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ジャズとクラシックの共通点(6)

21世紀のジャズ:Blue Giantという漫画

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わたしはながらくBlue Giantという漫画を愛読していますが(連載中)、ジャズに憑りつかれた青年が世界一のジャズミュージシャンになるために一人で世界中を駆け巡る物語。テナーサックス片手に主人公ダイの行くところ、ほとんどの人が「今どきジャズなんて聴かない」という。東京でもハンブルクでもシアトルでも。

ジャズはもはや人口に膾炙した大衆音楽ではない。その意味でジャズとクラシックは同じ(西洋社会においても、もはや伝統的なクラシック音楽はマイナーな音楽です)。

でもジャズもクラシックもどちらも限りなく奥深い。

400年以上の伝統を持つ西洋音楽の中の選りすぐりのレパートリーだけでできているクラシック音楽。厳しい時代の淘汰に耐えて生き残った音楽だけがクラシックと呼ばれています。クラシックになれなかった音楽が音楽史上には死屍累々と打ち捨てられているのです。だから名作ばかりなのです。

もう一つのジャズもまた、400年の西洋音楽の歴史を、たった60年ほどであっという間に辿りきるのです。ジャズはクラシック音楽の歴史を追体験した音楽ともいえますね。

21世紀のクラシック音楽はコンサートホールでしか、聴けない見れない体験できない音楽体験を聴衆に提供しようとしています。わたしは最近のコンサートホールでダンス入りだったり映像付きだったり朗読入りだったりといろいろな趣向を凝らした演奏会を体験しています。

Youtubeや配信サイトですぐにどのような音楽でも聴けてしまう時代に求められているのは音楽体験。

すぐに聴ける気軽にダウンロードできる音楽と差異を付ける試みはこれからも続けられることでしょう。そして間違いなくジャズも。ロックフェスのようにジャズフェスもあるし、最近はさまざまな地においてクラシック音楽フェスティバルだってある。

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ラ・フォル・ジュルネ (c) http://fashion-press.net

新しい音楽の台頭の中、歴史の波に淘汰されようとしながらも古典芸能化して博物館入りすることを拒み、生きている音楽であり続けようとしていること。それがわたしにとってのクラシックとジャズの共通点。文化の本質とは継承です。次世代に伝えてゆくこと。クラシックやジャズはそういう次の時代に受け継がれてゆく文化であることを自覚しています。

クラシック音楽を心から愛するわたしは、生涯かけてもすべて聴くことも演奏することもできない、何百年もの過去の偉大な遺産が目の前にあるために、ジャズをあえて演奏しようとは思わないけれども、ここまで見てきたようにジャズとクラシックはつながりあう音楽なので、ベートーヴェンやブラームスを日々弾き続けて聴き続けても、きっとどこかでジャズと出会います。わたしもまた、ラヴェルやガーシュウィンやストラヴィンスキーのように。

参考文献:

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