あそこがひとつ飛んでる

「12、13、15。ほら、あそこがひとつ飛んでる」潮崎はガレージの上の数字を、一つ一つ指さしながらそう言った。

「本当だ」

「ほら、15のガレージが他のよりちょっと広いだろ?あそこに昔14があったんだよ」潮崎は生き生きとそう話した。

「改築されて14が消えたってことか」

「ああ。こういうのってなんか面白くないか?」

「そうか?意外とつまんないこと考えてるんだな。潮崎って」僕は微笑んだ。

潮崎は僕が14歳、つまり中学2年の時に転校してきた。切れ長の目に、切り立った山脈のような高い鼻、薄い唇。長く艶のある黒髪は、肩くらいまで伸びている。
転校初日に頭が空っぽな何人かが、様式美のように潮崎を校舎裏に連れ込んだ。しかし、潮崎はそれを返り討ちにしてしまった。全くクールな男だ。その噂が流れてから、潮崎は一目置かれるようになった。頭が空っぽな連中ともうまく付き合っていたし、僕が密かに思いを寄せていた、そこそこの美女と付き合っていた。

僕は別に潮崎と仲が良かったわけじゃない。そんなに多くの言葉を交わさなかった。しかし、なぜかあの時だけ、僕と潮崎は一緒に帰っていた。理由は思い出せない。潮崎が意外とつまらないことを考えていて、僕は少しだけ親近感が湧いた。嬉しくなったのだ。彼も僕と同じ、中学生なのだと。しかし、それきり潮崎から話しかけられることはなかったし、僕から話すこともなかった。

あの時、彼が東京からわざわざ、山と海に囲まれた何もない街に来たのは何故だろうか。そして、1年もしないうちに彼はまた東京へと引っ越した。別になんてない記憶だ。でも僕はそのガレージの前を通るたび、潮崎のことを思い出した。

「潮崎っていただろ?お前の付き合ってた」僕は隣で携帯をいじっている女にそう言った。

「何よ、藪から棒に」

「どんな奴だったんだ?」

「何、妬いてんの?」彼女はにやにやしながら言う。相変わらず、そこそこの美人だ。

「今更だろ。今何してんのか、ちょっと気になってさ」

「潮崎君と仲良かったっけ?」

「別に。でも、なんか覚えてるんだよな」

「ふーん」

「潮崎君はね、ああ見えて気の毒な人なのよ」

「そうは見えなかったけど」

「表面上はね。うまくやってた。でも、彼には自分の中身というのがまるで無かった。人に合わせて、繕って、嫌われないように生きてた。繊細だったのよ。多分」

「いじめられてたのか?東京で」

「戻りたくないとは言っていたわね」

「ふーん」

潮崎を傍目から見ていて、そんなふうには思わなかった。取り繕って、作られた自分。彼はその完璧な城に、全員を招待していた。その城はほぼ完璧に近い模造品で、一目では贋作だと見抜けない。
おそらく相当の苦労をして作り上げたものだったのだろうと僕は思った。そして苦労をした分だけ、壊すのも惜しくなってしまう。

潮崎はあの時、僕に見抜かれたと思ったのかもしれない。だからまた別の街へ?いや、自意識過剰すぎる。そんな小さな亀裂が入ったところで、城を作り替えることはしない。でも、僕が潮崎の城にささやかな亀裂を入れたというのは、なんだか少し誇らしいような気がした。

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