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賃金制度について考える

1 はじめに

経営者のみなさま、従業員への賃金はどのように定めていますか?
「月給○○万円と設定して、1年に1回頑張った職員には昇給させる」
「等級を設けていて、人事評価の結果で等級を前後、そして賃金改定をしている」
「昇給時期は特にきめていない。給与は従業員と話し合って決めている」
等々、様々なルールを設けていることと思います。
先ほどの例にも挙げましたように、賃金制度は会社各々の考えがあり正解はありませんが、重要なことは従業員が納得しているかという点に尽きます。

  • 会社が根拠を持って賃金体系を従業員に説明できますでしょうか?

  • どのように成長すれば、どのような実績を挙げれば給与アップを実現できるかを従業員は理解していますでしょうか?

これらの点が曖昧であった場合、従業員は目標を形成することが困難かもしれません。
本日は様々な賃金制度を網羅的に整理します。どのような賃金制度を設計すべきか参考にしていただけますと幸いです。


2 賃金制度の整理(基本給)

基本給・・・という言葉自体、様々な解釈がありますので、ここでは経験や能力、年齢、勤続年数、仕事内容などに応じて決められている賃金と定義します。
会社はどの区分に着目して賃金を決定するのか・・・という選択をすることができます。賃金制度を横断的にご紹介しますので、それぞれのメリット・デメリットをご理解いただけますと幸いです。

(1)定めのない賃金制度

会社によっては賃金制度を定めていないケースもあるかもしれません。
(例えば「月給25万円」のようにシンプルに設定しており、昇給要件等も明確にはしていない。)
このようなケースでは経営者の独自判断で従業員の昇給を決定したり、または昇給自体を実施しなかったり・・・といった対応をされているのではないかと考えられます。
経営者側のメリットとして賃金制度の運用が簡単である一方、従業員の納得感は得られない可能性が高いです。

(2)年功賃金

勤続年数が積み重なる度に増額する賃金です(例:入社時は20万円の賃金で、毎年5千円昇給する)。
なお、年間出社率○○%以上・・・のように昇給の条件を設定している会社もあります。
着実に昇給する・・・ということで、社員が会社への帰属意識を高めて、長期間の就労を促す効果が期待されます。従業員が長く従事することで、従業員のナレッジ集約、離職防止による採用費用の負担削減、従業員の関係構築といった効果が得られます。
しかし、勤続年数を積み重ねるだけで昇給ができることにより、業務の成果に対する意欲が阻害される恐れがあります(仕事をしない上司が高給というケースも)。
優秀な職員ほど画一的なルールに抵抗感を感じるかもしれません。

(3)職務給

業務の内容に応じて賃金を決定する制度です。イメージを以下の通り共有します。

  • 経理業務(買掛債権管理/現金出納管理/手形管理)→賃金○○万円

  • 経理業務②(中長期計画管理/年度予算管理)→賃金○○万円 ※どちらかというと「財務」の職務と言えますが、あくまで例として

従業員の担当する業務で賃金額が決まるので、公平な運用をすることが可能です。今人事業界で流行語とも言える「ジョブ型雇用」は、職務給制度と近しいものと考えられます(イコールではありません)。
従業員は業務領域をどう拡大、またはステップすれば、目標とする賃金を得ることができるか一目瞭然ですので、目標形成や自己研鑽をしやすい環境構築が期待できます。
なお、欧米では職務給の考え方が一般的であると言われています。

しかし、契約で従業員の業務領域を定めているので、人事異動には適していません(従業員本人の同意は必須)。また、従業員が人事異動自体に同意したとしても、職務変更による賃金の減額をする場合は非常にリスクが高いと言えます。従業員本人への丁寧な説明はもちろん、不利益変更に至る根拠は十分なものである必要があります。
また、契約内容にない業務を従業員に依頼することにより、従業員が職務給制度自体への納得感を得られない可能性が高いため、業務領域には注意が必要です。

(4)職能給

従業員の「職務遂行能力」によって賃金を決定する制度です。上記(3)職務賃金制度は「業務(職務)」にフォーカスしていますが、職能給は「人(能力・性質)」にフォーカスをしています。
日本の企業の多くの従業員は「総合職」として雇用され、多くの部署を異動しながらキャリアを重ねています(いわゆるメンバーシップ型の雇用)。職務給を採用した場合、異動部署ごとの業務内容に応じて賃金が変わってしまうため、従業員の賃金が安定しない・・・というケースが発生してしまいます。
しかし、職能給は職員の担当する業務ではなく、職員個人の能力の成長に応じて昇給する・・・という仕組みであるため、メンバーシップ型雇用の従業員に適している賃金制度と言えます。
職能給は以下の通り「等級」を設けて、各等級に求める能力を明示することで、従業員の納得感を得ることが重要です(あくまでも例です)。

  • 2等級(主任級)→社内業務を1人で遂行することが可能な技能を持ち合わせている。また、メンバー内の業務量や業務内容などを把握し、必要に応じて支援・指導することができる。

  • 7等級(課長)→会社全体の方針や計画を部下に正確に伝える力がある。部下の目標を理解、共感し、成長を実現するための目標管理を実施することができる。また、自身も業務に必要な知識や技術を備えているだけでなく、自己研鑽を図っている。必要な情報収集を行い、適切な意思決定を下すことができる。

なお、等級内でも賃金を分けるために「号」を設けることで、等級アップしない従業員にも昇給機会を提供する企業が多いです。
(人事評価に紐づけます)

デメリットとしては個人の能力を判断する・・・という点で、基準が曖昧と言えます。評価者の主観に左右されないよう工夫が必要です(例:複数人で評価する)。
結果的に人事担当・評価者の管理負担が大きくなる傾向があります。
また、結局は勤続年数に応じて職能給を調整する・・・といった年功賃金と変わらない運用をすることで、勤続年数の長い従業員が優遇され、勤続年数の短い従業員が不公平感を抱くリスクがあります。

(5)役割給

従業員が担う役割に応じて賃金を設定する仕組みです。「総務課長」や「ITプロジェクトのマネージャー」といった管理職に馴染みやすいと言われています。職務に要求される役割責任・職責・権限のレベルの高さ、大きさにより役割ランクを設定し、賃金を決定する・・・といった運用を実施します。
職務給は具体的な業務内容に応じて賃金を決定しますが、役割給は仕事を限定的にせず、広範囲に職務を網羅することができます。
よって、人事部門は柔軟な運用をすることが可能で、業務負担は比較的少ない制度と考えられます。
しかし、柔軟であるがために、会社が従業員にどのような役割・責任を期待しているのかを丁寧に説明をしてミスマッチを防ぐ必要があります。


3 賃金制度の整理(手当)

手当は先ほどご紹介しました基本給を補う役割を担っています。なお、手当には業務に関連するものと、従業員の生活や環境に関連するものとに区分することができます。

(1)業務に関連するもの

  • 役職手当 主任や課長代理等、従業員の役職に応じて○○万円と設定します。

  • 資格手当 会社で推奨(必要と)している資格を保持している職員に支給する手当(例:日商簿記2級、フォークリフト運転技能講習受講)

  • 皆勤手当 指定の期間、休暇を取得せず勤務した従業員に支給する手当。

  • 時間外勤務手当 法定労働時間を超えて残業した場合に支払われる手当。世間一般では「残業手当」と言われている。

  • 深夜手当 深夜(原則として午後10時~午前5時)に労働した従業員に対して支給する手当

  • 休日手当 従業員が法定休日に出勤した場合に、一定の比率を割増して支払う賃金

(2)従業員の生活や環境に関連するもの

  • 住宅手当 会社都合で異動している従業員に対して支払うケースや、全従業員均等に支払うケース等、会社の裁量の幅が広い手当

  • 通勤手当 通勤に公共交通機関や自家用車を使用した場合に支給する手当

  • 扶養手当 配偶者や子供の有無に対して支給する手当

  • 単身赴任手当 会社都合で異動している従業員に対して支給する手当。二重生活の負担を低減する目的がある。

  • 食事手当 出勤日に対して定額で支払う手当

  • テレワーク手当 従業員がテレワークをした日に対して定額で支払うケースが多い。自宅の光熱費増加を補うこと(もちろん他の解釈もあります)を目的にしている。

  • お祝い金 従業員の結婚や出産等に対して会社が支払う。従業員の会社への帰属意識を高める効果が期待される。


4 賃金の構成を考える

これまで整理してきた基本給、および手当の中から、各社の方針や意向に合致したものを選択し、会社の賃金ルールを決定します。
まずは賃金が従業員にどのような影響を与えるか・・・という点を整理した上で、具体的な賃金構成の検討を進めて参りましょう。

(1)賃金が与える従業員への影響

前段でご案内しましたように、賃金制度は従業員の納得感を得ることが重要です。
(満足、不満足は従業員の主観によるものなので、全員の満足を目指すのではなく、全員の納得を目指す)
アメリカ合衆国の臨床心理学者であるフレデリック・ハーズバーグは「二要因理論」という考えを発表しており、賃金は職務不満足を引き起こす要因として考えられています(以下、参照)。

【二要因理論とは】
仕事に対するモチベーションの寄与するものを動機づけ要因と衛生要因に区分けした理論です。
(1)動機づけ要因
職務満足につながるもの。なくても不満につながるものではなく、満たされることで仕事に対して長期的に前向きになれる効果があると考えられている。
(例)仕事の達成感/与えられた責任および権限/他者からの承認/仕事の社会的意義・・・等々
(2)衛生要因
職務不満足につながるもの。用意されることで満足にはつながらない(または一時的な満足にしかならない)が、用意されない場合は不満足につながります。
(例)賃金/人間関係(同僚や上司)/職場の労働環境/会社方針/安全・・・等々

フレデリック・ハーズバーグ『二要因理論』を整理しました

つまり、賃金は従業員にとって長期的にモチベーションを維持する役割ではないということです(従業員のモチベーションの話はまたの機会に・・・)。
賃金制度を曖昧にして従業員の不満足へつなげることを回避して、動機づけ要因を充実させることで従業員のモチベーションを高めていくことが重要です。

(2)賃金構成の具体例

現在、日本の企業の賃金構成は、これまで紹介しました賃金制度を組み合わせて構築するケースが多いです。
それぞれの賃金制度にはメリット&デメリットがあり、それらを組み合わせることで補い合う(更に手当の支給)・・・という考え方です。
これから賃金構成の具体例をひとつご案内しますので、参考としてご覧ください。

『年功賃金✖️職能給』

  • 従業員に長期的に勤務をして欲しい

  • 従業員の仕事によって賃金の差別化を図りたい

これらのニーズを満たすために年功賃金職能給を組み合わせます。
従業員が長期的に勤務してくれたことを労うため、年功賃金で昇給を継続しつつ、メインの昇給を職能給にフォーカスすることで、実力主義の風土を醸成します(職能給部分は厳格に評価する)。
【例】賃金 月給200,000円(①年功賃金160,000円 ②職能給40,000円)
 ①年功賃金 毎年月給3,000円昇給(出社率90%以上が条件)
 ②職能給 人事評価で等級アップの場合のみ昇給
年功賃金を比例的に毎年3,000円昇給するのではなく、勤務期間5年や10年等の区切りで昇給額を増やす方法もひとつです。また、早期退職の多い会社の場合は、入社後1〜5年の期間の昇給を手厚くすることで離職防止につなげることも効果的かもしれません。
年功賃金で定期的な昇給が約束される場合は、職能給を厳しく評価することで従業員の賃金の差別化が期待できます。
(仕事の意欲が高い、成果を挙げている従業員に高い賃金を支払うことができます)

また、従業員の役職に応じて役職手当を支給する会社が多いですが、職能給と目的が近しいため、意図を明確にすることが望ましいです。
(役職手当に○○時間の時間外勤務手当を含んだものとして支給している会社もあります。その場合は、時間外勤務手当の金額が法令を遵守している{1時間あたりの賃金✖️残業時間✖️125%以上}こと、就業規則や賃金規程に定めることが必要です。)

なお、人事評価および昇給の案内時には、従業員へ昇給内容の内訳や根拠を丁寧に説明することは言うまでもありません。従業員が将来得られるであろう賃金をイメージできること、それを実現するために自身がどのような能力を身に付けるべきかを明確にできるよう会社側が誠意を持って伝えることで従業員に納得感を提供できる可能性が高まります。


5 どのくらいの賃金を設定すべきか

「賃金制度は理解できるが、従業員へどのくらいの賃金を支払うべきか分からない・・・」
このような悩みをお持ちの会社は多いでしょう。
部長は○○万円、主任は○○万円・・・と総額を感覚的に定めて、逆算的に年功賃金や職能給を調整していく・・・と言う考えもあるかもしれません。
しかし、曖昧な賃金制度を設計することで、将来的に会社の経営に対して人件費が悪影響を及ぼすリスクが拡大するでしょう。
世間相場に関心を持ちつつも、以下のような指標を勘案して賃金を設計していくことも一つの手段です。
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①人件費率(%) (人件費 ÷ 売上高)× 100

売り上げの何%を人件費が占めているのかを把握する指標です。
なお、人件費率の適正な数値は「業界」により一定の相場感があります。
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②労働分配率(%) (人件費 ÷ 付加価値)× 100

会社が生み出した付加価値の何%を人件費が占めているかを把握する指標です。会社にとって売上高は重要ですが、結果的に付加価値をどのくらい生み出していることが更に重要と言えるため、①よりも人件費が適正か否かを判断できる指標です。
(売上が多くても赤字である可能性があります)
なお、付加価値の算出方法は以下のいずれかです。

  • 付加価値 = 売上高 - 売上原価

  • 付加価値 = 人件費 + 地代家賃 + 租税公課 + 減価償却費 + 金融関連費用 + 営業利益 

会社の毎年の利益は上下変動することから、見込みの算出にはなりますが、「将来的に労働分配率○○%前後を目指す場合、どのくらいの利益であればいくらぐらい賃金として還元できるのか・・・」といったイメージを描くことができると思います。

なお、中小企業庁のHPでは、財務省「法人企業統計調査年報」を基にしたデータを紹介しています。
企業規模別の労働分配率を確認すると企業規模で以下の通り労働分配率には大きな差異があります。
<2020年度の労働分配率>
A .大企業 57.6%
B.中規模企業 80.0%
C.小規模企業 86.5%
※大企業は資本金10億円以上、中規模企業は資本金1,000万円以上1億円未満、小規模企業は資本金1,000万円未満
※金融業、保険業は含まれていない

(参照:中小企業庁HP 第6節 労働生産性と分配)

また、別の資料ですが、経済産業省企業活動基本調査の2021年企業活動基本調査確報-2020年度実績- により各業種の労働分配率が掲載されています。
多くの業種で労働分配率は40〜60%(サービス業は70%前後の傾向)の範囲内です(前述の通理、企業規模で大きく異なることもお含み置きください)。自社の経営状態を客観的に測ることができる指標なので、ぜひご確認ください。

(参照:経済産業省HP 2021年企業活動基本調査確報-2020年度実績-)

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③労働生産性(%) (付加価値 ÷ 人件費) × 100

人件費当たりでどのくらいの付加価値を生み出すことができたかを把握する指標です。つまり、100%を超えていない場合、人件費が付加価値より高額になるため、会社としては危機的な状況と言えます。
労働生産性が高ければ高いほど、会社は効率良く利益を生み出している(人件費が低すぎる・・・と言うケースもありますが)ことから、賃金を増額できる余地があると考えられます。


6 最後に

今回は賃金制度について横断的に基礎的な部分をご紹介しました。
賃金制度は幅広い考え方があり、会社の方向性やカルチャー、業種等でそれぞれの会社で適したものがあるはずです。
決してテンプレートで運用できるものではなく、カスタマイズが必須なものであることをご理解いただけましたら幸いです。

なお、賃金制度の設計は慎重に実施してください。「一度作成した賃金制度があまり良く無いので改訂しよう・・・」とお考えになった場合、その行為が「不利益変更」に当たる可能性があります。
(会社が従業員にとって不利益になる労働条件の変更を行うこと)
また、従業員が会社への不信感を持ち、最悪のケースでは会社を離れてしまうことも考えられます。

しかし、逆転の発想であれば、賃金制度を改善することで、職員のモチベーションを高めてエンゲージメント向上につなげることもできます。
(何より重要なのは制度より運用方法ですが)
賃金制度・職員のエンゲージメントについてお悩みの会社は、ぜひ社会保険労務士事務所へご相談ください!
(神庭社会保険労務士事務所も大歓迎しています!)

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