純文学としての「リアル」あるいは「サグ」—REAL-T試論ー
REAL-Tというラッパーがいる。
2020年9月に生命身体加害略取、逮捕監禁、傷害の疑いで逮捕起訴され、
現在服役中の男だ。
冒頭からショッキングな出だしとなってしまったが、ご容赦いただきたい。
何故なら、この男は人生そのものが「リアル」そして「サグ」だからだ。
完全に触れてはいけないレベルの言葉が立ち並ぶ歌詞だが、筆者はこのラッパーが好きだ。
前回、前々回で触れたRYKEYやバダサイよりも好きかもしれない。
なぜか。
彼の生き様自体に「リアル」を感じざるを得ないからだ。
本稿では、そんな彼が”シャバ”に遺していった数々のリリックを、
純文学として読み解く、というチャレンジを試みてみたい。
コリアンタウンが生んだ「リアル」のルーツ
出発点として、彼は自身のルーツを語りたがらない為、その歩みは断片的にしか確認することができない。
その断片をかき集め、まずはREAL-Tの生い立ちから現在に至るまでを可能な限りまとめていこう。
REAL-Tは1996年、大阪市生野区のコリアンタウンに生まれ育った。
彼自身もご多分に漏れず在日コリアンであり、
本名を「金 拓也(きん たくや)」という。
「日本の中の朝鮮」とも呼ばれるその街で、彼は多感な10代を過ごす。
この一言に、過去を語りたくない彼の性格が集約されているように思う。
実際、彼はリリックにおいてもこう語っている。
では、彼自身の言葉から、その足りない空白を埋めてみることにしよう。
彼のリリックを紐解く上で欠かせないキーワードが、
「寒い」である。
「寒い」とはなにか
ここでいう「寒い」とは、もちろん一般的な意味とは異なる。
これは、いわゆる「スラング(Slang、隠語)」であり、
主に「後ろめたいことがある、リスクがある」という意味で用いられる。
彼のリリックはこの手のスラングが多用されており、
その前提を理解していない限り、ほぼ意味不明な内容になってしまう。
下記の記事がそのスラングを詳細に解説しているため、
興味のある読者は参照いただきたい。
さて、スラングとしての「寒い」は上述のような定義が一般的なようだが、
REAL-Tがいうところの「寒い」には更に多義的な意味が含まれているように見える。
筆者が思うに、おそらく「リアル、サグ、つまり悪いこと」全般がこの「寒い」に含まれている。
以上を踏まえ、ここからは「寒い」をもう一段階メタレベルの、抽象概念として扱いたい。
彼はそんな「寒い」青春時代を過ごし、10代を「寒い不良として」過ごしたのであろう。
彼はインタビューにおいて、その堅い口からこう語っている。
段々と彼のルーツが見えてきた。
彼のスタンスは一貫して「カッコいい」ものを目指す。
それは対象物が「不良」であろうが、「HIP HOP」であろうが同じことだ。
そして、それが時に「寒い」状況を生み出すとしても、
彼は、彼自身の言葉を借りれば『行くとこまで行く』(タイトルわかった)ことを目指すのだ。
リアルが紡ぐ「物語性」その中心と向こう側
20代を迎え、REAL-Tは活躍の場を不良の世界からヒップホップへ移していく。
そして2019年、Youtubeにデビュー曲「REAL業界」を突如ドロップ。
舐達麻やRYKEYのブレイクによりギャングスタ・ハスリングラップが盛り上がっていたシーンにおいて、
彗星のごとく現れた期待のニューカマーに、ヘッズたちは沸いた。
その後も『飛ぶ鳥を落とす勢い』(SPOKES PERSON)で名パンチラインを量産していったREAL-Tだが、
それから僅か1年後の2020年、あの事件が起きる。
彼は自らのラッパーデビューから逮捕までの一連の流れをこのように振り返る。
確かに、物語としてあまりに完成されすぎている。
警察組織との「共同制作」を疑いたくなるほどだ。
しかし、断言したい。
この「物語性」こそが、彼の創作を読み解くカギであり、一番の魅力なのだ。
どういうことか。
冒頭で述べたように、彼のリリックは恐ろしい頻度でスラングが飛び交っており、一般人には解読不可能な古典文学のようだ。
筆者はそこにアナロジーとしての共通要素を見出す。
そのように考えると、彼のリリックは純文学そのものであるといえる。
象徴的なバースを引用しておこう。
このリリックにおいて特徴的なのは、「主体」の存在が曖昧であることだ。
『コッテコテの身なりと面構え』なのも、『羽振りを見せて酒飲むカタギ』も、彼自身のことなのか、彼が見てきた人々なのかは語られない。
それにもかかわらず、彼のリリックは聴くだけでその情景が「リアル」に想起される。
この主体の曖昧さ、言い換えると「中心の不在」こそが構造としてのリリックの中心、その「リアル」を浮き彫りにさせているのだ。
批評家・柄谷行人はこう言っている。
柄谷は作品をその外在的なイデオロギーや作者の意図から独立して読むことの重要性を強調している。
これはREAL-Tの「作品」にも当てはめることができる。
REAL-Tの歌詞をただ裏社会の生々しい描写として読むのでは十分ではない。
その「作品」自体の中に潜む深い意味や可能性を探ることが重要なのだ。
そこまで踏み込んでこそ、リアルの中心、そしてその向こう側が見えてくる。
では、その向こう側とはなんだろうか。
筆者はこのパンチラインにその向こう側への突破口を見いだした。
「リアル」と共に彼の代名詞ともなった「完全黙秘」。
これは、逮捕されたり取り調べを受けたりする際に、犯罪に関する質問に対して一切答えない、つまり何も話さない権利を行使することを指す。
善悪の二項対立を超えた「リアル」
裏社会は、「信用」が命だ。
表社会での「信用」とは異なり、スコアリングをしてくれる金融機関はない。
信用を勝ち得るには行動で示していくほかない。
密告や裏切りには壮絶な「返し」が待ち受けている。
『この道にはルールがある』のだ。
「完全黙秘」というパンチラインは単純な暴力性や犯罪性という表象だけではなく、裏社会の中での信用と裏切りの複雑なダイナミクスを象徴している。
裏社会での生き方は独特の哲学を持ち、その中で形成されるコミュニティは外部からの視点では理解しがたい深い絆と、信用のネットワークで成り立っているのだ。
REAL-Tのリリックには、一貫して善悪の概念が登場しない。
そしてそれは恐らく彼自身が意図してのことだ。
彼の思想や哲学、ひいては人生そのものが善悪を超越したところに立脚している。
そして、その超然的なパースペクティヴこそが、アウトロー出身のヘッズたちの心を掴むのだろう。
彼の音楽は、社会の底辺に生きる人々の声を代弁し、彼らが直面する困難、抑圧、そして希望を浮き彫りにする。
これこそが純文学としての「リアル」あるいは「サグ」である。
REAL-Tの音楽はただのエンターテイメントを超え、裏社会の人間が直面する「リアル」と、彼らがその中で見出す意味や美学を垣間見ることができる。
これは、分断が進む現代において、社会の異なる階層間での理解と共感を深める一歩となり得るのだ。
おわりに
冒頭で述べた通り、彼は現在服役中の身だ。
定期的に様々なラッパーとの客演曲がドロップされるが、いずれも収監前に録り溜めた楽曲を小出しにしている。
出所時期がいつなのかは明確ではないが、我々ヘッズは気長に待つことにしよう。
なぜなら、彼はこの長い空白期間でさらにパワーアップするに違いないからだ。
彼は友人でもある変態紳士クラブのWILYWNKAとの客演曲『Lost』のアウトロにおいてこのようにシャウトしている。
彼がその「懲役生活」によって「得たもの」とはなにか。
アンサーは数年後、お勤めを終えた彼の新曲を楽しみにしよう。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?