援塾すたでぃあ

有名な話ですが、スラムダンクに出てくる陵南高校の話。

福田(フクちゃん)と仙道という二人の高校生が出てきます。

二人の監督の田岡監督はプライドの高そうな仙道は褒めて伸ばして、福田は顔的に叱って伸ばしたほうがいい、と判断します。しかし、実際はこのやり方は真逆で失敗でした。実は、フクちゃんは叱られ弱く、繊細で、仙道は叱っても図太かったのです。ここの辺りはスラムダンクを読んだ人は大抵知っていると思います。

さて、ここで私自身が自分の指導を振り返って思ったのは、自分自身も似たような判断をしたことがないか、ということです。判断基準が「プライドが高そう」「顔的に」と、見た目、雰囲気で田岡監督は判断をしました。これは非常に主観的な評価です。

人の見た目、醸し出す雰囲気というのは、その人を如実に表しているようにも思えますが、実はそうでもなかったりします。

人は見た目によらない、その人の性格は振る舞いに出る、どちらも正しいような気もします。

自分自身のことを考えてみますと、私は発達障害やグレーゾーンの子を指導することが多いのですが、多分にやはり、その子の振る舞い、こちらが受け取る感じでこの子はこういう子だろう、と判断をします。そうせざるを得ないところも指導上あります。これはどのような人間と接する以上は逃れることができません。

すると、どうしても、「あれ?、この子本当はできるんじゃないの?」という一種の錯覚に襲われることが何度もあります。だからこそグレーゾーンと言ったりするのですが。

非常に実態が見えにくい、また誤解されやすい、ここが落とし穴のように思えるのです。

実際、振り返ってみると、やりとりの自然さ、本人の雰囲気や見た目、という部分に引っ張られてしまい、本当の部分での困り感に寄り添えなかったのではないか、と思える反省はあります。特に、10年前くらいの若い時に出会った子達はきちんと判断ができていただろうか、と思い返します。

人を「見立てる」、というのがこの仕事の一つの要素だとは思います。しかし、そう簡単に人間というものは、わかるものではない。奥が深く、繊細な部分も、図太い部分も色んなものが含まれている。また、発達障害の子について言えば、非常に言い方が雑になってしまいますが、「普通に見えるが、実際はかなり、能力値として弱い部分がある」等です。

そのようなことを考えると、自分にとっての「普通」とは何か、ということを考えてしまいます。

新しい生徒が入ってくる度に、この子はきっとこうだ、ではなく、もしかしたらこうかもしれない、そう自分自身の目を何度も確認する作業を忘れないようにしたいと思います。

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学習支援塾すたでぃあ
学習支援塾すたでぃあ(stadia)の塾長の川下耕平です。ここでは塾での取り組み、特に発達障害児に対する学習のアプローチについて考えていきたいと思っております。特にそういったお子様をお持ちの保護者の手助けになれるような記事にしていきたいです。趣味は映画鑑賞です。