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財政危機から回復したドルトムントの経営戦略にヒントが?コロナ禍からJクラブが回復するために必要なこととは。

『サッカー界は、想像を絶する経済的な問題に直面している。クラブやリーグに経営破綻の危険があり、仮に消滅すれば、復活できる見込みもない。』

FA(イングランドサッカー協会)理事会でグレッグ・クラーク会長がこう語ったように、今、コロナによって多くのクラブや球団の財政が圧迫されている。世界中様々なクラブで給与カットや従業員解雇、しまいには破産申請までもが報告されている。

こうした現状に対し、スポーツクラブは今後どう対応していくべきか。今回は、そのための道標となる可能性をひめたクラブ、『ドルトムント』について探っていく。

ドルトムントが経験した財政危機

ドルトムントといえば今ではブンデスリーガで毎年優勝争いを繰り広げるドイツの強豪クラブ。過去には今季リバプールをプレミアリーグ制覇へ導いた名将、クロップ監督をチームに招いて、香川真司選手とともにブンデスリーガ二連覇を達成するなど、非常に華々しい経歴を持つ。

サポーターからの支持も非常に熱く、なんと2013-14から2017-18までの過去5シーズンにおけるサッカークラブごとの1試合あたりの平均観客動員数で、世界1位に輝いた。

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マンチェスターユナイテッドやバルセロナ、レアルマドリードといった名門クラブよりも5000人以上多く、Jリーグで最も観客動員数の多い浦和レッズと比べても2倍以上の観客が毎試合スタジアムに足を運んでいる。

さらに、2018年には同クラブ史上最多の売上高5億3604ユーロ(約690億円)を記録した。J1で最も売上高が多いヴィッセル神戸ですら売上高114億円ということを考えると、とてつもない金額ということがわかるだろう。

しかしそんなドルトムントだが、実は2004-05シーズンには債務超過によってクラブ消滅寸前にまで追い込まれていたのだ。当時のドルトムントは、チャンピオンズ・リーグ(以降、CL)出場ありきのクラブ戦略をとっていた。CLに出場することによって得られる放映権収入を見越し、多額の移籍金や高額な選手年棒を支払うことでチームを強化する。つまるところ、”将来入ってくる収入を前提に、事前にそのお金を使って強化する一か八かの戦略”である。(図を参考に)

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そんな不安定な経営でも、これまではUEFA杯で準優勝を果たすなど何とか結果を残しつつ食い繋いではきたが、CLの出場権を逃し始めたことで、すべての歯車が狂ってしまった。

ドルトムントは最終的に、約178億円とも言われる巨大な負債を抱えてしまい、会長や最高責任者を解雇、赤字補填のためスタジアム命名権の売却、しまいには主力選手を売却する事態にまで追い込まれていった。

経営危機から奇跡の復活

そんなクラブ消滅の危機を迎えたドルトムントだったが、そこから奇跡の回復を遂げているのだ。以下が2005年-2019年のドルトムントの売上遷移。

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(図1)

2005年には7800万ユーロ(約97億円)だった売上が、18年には前述した通り史上最多の5億3604万ユーロ(約690億円)を達成。驚くことに、約7倍の成長を遂げたのである。

それに伴ってドルトムントを運営する「Borussia Dortmund GmbH & Co.KGaA」の株価も大きく上昇していることがわかる。(直近の下落はコロナによる中断があったため)また、あれほど多く抱えた負債も、2014年には完済している。

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(Googleより抜粋)

それではなぜここまでドルトムントの経営戦略は成功したのだろうか?それは大きく分けて3つの要因からなる。

1、経営改革

多額の移籍金と選手年棒に苦しめられたドルトムントは、ヴァツケ新CEOの就任とともに、『若手への育成』へと経営方針をシフトさせた。

ビジネスモデルはシンプルで、

確かなスカウティングの腕により世界各国から有能な若手を早い段階で確保し、世界最高峰の選手に成長させてからビッグクラブへ売りに出す

といったもの。オーバメヤンやデンベレ、プリシッチ、ギュンドアン、フンメルス、マリオゲッツェ、香川真司といった選手をビッグクラブへ売却し高額な利益を手にしている。(これらの選手だけでも300億円以上の移籍金)

クラブ史上最も高値で放出したのが1億3000万ユーロ(約155億円)でバルセロナへ放出したデンベレであるのに対し、獲得した選手の最高額は昨夏バイエルン・ミュンヘンから復帰したフンメルスの3180万ユーロ(約38億円)であることからも、この経営戦略の徹底ぶりが垣間見える。

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(デンベレ選手。Getty Imageより)

主に20歳前後の選手をメインに獲得しており、あのレヴァンドフスキですら当時は約5億8000万円という値段で買い取っている。

2、リーグ制覇

チームの普及にとって、結果が重要であることは間違いない。ドルトムントにとっての転機は2008年夏、クロップ監督の就任から始まった。

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(クロップ監督。Getty Imageより)

クロップ監督が就任する以前のドルトムントは2001-02シーズンの優勝以来、CL出場圏内にすら入らない6位〜13位を彷徨っていた。

クロップは前述した若手の育成をテーマに、就任から2年がかりでチームの土台を作り、香川真司が加入した10-11シーズンにとうとうブンデスリーガを制覇。翌シーズンも圧倒的な強さでバイエルンを抑えて2連覇を達成した。さらに、同年のDFBポカール決勝でもバイエルンを破りクラブ創設史上初の国内2冠を記録。翌年12-13シーズンには、CLでレアル・マドリードを倒して決勝進出を決めている。

こうしたクロップ監督を中心にした大躍進によって、2011年を転機に一気に売上高が拡大していることがわかると思う。(図1を参照)

3、ブランディング戦略

最後はブランディング戦略について。これこそが最もドルトムントを底上げしたといっても過言ではない。

スポーツクラブにとってブランドは非常に重要である。そこには価値観や行動規範といったメッセージが隠されている。

例えば、巨人と聞くと、『黒&オレンジ』『圧倒的な強さ』『伝統』といったイメージを真っ先に思い浮かべるかもしれない。そして実際にこれは、巨人側が大事にしている世界観と一致している。

なぜ一致するのか?それは、チームコンセプトからユニフォーム、ロゴ、選手のプレーや成績、スタジアム、演出等全てがこれらの世界観やカラーリングを元に統一されているからだ。この、ファンと球団によるブランド価値の共有・共創が熱狂を生み出す秘訣である。

統一されたカラーリング、統一された価値観や理念。これらがファンにとってクラブを応援する理由になり、団結感と強固な絆、そして熱狂を生み出していく。

話を戻すが、

『ドルトムントのロゴってどんなの?何色?形は?』

と聞かれると、以下のようなイメージを思い浮かべるかもしれない。

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今でこそ黄色と黒でカラーリングされたエンブレムやロゴが人々に浸透しているが、実は財政危機にあった当時は全く統一されておらず、クラブとして”らしさ”を想起するのは非常に難しかった

こうした状況を鑑みて、ヴァツケ新CEOは『ドルトムントらしさ』を明確にするべく、ブランドアイデンティティーの統一に着手したのである。

その結果生まれたのが、現在もブランド戦略の中心になっている、「Intensity(熱狂的)」「Authenticity(本物感)」「Ambition(野心)」「Cohesion(結束力)」という4つの価値観だ。

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ドルトムントはロゴだけではなく、どの角度から見ても統一された同じブランドイメージを共有するため、パンフレットやグッズ、デジタルマーケティング、スポンサー企業等、全てのクラブ経営でこれらの理念を貫いてきた。

デジタルマーケティングでは、「Authenticity(本物感)」を国内外に伝える手段として様々なSNSを活用。1000万人以上のフォロワーを抱えるインスタグラムでは、その歴史と伝統に満ち溢れた本物感を積極的に発信している。

また、「Cohesion(結束)」の面でも地域密着を実現。14万人以上からなる地域の会員で構成されたクラブ組織が議決権の51%以上を持つことでクラブの経営を行っている。さらに、毎試合8万人以上ものサポーターが足を運び、統一されたカラーで応援することで結束力を高めている。

Ambition(野心)」でも、日本国内にサッカースクールをオープンさせるなど、”育成に強いドルトムント”というブランドを維持。続々と新時代の若手を育て上げることでチームの戦力向上に貢献している。

これら三つの価値観が重なり合うことで、「Intensity(熱狂的)」が生まれる。一見地道だが、徹底的なブランド戦略によって多くの熱狂的なファンやスポンサーを生み出し、クラブ価値の拡大に成功したのである。

今後Jリーグでも財政危機をむかえるクラブは現れるだろう。それでもドルトムントのような成長ストーリーが少しでも実現できれば、復活の兆しは見えてくるかもしれない。

By SportsLab (←是非チェックを!)