定本作業日誌 —『定本版 李箱全集』のために—〈第六十三回〉
二〇二四年一〇月二〇日
夜中に椅子に座り、長細い机にパソコンと資料を置いて作業をする。韓国で集めてきた大量の資料にまだ手がつけられていない。当然のことだが、今必要な資料だけを取り出して、今必要な資料だけに目を通すからだ。背後や右側に資料や書物の影を常に感じている。そういう緊張感も相まって、夜中になる指先も足先も冷えきってしまう。
最近は他にやることがあまりに多いため、作業時間は一日に2、3時間になってしまっている。その他のことですらつまみ食いみたいにコツコツと進めているため、全部が中途半端になっていないかといつも気にしている。そして作業時間が短いことを毎日後ろめたく思っている。ダメだとか、焦る気持ちもあるけれど、後ろめたさが勝つ。時間の使い方も下手だしなあ。
とにかく。
雑誌『朝鮮と建築』に掲載された〈鳥瞰図〉の形態批判は終わった。「定本 李箱文学全集」に掲載されたテキスト〈鳥瞰図〉に対するものだった。しかしまあ「形態批判」という造語を生み出しておきながら思うが、誤植と形態の判別、そして「形態批判」と「注釈批判」の区別も難しい。
誤植は意図せずして誤った箇所のことだ。形態は意図的な結果と編集的都合の結果が混ざっている。
私はそれらを意図的か/否かで区別せず、原文資料と異なるのであれば全て指摘するように心がけている。区別が難しいのでどうしようかなあと思いながらも、このように決意することで一時的にクリアしている。
しかし問題は形態批判と注釈批判の区別の方だ。
例えば、
〈原文資料〉
↓
〈1960年代出版 李箱全集〉
↓
〈2009年出版 定本 李箱文学全集〉
という全集の歴史があり、私が批判・参考対象としているのは〈2009年出版 定本 李箱文学全集〉である。〈2009年出版 定本 李箱文学全集〉では、原文資料と比較しながら〈1960年代出版 李箱全集〉での誤字脱字を改訂し、注釈批判を行う。しかし次のようなことも発生する。
〈原文資料〉誤植と思われる箇所あり
↓
〈1960年代出版 李箱全集〉誤植と思われる箇所 そのまま収録
↓
〈2009年出版 定本 李箱文学全集〉
誤植と思われる箇所をそのまま収録した〈1960年代出版 李箱全集〉に対して注釈批判を行う。結果、原文資料の”誤植と思われる箇所”を訂正したものを”テキスト”として掲載。
こうなると、〈2009年出版 定本 李箱文学全集〉では”原文資料とは異なるが、誤植と判断されて改訂された箇所”がテキストの各所に生じることになる。私はこれを形態上の問題として捉えるべきなのか?〈2009年出版 定本 李箱文学全集〉の編者の誤植として捉えるべきなのか?あるいは両項を股にかけた捉え方を生み出すべきなのか?と、かれこれ何ヶ月も逡巡しているのである。
ちなみにこれは私が出版しようとする全集の編集問題が大きく絡んでいるのはわかっているが、ちょっと考えることが分厚すぎてただ問題を置いて眺めている状態が現在である。
先述した通り、「形態批判」と「注釈批判」を分けて作業している。が、”両項を股にかけた捉え方”をする場合、これらを区分せず一箇所にまとめて印字する方が合理的な気もする。だがそんなものは妄想上において飲み合理的なだけで、実際印刷するとなればテキストの横に膨大な文字量の「形態批判」と「注釈批判」が何の区分なく記されている。読みづらくて仕方がないはずだ。第一、テキストを読むどころの話ではないほど雑多で複雑な頁になる。格好が悪いはず。
では書き方の問題なのか?どうすればいい?どうすれば「形態批判」と「注釈批判」を区別しながら適宜”両項を股にかけた捉え方”が視覚的、文章的に表明できる?とうだうだと悩み、
(まあ今はね、とりあえず中身を完成させようよ、ハコの話は後ででいーよ…)と思ってしまっている。しまっていると書きながら、来たるべきときが来たらどうせ未来の自分が考えてくれると信じて、悩みながら、えいえいと託す計画である。
とりあえず、2、3時間の作業時間に後ろめたさがあるのなら、まず第一にその感情を解消してあげる必要があるかもしれない。103万円の壁みたいな感じで”週最低25時間作業”というふうに労働時間を決めてしまってもいいか。そうしようか。一回、そうしてみようかな。やって駄目ならまた引き返そうっと。
二〇二四年一〇月二五日
月曜日 歯医者
火曜日 耳鼻科
水曜日 眼科
金曜日 歯医者
もう体ボロボロでーす(^^)
歯医者は小学生以来に行った。最近たまに歯がズキズキするので虫歯かなあと心配になった。そこで歯をよく観察してみるとなんだか黒い。30分磨いても取れないから、「「虫歯だ!」」と判断して久々の歯医者に行ってみたのだが、歯医者の爺ちゃん曰く「こーんなの虫歯のうちに入んないよ☆」とのこと。虫歯は虫歯でも、初期の初期。よく気がついたなレベルであり、神経質すぎらしい。でもせっかくだから完治させておこうという話になり、ガリガリ削ってもらった。歯医者恐怖症なので痛い思いをする前に虫歯の根源を叩きのめしておいてもらおうと思った。神経質すぎると揶揄されたが、私はむしろ鼻高々だった。自分の身体を敏感に感じられている証拠なんだ!なんて素晴らしい観察力、完治力、配慮!という想いでいっぱい。
眼は病気なので生涯通院が確定しており、耳鼻科は咳と鼻水が止まらないのでしばらく通院することになっている。ただでさえ毎日死の恐怖を感じ、振り解いて生きるのに疲れているのに、病院に四日連続で行くなんて身がもたない。毎日毎日疲れた1週間だった。映画もあまり観られていない。
二〇二四年一〇月二八日
雑誌『朝鮮と建築』に掲載された〈鳥瞰図〉の形態批判が終わったので、最近は注釈批判の方に手をつけている。注釈批判の方が楽しいかもしれない。四六時中やっていたいとは全く思えないが、楽しいことは楽しいようだ。
私が「注釈批判」という言葉を使うとき、自分のためにも簡単に基準を書いておくと、以下三つの事を示す。
・テキスト見ながら(読者に何かしらの道標がある方が良いな)と判断した箇所に、情報を付加する
・「定本 李箱文学全集」に収録される韓国語翻訳版テキストの翻訳において、不十分、不適切、不正確が認められた箇所を訂正する(原文日本語テキストの場合のみ必要な作業)
・「定本 李箱文学全集」の注釈を見ながら、注釈自体に不十分、不正確な情報や表現がないか確認・批判する
正確に言えば、三つのうちはじめの2つは注釈作業と言っていい。そして三つ目が注釈批判作業である。書いていて思ったが、注釈作業/注釈批判作業は言葉を使い分けた方がいい。当たり前だった。自分が混乱する言葉は使わない方が良い。「定本 李箱文学全集」以外にも批判・参考にしたい資料は二種類あるので、それに対しても「形態批判」と「注釈作業」「注釈批判作業」を行わなくてはならない。砂漠にいて(遠いな)という感情をきっと失うように、(まだまだやることあるな)と思えない程やることがあるようだ。自分が今どこにいて何をしているかわからない状態が常態化している。
二〇二四年一一月三日
前回の日誌に以下のことを書いた。
・「定本 李箱文学全集」に収録される韓国語翻訳版テキストの翻訳において、不十分、不適切、不正確が認められた箇所を訂正する(原文日本語テキストの場合のみ必要な作業)
これは注釈作業の一種を説明した文章である。しかしこの「定本 李箱文学全集」、そのほか今後批判・参考対象となるテキスト全集も韓国語で書かれている。そして私が出版しようとする全集は日本語である。
日本の読者に向けた書籍で、韓国語の全集についての翻訳問題を取り上げるのはなぜだろう?と自問することが多い。以前は「考える必要があるけど今は考えないでいいよBOX」に入れていたものが、頃合いだったのかまた大きな身体をもってまた私の目の前にあらわれはじめた。では考えないといけないね。
これに関してはあまり時間は掛からなかった。理由は先人がいるから。
小説や学術書においても翻訳書は山ほどある。その中で「日本の読者は外国語書籍を読めない可能性もあるから、原文についてはあまり言及しないでもよい」と判断を下すことなく、原文のみずみずしさをそのままに、注釈やテキストに括弧付きで原文からの翻訳問題を記している書籍は山ほどある。つまり「日本語話者にとって外国語だから翻訳問題を翻訳の中で扱う/扱わない」を決めているのではない。
「原テキストの性格に基づいて扱うべきか/扱わないか」を決定しているのである。全集はそれらと違う形態の書籍だが、この場合、先人たちの判断基準を全集にも適応して良いと考える。なぜならば、「かたちこそテキストである」と主張する私の問題意識は、定本作業されたテキストと原文資料の間に生じる形態的な差異を執拗に指摘させ、これもある種の翻訳であると考えさせている。つまり翻訳の問題は、形態の問題にふれる。
万が一、日本語話者の読者が注釈を読み、原本である韓国語版全集たちに塵ほどの興味を注ぐ人が存在しなくとも、それが原テキストからの要請であり、編者としての主張を貫徹する方法ならばやってみた方がいい。そんな気がする。今現在の世界に誰も師がいなくても、指針がなくとも、私たちには死者もいる。先人にはいつもお世話になる。「マラルメ詩集」(渡邊守章訳、岩波文庫、2014年)の渡辺先生には特に励まされたものだ。あの粘り強い姿勢と、苦渋の選択の連続。頁を捲るだけで溜息が出る作業だ。
先生ありがとうございます。
韓国にもあの本、持っていっていたんですよー。
書物っていいなあ。死者を一番近くに感じられるから。