即興小説「私の親は心配性で」

即興小説「私の親は心配性で」

しきさい

 1年に1度、鳴るか鳴らないか。その頻度を打ち破って、今年2回目の着信音が響く。私は慌ててスマートフォンの音量を下げた。そういえば、起床時にアラームが鳴ってからオフにするのを忘れていたな。

 発信者は私の母親だ。さて、不思議なことに、母はすこし前に亡くなっている。享年67歳。十分な年齢だろう。

 もちろん私は電話に出なかった。ひとつめの理由が「今は電車の中である」、ふたつめの理由が「死んだ人から電話が来るわけない」、みっつめの理由が「単純に通話が億劫」、よっつめの理由が……と脳内で並び立てているうちに、相手は諦めたようだ。スマートフォンは『実家』の表示からロック画面に戻っている。

 電車を降りる頃には奇妙な着信のことなど忘れていたというのに。とうとう今年3回目の着信音。うんざりした気持ちで空を見上げると、火葬場から流れる細い煙が青空を汚していた。
「……もしもし」
 観念して電話に出ることを決める。昼間だから悪いことにはならないだろう、厄除けも鞄に付けているし。それでも警戒してすこし耳を遠ざけていると、ややあって向こうから「太郎か」と名前を呼ばれた。期待していた母の柔らかい声ではなく、父のしゃがれた声だった。
「なんだ、父さん、どうして」
 上擦った声になったが、父は気にしていないようだ。
「電話に出ないから心配した」
 そうは言うけれど、心配してるとは思えない、ボソボソした喋り方だ。
「そりゃ、母さんからの電話に出るわけないよ」
「元気そうだな。元気なら、いいんだ。それじゃそろそろ母さん来るから、切るな」

 会話が噛み合わない、一方的な父からの電話が切れた。私は日付を確認してため息をつく。そういえば母の死後からそろそろ49日だ。私の状況など母から聞けばいいのに、父はあと少しが待てなかったのだろう。

 気が重い通話であったが、久しぶりに父の声が聞けたことに満足感を覚えている。もう一度空を見上げると、たなびく細い煙はとうに霧散し消えていた。

(おわり)

即興小説トレーニングより
お題「幸福な電話」
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しきさい
現実と地続きのローファンタジーが好きです。ハッピーエンドが好きだけどバッドエンドもよく書きます。 https://4sidedead.work/