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スポーツのプロが考えるラグビーワールドカップのレガシーとは

ラグビーワールドカップ2019日本大会が、南アフリカの優勝で終わった。多くのファンが、日本各地で、世界からのファンとともに、世界最高峰のラグビーを堪能した。

ワールドラグビーは、最高の賛辞を日本に贈った。「2019年日本大会は、おそらく過去最高のラグビーW杯として記憶されるだろう」「史上最高のW杯だったか? データの面からは間違いなくそう言える」「SNSのビューは17億回を超え、テレビの視聴者数も世界最高を記録した。スタジアムの稼働率は99パーセントで、ファンゾーンには120万人が集まった」「デジタル面ではおそらく2019年最大のスポーツ大会で、アジアで180万人、日本で77万人が新たに参加してくれた」


大会後、ブームで終わるのか、トップリーグはどうする、ラグビーをしたい子供たちの受け皿は、釜石スタジアムの活用は、キャンプ地の交流は、選手の待遇は、ラグビーは盛り上がったがオリンピックは大丈夫なのか、などの議論が巻き起こる。

ラグビーワールドカップがもたらしたもの=レガシーを、スポーツビジネスのプロとしてどう考え、それを次のステップにどう活かし、プラニングしていくか。私は15以上の自治体やクライアントのレガシー(大型大会後のプラニング)の仕事をした。今は、スポーツのスタートアップとして、イノベーションでスポーツの各ステークホルダーの価値を高め、収益を増やすことを行なっている。

大会の価値を持続的にして、地域や国全体、ラグビーそのもの、ファン、企業、メディア、ボランティアや海外との繋がりで、大会後のレガシーとそのプラニングという考え方が重要になる。レガシーそのものについてと、持続性のあるレガシープラン・アイディアを記す。

ラグビーワールドカップのレガシーには、いくつかの視点がある。もたらされたものを明確にしてみたい。

① ソフト・文化のレガシー
② ラグビー普及・強化のレガシー
③ 国内各地のレガシー
④ 事業・マーケティング・SNS・メディアのレガシー
⑤ 他のスポーツへのレガシー
⑥ ハード・施設のレガシー

そして、私が考えるレガシープラニングの基本は、
① 繋がり・関連性があること
② 持続性があること
③ 経済的効果・文化的効果があること
④ 実現可能であること
⑤ (できるだけ)オリジナルであること

この大会でもたらされたレガシー:
①ソフト・文化のレガシー
”多文化共生”。ラグビー代表は、一定期間の居住や条件をクリアすれば、生まれた国以外での代表となれる。日本代表も、海外出身が15人、うち7人が他国籍である。しかし、「OneTeam」のもと、多文化が共生し、躍動する姿は、多くの人々に、多様な価値観や文化が共存してチームが動いていく、大きな指針になったのではないか。優勝した南アフリカの、初めての黒人キャプテン、シヤ・コリシ選手も、違ったバックグラウンドの選手たちが、一丸となって闘う価値を、優勝インタビューで答えていた。

”リスペクト”。ラグビー観戦は、敵味方のファンが混在して座席にいる。激しい試合の後、お互いに敬意を示し、選手たちは、お互いに列をつくり、お互いを称え送り出す。その姿は、他者をリスペクトすることを人の心に植え付ける、大きなきっかけとなった。

”スポーツを、休暇を、長期間楽しむ文化”。海外からのファンは、3週間から6週間と、長期で、日本各地に行き、ラグビー観戦と日本の観光を楽しむ。風景、食事、人々との交流。昨日、ゴールデン街のお店で話をした、アイルランドからの3人組は、試合観戦と東京、京都、広島を旅して、その文化や歴史に感銘し、「人生で最も素晴らしい経験と休暇」だった、と最高の賛辞を贈っていた。6週間の滞在中、台風などに見舞われたにも関わらずである。この、長期でスポーツや休暇を楽しむ文化を目の当たりにして、日本人も、長期休暇を取ることや、海外の大型スポーツイベントと観光を組み合わせて、人生を謳歌したい人たちが増えたのではないか。4年後のラグビーワールドカップはフランス。5年後のオリパラもパリ。3年後のFIFAワールドカップはカタール。アメリカでは、NBA、MLB、NFL、NHLが、ヨーロッパではサッカーリーグが、毎年行われている。長期休暇を、スポーツを通じて取る習慣が、日本でも根づくといいと感じる。日本国内のスポーツを、長期間旅をしながら楽しんでもいい。


”日本文化、観光資源の世界発信”。今回のラグビーワールドカップで日本を訪れた外国からの観光客は、SNSを通じて、その様子を世界に発信する。日本各地でのホスピタリティと観光、そして試合観戦のスムーズなオペレーションは、好意を獲得し、リピーターとなるだけでなく、自国への友人へのアンバサダーとなる。2002年のFIFAワールドカップ日韓大会でも多くのスポーツを通じての観光客はきたが、SNSは当時なかった。今回の日本文化の世界への発信は、インバウンド促進のレガシーにもなった。お辞儀も、日本文化の一つとして、やや誇張されている部分もあるが、敬意を見せる行為として、各代表選手が、試合後する姿は、日本文化への敬意でもあり、素晴らしいシーンであり、世界中に発信された。オールブラックスなども自分のメディアで、日本文化を発信している。

② ラグビー普及・強化のレガシー

ワールドラグビーのラグビーワールドカップ2019の最大の目的は、「ラグビーの日本・アジアでの普及」である。その開催にあたり、ワールドラグビーが懸念していたのが、日本代表が強いのか、ラグビーの競技人口が多いのか・増えるのか、ラグビーファンがどれだけいるのか・増えるのか。強化、普及がミッションであった。結果としては、99%満員の会場、チケット完売状態、日本代表ベスト8進出、テレビの高視聴率と、ワールドラグビーは、想像以上に満足していると思われる。

”受け皿”。地域のラグビー協会に、ラグビーをやりたいという問い合わせが急増している。しかし、中学校の部活動で、ラグビー部がある学校は少ない。ラグビースクールが、地方の各地にあるわけでもなく、受け皿、環境、指導者、チームの問題がある。しかし、ラグビーをやりたい子供たちが増えたことを、各地域の協会は、受け皿を増やそうとしている。また、どういうスクールがあるかの情報発信を協会もしつつ、学校の部活動を増やすこと、環境を整備することの必要性を、ラグビーワールドカップはレガシーとして残した。

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”トップリーグの活性化・プロ化、トップリーグへの架け橋”。トップリーグプロ化のキーマン、清宮副会長は、日経新聞のインタビューで「新リーグは国内12都市を本拠地とするプロチームを立ち上げ、傘下に実業団リーグを置く。新リーグの参加にはホームスタジアムの設定、チーム運営会社の設立などを義務付ける。」。また、競技人口に関しても危機感があり、「日本のラグビー競技人口はこの15年で約3万人減り、約9万人となった。サッカーのわずか10分の1だ。」と答えている。

トップリーグのプロ化の流れは必然である。もちろん、現在のスキームや責任企業のスタンスはまちまちである。サッカーも、Jリーグ立ち上げの時は、実業団チームで、ごく少数のプロ契約選手がいる状態から、川淵キャプテンのリーダーシップなどもあり、一気にプロ化に進み、そのリーグが基盤となり、日本代表も連続でワールドカップ に出場できるレベルになっている。課題は山積である。最も顕著なのは、主催試合の興行権が、ホームクラブ(そもそも会場にホーム・アウェーの概念がない)にないので、チケット販売の当事者意識が欠落してしまう。実業団チームの母体での福利厚生・多くの企業社員で構成されている。一方で、ティア1のラグビー選手たちのほとんどはプロリーグに所属している。

プロ化は容易ではない。しかし、目標を決めないと前に進まない。アメリカのプロスポーツも試行錯誤の歴史。最近プロ化したアメリカのプロラグビーも、設立してはたたみ、また新しい組織が設立している。サッカーも、スクラップ&ビルドを繰り返し、今のMLSに至っている。

トップリーグには、今回のワールドカップに出場した多くの外国代表も参加する。日本代表選手も、各チームに分かれて闘う。トンプソンルーク選手は、言わば、2部リーグの近鉄で観戦できる。

4年前のラグビーワールドカップ後のトップリーグ開幕戦は、”完売”だったにも関わらず、各チームの責任企業にチケットを大量に渡して、着券率が悪く、ガラガラのスタジアムになり、選手たちを落胆させた。今回は、開幕戦はもちろんだが、一年後、2年後、3年後のトップリーグの観客数が増加できるかが指標となるだろう。


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(NHKより)

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”ラグビー日本代表強化とブランディング”。初のベスト8。このランキングの維持、成長へ。今年、200日以上の合宿と、いわば、エディジャパンからジェイミージャパンの8年間の強化のピークを、このワールドカップに適切に持ってこれた。今後、新チームで、次の物語・目標の設定と実行。すでに来年のスケジュールでスコットランドとの試合もBBCが報道するなど、ラグビー日本代表は、世界が注目するブランドになりつつある。日本ラグビーフットボール協会も「世界一、楽しもう」と、ワールドカップでのファンへの感謝と、今後、トップリーグ、スーパーリーグに繋がるストーリーを、11月3日付けの新聞全面広告を展開した。

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(11月3日読売新聞広告から)

③国内各地のレガシー

”キャンプ地でのレガシー”。日本各地で、各国代表が、キャンプを行い、交流を行った。北九州市では、ウェールズがキャンプを行い、大会前公開練習では、ミクニワールドスタジアム北九州には、1万5000人が集まり、グラウンドに出てくる選手をウェールズ国歌「Land of My Fathers」(ランド・オブ・マイ・ファーザーズ)で歓迎するサプライズが。大会後、ウェールズラグビー協会が、感謝の新聞全面広告を出すなど、深い交流がなされた。全国のそれぞれキャンプ地で、様々なホスピタリティと交流が、各地にレガシーをもたらした。


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”大会12会場とそのエリアでのレガシー”。釜石会場では、「フィジー対ウルグアイ」「カナダ対ナミビア」が行われる予定であった。台風の影響で、「カナダ対ナミビア」は中止。しかし、カナダ代表は、釜石でボランティア活動。ナミビア代表は宮古市で、交流会。傷ついた市民と、試合できない失望の選手たちが、ボランティアや交流会で、深い心の交流を残した。この姿は、世界から絶賛された。

④ 事業・マーケティング・メディア・SNSのレガシー

”ローカルとグローバル”。当初、下記の記事にあるように、ワールドラグビーは、ローカルスポンサーの獲得を認めていなかった。組織委員会の収入が、チケット意外ない、状態であった。しかし、ローカルスポンサーの存在は、収益源での運営のサポートだけではなく、国内でのラグビーワールドカップの盛り上げに不可欠である。スポンサー側も、ラグビーワールドカップのプロパティを活用して、ブランディングや販促、インナー対策、流通招待、社会貢献などを行う素地もあった。三菱地所、キヤノン、SECOMなど、オフィシャルスポンサー、トーナメントサプライヤーが集結し、アクティベーションを行い、ワールドカップの推進にも貢献した。

ローカルスポンサーのカテゴリーを生み出したのは、組織委員会のヒットであり、ワールドラグビーとの交渉・信頼関係の現れである。ローカルオフィシャルスポンサーは、各試合のLED広告に表示され、前回のイングランド大会の数値だと、累積40億人の視聴者にリーチしてるので、今大会はそれ以上の露出も獲得している。


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”売れた”。ハイネケン、売れた。ビール全体も売れた。”にわかでもいいですよ”というキャンペーンを早くからやっていた。カンタベリーの日本代表のユニフォームは入手困難になった。アシックスは、南アフリカ代表とオーストラリア代表のユニフォームを提供・販売。


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”SNSの躍動・主催から・アスリート”から。ラグビーワールドカップ公式のSNSもテンポよく、かつ、時にはユニークなツイート。躍動していた。スポーツのSNS活用は久しいが、大型イベントでの、テンポの良い発信は、スポーツ情報発信のレガシーとなった。また、選手たち、アスリート、解説者・OBたちのSNS発信も続く。「(ワールドラグビーは)SNSのビューは17億回を超え」(AFP通信)。

”テレビ視聴率と、ラグビーの本質を見た2000万人近い、ラグビーファン予備軍””腹を括った、日本テレビ、NHK、Jスポーツ、ダゾーンの勝利”。私が、このワールドカップで一つのkpiにしていたのは、「外国代表同士の試合の10%以上の視聴率獲得が可能か」ということだった。1000万世帯が、日本代表ムーブメントとは別に、ラグビーそのものの最高峰の真剣勝負、タックル、スクラム、躍動をライブで見ることが、最大のトップリーグや普及への、本質的価値になると考えた。結果は、予想を超えた視聴率であった。ウェールズ対南アフリカの準決勝は、19.5%。類推で、2000万世帯が、日本代表ではない、ラグビーの試合を見続けた。何よりも、日本でのラグビー普及、トップリーグを見に来る潜在層の出現である。

ニュージーランド対南アフリカ 12.3%

イングランド対アルゼンチン 12.7%

アイルランド対ニュージーランド16.5%(同時間帯の日本シリーズの2倍)

ウェールズ対南アフリカ19.5%


⑤ 他のスポーツへのレガシー

”スピードアップ、途切れないスポーツ”。ラグビーワールドカップは、選手たちが、80分の間、止まる時間が少ない。流れが、あまりと切れない。倒れてもすぐ起き上がる(負傷やTMO除く)。審判へのクレームも比較的少ない。むしろ、ユニークなのは審判とコミュニケーションをとり、反則のポイントや理由などを確認しあい、試合をスムーズに皆で進めているようだ。

”敗者のセーフティーネット”。試合に負けると悔しい。なんのスポーツでもそうだ。それで、スポーツが嫌いになったり、選手にヤジを飛ばしたり、贔屓のチームが負けて暗い時間が続いたり。なんのスポーツでもある。しかし、ラグビーは全力を出し切った後は、お互い称え合い、ノーサイドの精神。それは、まるで、”敗者のメンタルセーフティーネット”のようである。全力を出し切れば、負けても、そのスポーツや選手たちを嫌いにならない。落ち込み過ぎない。

”オリンピックへの橋渡し”。今回のラグビーワールドカップは、オペレーション、運営面でも、ワールドラグビーや海外からのファンに、大いに評価された。台風に直面し、3試合が中止。釜石など、試合会場でも被災した。そのような状況下でも、正確なオペレーションにつとめた実績は、オリンピック・パラリンピックへの自信と指針となる。他の大型イベントへのノウハウになる。今年は、試合会場の熊本で、女子ハンドボール世界選手権も行われる。

⑥ ハード・施設のレガシー

今回のラグビーワールドカップ会場で、新設されたのは、釜石スタジアム。熊谷スタジアム、花園スタジアムなどは大幅に改修工事した。釜石と熊谷、花園などは、特にレガシープランが必要である。先に記したように、私が考えるレガシープラニングの基本は、
① 繋がり・関連性があること
② 持続性があること
③ 経済的効果・文化的効果があること
④ 実現可能であること
⑤ (できるだけ)オリジナルであること

釜石では、開催できなかった「カナダ対ナミビア」。また、人々に感動を与え、ウルグアイの国歌を歌い賞賛されたマスコットキッズ。カナダの選手たちは釜石でボランティア、ナミビアの選手たちは、宮古で交流会をした。大きなレガシーである。例えば、試合、イベント、交流事業、育成事業、教育事業へのレガシープラン。

カナダ対ナミビアの釜石スタジアムでの再戦(リポDチャレンジとか)

カナダ対日本、ナミビア対日本も開催

宮城県の少年少女のカナダ・ナミビアとの交換留学

カナダデー、ナミビアデーの設立、イベントの実施

中止となったイングランド対フランスを神戸で、ニュージーランド対イタリアを豊田で行うことも地元のファンと、両国へのリスペクトを見せられる。

様々なレガシープランとアイディアがある。それを続いて、書いてみたい。





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