マガジンのカバー画像

SQUA的連載コラム

85
沖縄で暮らすひとびとの、日々のものがたりと、思うこと。
運営しているクリエイター

#proots

vol.012 シロと見上げた夕空で

「どこまでもあきんどでありたいんよ。横の繋がりより何より大切なのは、私を食べさせてくれる目の前のお客さんじゃけん」 岡山県出身の大野華子は、2018年に沖縄へ移り住み、宜野湾市内に2店舗の飲食店を開業した。 海を望む閑静な住宅街に佇む「ソウエイシャ喫茶室」では、ナポリタンやオムライスなど、昔ながらの喫茶メニューを様々楽む事ができる。白を基調とする店内にはアンティークの木製家具が並び、壁一面のガラス窓からは燦々と陽が差し込む。 一方、廃れた社交街の雑居ビルに佇む「月を詠ム

vol.011 ただよう気配に言葉をのせて

沖縄本島北部にある本部港からフェリーに乗り、伊江島にやってきた。 農地が延々と広がる穏やかな島を巡ると、自家製の登り窯で唯一無二のやちむん(焼き物)を生み出す陶芸家や、おばあたちが繫いできた文化を途絶えさせまいと「アダン葉帽子」の継承に尽力する編み手たちに出会う事ができた。 そんな素晴らしい手仕事の数々に魅了されっぱなしの旅だったが、今回僕が取材していたのはこの方だ。 セソコマサユキさん。 これを読んで下さっている方の中には、その名をご存知の方も多い事だろう。 当コラ

vol.010 暮らしの蕾

沖縄市は園田という集落にある、一軒の古民家へやって来た。 庭で月桃(げっとう)を収穫していたのは、吉本 梓(よしもと あずさ)さん。彼女はここで、主に月桃を用いた物づくりをしている。 ウチナーンチュにはお馴染みの月桃だが、県外の方は聞き慣れないかもしれない。桃色の小さな蕾をつける、沖縄に自生するショウガ科の多年草だ。 ポリフェノール豊富な実を煮出して健康茶にしたり、防虫・消臭効果のある葉でムーチー(餅)を包んだり、精油を抽出してアロマにしたり… この島の暮らしに古くから

vol.009 約束の水平線

ここは沖縄本島最南端の集落、喜屋武(きゃん)。広大な農地の先は一面の海。石積みの外壁や古民家が多く残り、まさにこの島の原風景を描いたような地域だ。 そんな村内に一軒、一際モダンな建物が佇んでいる。 「atelier sou」 群馬県出身の仲間秀子さんが営む、金細工(くがにぜーく)アクセサリーを主に扱うアトリエだ。 扉を開ければ、ドライフラワーの甘い香りと、年代物のスピーカーから流れるやわらかな音響に包まれる。 時を重ねたアンティークショーケースの中で、美しく並ぶ

vol.008 あの夢の、その先

林の中に独り。 さまよい歩き続けていると、突然景色が開けた。目の前には澄んだ湖が広がり、その中央にちいさな地蔵が佇む。湖の向こうには壮大な山が望み、その木々1本1本がキラキラと陽を揺らしている。 その光景を最後に目が覚めた。 琉球舞踊家の福島千枝さんが、14歳の頃だ。 そのあまりの美しさと臨場感がずっと頭を離れず、ついには夢占い師に鑑定を依頼する。するとこの様な答えが返ってきた。 「湖はあなたの心。お地蔵さんが中央にいるという事は、あなたが救いを求めている事を表します

vol.007 気がつけばそこにあるもの

クリスマスを目前に街が賑わう頃、中城村の小さなアトリエでは苺のショートケーキが仕込まれていた。 ケーキをつくるのは、やましろあけみさん。「mon chouchou」の屋号で活動されている菓子職人だ。 沖縄で暮らすお菓子好きの方なら、既にご存じかもしれない。「モンシュシュあけさんがつくるお菓子」の評判は、僕の耳にもこれまで幾度と入ってきていた。 11月、屋我地島で開催されたSQUA主催のイベントに僕もProotsとして出店した。本島北部に位置する離れ島のローカルな催しには

vol.006 プレートの中のゆいまーる

那覇の街を太陽が照らし始めて間もなく、シンと澄んだ与儀公園の空気を心地よく揺らし始めたのは、見慣れない弦楽器やパーカッション。そして、そのリズムに乗せて呼応する唄。 これは「カポエイラ」という武術だ。 演奏隊に囲まれ対峙する者同士が、楽器のリズムに乗りながら踊る様に、駆け引きの攻防を型で繰り広げる。 その演舞中に唄われるのはポルトガル語で、意味などは分からないのだが、遠い昔から知っていたかの様な原始的な音の響きに、自然と身体が動いた。 武術とは言え、年齢も性別も多様な

vol.005 葉を編む手、世を照らして

この島が「沖縄」になる、はるか昔の物語。小さく名もなき島は、浮き草のごとく海を漂流していた。そこに降りたったアマミキヨという神がアダンを植え、漂う島を海底に根付かせ、琉球国は生まれたという。 そんな神話、「琉球神道記」にも登場する「アダン(阿檀)」は、沖縄の風景に欠かせない植物である。トゲのある葉とパイナップルのような果実、ガジュマルのように太く強い根が特徴だ。 沖縄の人は古くから、アダンを生活に取り入れてきた。可食部が少なく食用には向かないものの、その葉や幹を利用して、

vol.4 境界線は染め替えて

沖縄戦の激戦地として知られる嘉数高台のてっぺんにたどり着いた。目前にある宜野湾の住宅街はある地点から途切れ、その向こう側はアメリカだ。 遠方に広がる普天間基地からこちらを向くオスプレイと対峙する。知る限りの悲しい歴史とやり切れない現状が迫り、息が詰まる。その風景を見て、ある紅型(びんがた)作品を思い出した。 中央で翼を広げるのは「ミサゴ」。英語で「Osprey(オスプレイ)」と呼ばれる鳥だ。ミサゴの下に並ぶキャラクターは、沖縄県民を表わしている。 敗戦後、米軍から配られ

vol.3 光をよる糸

「絶対一度は行ったほうがいいよ」「あそこのセンスは本当に素晴らしい」「花を買うならあの店って決めてるんだ」… 個人経営の先輩や、花好きな友人たちが口々に言うので、那覇にある「Detail full」という花屋の存在は、早い内から知っていた。そして、初めてお店へ伺ったのは三年ほど前だ。 店内には花だけでなく、衣類やガラス製品、古道具にアクセサリー、焼き菓子なども美しく並んでいた。そして花に無知だった僕に、とても丁寧に接してくれたのが、オーナーの盛邦さんと綾乃さんだった。評判

vol.2 虹をかける手

那覇を出て30分ほど経ったろうか。車窓を流れる景色は、オフィスビルからさとうきび畑に変わった。窓を開けると、時折牧場のような匂いが混じる。 目的地に到着すると見えるのが、一面のさとうきびを見守る様にそびえる八重瀬岳。ここ「八重瀬町」の名付け元なんだそうだ。 そんな八重瀬岳のふもとを歩きながら「あっちには沖縄最古のシーサーが立っているんですよ」「この山の中腹には白梅学徒隊の壕があって...」と案内してくれるのは、ここにやちむん(焼き物)工房「アカマシバル製陶所」を構え、作陶

vol.1 青く生きるひと

泡盛やガジュマルの灰と共に発酵した「琉球藍」の液中へ、インドの手紡ぎ布「カディ」が沈められた。 何かを確かめるよう、布を静かに泳がせる横顔は子を沐浴する母を想わせる。 立ち込める藍の香りと、柔らかな陽に包まれたその窓辺は美しく、眺めるともなくみていると、じっとり湧く汗も、耳をつくセミの声も意識から消えてしまう。 ここは沖縄本島北部、今帰仁村の山あいにある「Ajin」。藍染の泉さんと、青写真の道生さん夫婦が暮らす、自宅兼工房だ。 藍汁したたるカディは固く絞られた後、庭の