ハリネズミ
ポツポツと雨が振り出すなか、なぜか僕ら2人だけは仲見世通りの外れで、不穏な空気をまとっていた。
それはほんの些細なきっかけ。
普段のお互いなら気にもしないような、ちょっとした言葉の衝突。
しかし、この時の僕らはお互いにお互いを傷つけあってしまっていた。
おそらにかえってしまったおこちゃんのために、浅草寺の水子供養のお参りに来たのに、こんなピリピリとした状況ではダメだ。
僕はそう感じて、以前に調べた浅草観光案内所の休憩場所へと移動することを提案した。
今浅草はコロナの影響で、観光客が激減している。
ガラガラの仲見世通りを足早に歩きながら、僕らは心を落ち着かせられる場所を目指した。
・・・・・
この観光案内所の屋上からは浅草の観光名所が、ぐるりと一望できる。
しかしこの日はあいにくの天気で、人気観光スポットのスカイツリーも、半分から上が雲に覆われてしまっている。
まるで、僕らの心を写しているようだ。
2人でしばらく無言の時間が続くなか、妻が『一緒に写真を撮ろう』と提案してくれた。
僕はモヤモヤとした気持ちを感じつつも、妻が歩み寄ってきてくれたことに感謝をした。
お互い硬い表情ながらも、少しずつ心の氷が溶けて行くのを感じる。
観光客が増えてきた屋上を後にして、僕らは『浅草の祭り』についてのパネルが並ぶ展示屋へと移動した。
人気が無いその場所で、僕は改めて妻への感謝を伝え、笑顔を見せる。
妻は安心したようで、目からはポロポロと涙が溢れる。
僕はそっと妻を抱き寄せ、ごめんねと謝る。
涙を流すこと自体は少なくなったが、きっと僕らの心の中のコップは、悲しみで満たされたままだったんだ。
僕はとても傷ついていたし、疲れていた。
しかしそれは妻も同じ、いや、それ以上のはずだ。
そんな支えきれない自分を責めてしまいそうになるが、それでは意味がない。
僕らがやるべきは、『これからも僕ら2人が笑顔で過ごせるようにすること』だ。
そして延長線上に、きっと『おこちゃんとまた会える』という未来が待っているんだ。
・・・・・
『ハリネズミのジレンマ』、またの名を『ヤマアラシのジレンマ』と言う心理学がある。
針のある生き物同士が、暖まるために近づきたいが、近づきすぎると針で怪我をするし、かといって離れると寂しいという寓話が元になっているらしい。
僕らそんなハリネズミのようだ。
お互いがお互いを必要しているはずなのに、今の僕らはお互いに心の針があり、近づきすぎるとお互いにケガをさせている。
でもそんな時は、その場を離れるんじゃなくて、『お互い』がその針を先を丸め、少しずつ歩み寄ることが大事なんだ。
再び笑顔で手を繋ぐことができるようになった僕らを、きっとおこちゃんはおそらから笑って見ているだろう。
そんな傷つけ合っていた2匹のハリネズミは、寄り添いながら次なる目的地のお寺へと歩いていくのであった。
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