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「勝利の喜びなんて小さなもの」アジア初のラグビープロキックコーチ君島良夫さんインタビュー。

日本中を熱狂の渦に巻き込んだ、ラグビーW杯。

前任のエディー・ジョーンズHCの後を受け、日本を初の決勝トーナメント進出に導いたジェイミー・ジョセフHCは、エディーHCが築いた「ハードワーク」という土台に、「キック」を積極的に取り入れる戦術を上乗せしていくことで、日本代表をさらに上のステージへと導きました。

そんな中、今回インタビューさせて頂いたのは、アジアで初めて「キック」を専門にするコーチ、「エリアマネジメントコンサルタント」として活動する、ラグビープロキックコーチ君島良夫さんです。(スポーツ医学検定のアンバサダーとしてお力添えを頂くことにもなりました!)

「キックコーチ」という肩書きや、オーストラリアでコーチライセンスを取得しているなど、特異な経歴をお持ちの君島さん。

そんな君島さんが、コーチとして選手が怪我をしないために意識していることや、「スポーツの価値」といった大きな文脈の話まで伺うことができました。

ラグビーの「ノーサイド」の精神が注目されていますが、まさにそんなラグビーの世界で育った君島さんだからこそ、説得力を持って染み込んでくる言葉の数々。

ラグビー関係者や、スポーツ指導者、今回のW杯を経てラグビーに関心を持った方、必見です。

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君島 良夫(Kimishima Yoshio)
清真学園高校(全国大会ベスト16)同志社大学(大学選手権ベスト4)を経て、NTTコミュニーションズ シャイニングアークスやオーストラリア、アメリカでもプレー。ユース時代からサッカーで培ったキックスキルを売りに、日本を代表するキッカーとして活躍。引退後オーストラリアラグビー協会公認コーチングライセンス(レベル I & II )を取得。日本のラグビーにおけるキックスキルの課題を見出し、アジア初のラグビープロキックコーチとして活動中。Japan Elite Kicking主宰。
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Japan Elite Kicking: HP / Twitter / Instagram
君島さん:Facebook / Twitter / Instagram

サッカーが「ボールを蹴る」ことの始まりだった

――よろしくお願いします!まず、これまでのスポーツとの関わりを教えてください。

幼い頃から、ボールを使う遊びが好きでした。野球やサッカー、バレーボール…当時は楕円形じゃなくて丸いボールばっかりだったんですけど(笑)。

父親が作ったバスケットボールクラブによく参加してボールと触れ合っていましたね。そのチームのお兄さんお姉さんと一緒にボール投げたりして…

小学校に入ると野球とサッカーにハマりました。なぜかバスケットには行かず(笑)。

その後サッカー一本に絞って、「ボールを蹴る」ことにシフトしていきました。ちょうどJリーグが誕生したのも大きかったですね。まさか「ボールを蹴る」ことをこんな形で自分の仕事にしているなんて、今でも不思議に思っています。

ラグビーを始めたのは中学の終わり頃。学校にラグビーの有名な監督がいて、「ちょっと蹴ってみろ」と言われて蹴ってみて。サッカーはそれなりにやっていたので、ラグビー部の選手よりは蹴れたんですよね。

それで「ラグビーいけるな」みたいに思ってしまって始めたんです。もちろん、ラグビーはキックだけで見たら華やかですけど、泥臭いし痛いし、そのあと大変な思いはしましたけど…(笑)。

大学時代の大怪我が「フィジカル」と向き合うきっかけに

――ありがとうございます。現役時代に怪我をされた経験はありましたか?

トータルで見ると、比較的自分は怪我は少ない選手でした。ただ、大学生の時は苦しみましたね。

ラグビーはボールを手で扱う「球技」の部分と、体をコンタクトさせる「フィジカル」の部分があります。

自分は「球技」の部分は得意だったんですけど、「フィジカル」の部分は苦手でした。大学に入った時は体が細かったんです。あんまりウエイトトレーニングも得意じゃなかったし、「テクニックでなんとかしてやる」みたいな変なこだわりもあって(笑)。なので「フィジカル」や身のこなしの部分は弱かったです。

そして、大学に入って最初の頃に左足首を粉砕骨折してしまいました。それが最初で最後の大きな怪我でした。その怪我で考え方が大きく変わりました。

――そうだったんですね…どのような考え方の変化だったのか、是非お聞きしたいです。

大学生の頃だったのでそんなに深くは考えていなかったんですけども、「今の体じゃだめだな」とすごく感じました。

まずは体重を増やすこと、そして脳が考えた通りに体を動かせないといけないなぁと思いました。よけようと思ってもよけられなかったら意味がないので。

トップリーグに入った後も、190センチ100キロの外国人選手に狙われるわけです。僕がプレーしていたスタンドオフというポジションは、なおさら狙われるポジションでした。スタンドオフとしてどのように身をこなして怪我をせずプレーするのかは常に課題でした。

パスやキックといった「スキル」だけでなく、「ケア」や身のこなしの部分、倒れ方ひとつ取っても、頭から落ちないように倒れる…とかを考えるようになりました。

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トップリーグやオーストラリアでも活躍された君島さん

怪我予防のために「小さな動作から大きく速い動作」を意識

――今はアジア初のプロキックコーチとして活動されていますが、コーチとして選手の怪我を予防するためにどんなことを意識されていますか?

キックは瞬発系の動きなので、いきなり100%で始めたら当然怪我をします。いくら選手が若くてもです。

意識しているのは、「小さい動作から大きい動作、速い動作」に少しずつしていくことです。何年も長い間コーチングしているチームでも必ず、常に意識しています。

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――なるほど。「小さい動作から大きい動作、速い動作」というのは具体的にどういうメニューになるのでしょうか?

まずは蹴る距離を5mくらいから始めて、そこからトップリーグの選手だと最終的に50m~60mくらいまで徐々に伸ばしていきます。

スピードだと、止まって蹴るところからトップスピードで蹴るところまで。それを「止まって蹴る」「歩いて蹴る」「ジョギングで蹴る」「走って蹴る」「トップスピードで蹴る」という段階を踏むことです。いきなり70~80%で走らせないように注意しています。

トップ選手だと自分でしっかりウォーミングアップをしてくるので、そこまで気を遣わないですけど、学生だといきなり「授業終わりましたぁ~」みたいな感じで着替えながら来るので(笑)。

そういう時は、みんなが練習を始めているときでも1人だけ別メニューで「5mからやりましょう」と言うことはありますね。

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「この場面はこうやれ」では時代が進化しない

――少し話題を変えて…君島さんは選手としてもコーチとしてもオーストラリアに行かれていて、コーチングライセンスも取得されています。日本とオーストラリアの指導の違いを感じることはありましたか?

オーストラリアのコーチは「教えない」です。そこがすごく印象的でした。

選手が質問したら、ようやく「僕はこう思うよ」と答える程度。まさに「ティーチング」ではなく「コーチング」。

監督が「こういう時はこうやるんだよ」と言いたくなる気持ちはすごくわかります。勝ちたいから。でも、それだと選手の思考が失われちゃう。

それに、選手がその言葉を守り続けていたら、時代が進化しないというか…。

「この場面では外に蹴り出す」、セオリーではそうだけど、ひょっとしたらキックパスができる選手が現れるかもしれない。

指導者がプレーの選択肢を押し付けることで、そういう可能性が失われてしまうのではないかと感じましたね。

勝った瞬間の喜びなんて、小さなこと。

――ありがとうございます。ここからは少し大きな視点のお話になるのですが…「スポーツって社会的にこんな価値があるよね」というところを、君島さん自身がラグビーを通し得た経験を基に、お聞きしたいです。

んー、そうですね…。最近日本でも注目されているように、試合中は激しいぶつかり合いがあるけど、試合が終わったら握手してお互い親交を深める…というところはラグビーの良いところだと思います。

僕自身が感じるのは、仲間を裏切らないとか…人との繋がりですよね。

その辺でたまたま会った人が「ラグビーやってたんです」と言ってくれると、急に友達になったような感覚になるじゃないですか。一言しか会話してないのに(笑)。

ラグビーの中では「ブラザーフッド」なんて言ったりするんですけど、ラグビーを一緒にプレーした人とは兄弟のように関わっていこう…というところは、自分のすごく好きなところですね。

何より、こうやってメディアにW杯がピックアップされて、「ラグビーってこんなに面白いスポーツなんだよ」って紹介してもらって…この前まで日本国民の10%くらいしかラグビーのことをよく知らなかったと思うけど、今はたぶん90%くらい知ってるんじゃないかな(笑)。

今まさにスポーツの力を実感しています。もう信じられない。夢みたいですね…。

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――ずっとラグビーに携わってきたからこそ、喜びもひとしおですよね…!今、人とボールひとつで繋がれるとか、ラグビーをやっていたことで繋がれるというお話だったのですが、君島さん自身が「スポーツやっていてよかったなぁ」と思えた瞬間、エピソードをお聞きしたいです。

短期的には、厳しい練習を乗り越えて、それが報われて大事な試合に勝った瞬間とか、試合後のロッカールームとか、死ぬほど楽しいですよね(笑)。もういつまでもそこにいたい。みんなで歌うたってね。「あぁ~これだよな」って感じで。

長い目で見ると、今まさにそうですけど、昔一緒にラグビーで夢を追った仲間がみんなワールドカップを観に来ていて、「久しぶり!飲み行こう!」となるのもすごく楽しいし…意外とオングラウンドよりもオフグラウンドのほうが、楽しさを味わっている、感動していることが多いかもしれないですね。

もちろん勝った瞬間の喜びとか、練習していたプレーが試合で決まった時の喜びも大きいかもしれないけれど、それは結構小さなことで、それよりも人間と人間の繋がりのほうが僕は大きいと思いますし、好きですね。

結局最後はお酒の話になっちゃうかもしれないですけど(笑)。

――(笑)。でも本当に素敵です…ありがとうございます。では最後の質問になります。君島さんがスポーツ医学検定に期待していることを教えてください。

親御さんに、スポーツ医学のことをもっと知ってほしいなぁと思っています。

選手と毎日一緒にいて、一番影響を与えるのってやっぱりお父さんお母さんだと思います。サッカーのスーパースターのネイマールも、誰に一番影響を受けたかと聞かれたときに、指導者ではなく「お父さん」と答えているんです。

親が、「こどもがスポーツ始めたら絶対スポーツ医学検定取らなきゃ」みたいな流れにできたらいいなぁと思っています。

◆編集後記◆
終始、熱のこもった言葉を頂くことができました。それは君島さんの人柄から生まれてくるもの。とても暖かい気持ちになり、エネルギーを分けてもらえたような気分でした。
何よりも印象に残ったのは「勝利の喜びは小さなこと」という言葉。「勝つ」ことが自明のゴールとして設定され、明確に勝敗が分かれることがスポーツの大きな特徴ですが、長い目で見た時は、それ以上に大切なことがある。「ノーサイド」の精神が浸透しているラグビーの第一線で活躍されている君島さんだからこそ、言葉が重みを帯びて、自分の中に入ってきました。
(インタビュー・編集:中村 怜生

サムネイル画像:Yuko Imanaka

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一般社団法人 スポーツ医学検定機構
「スポーツによるケガを減らし、笑顔を増やす」 を理念に掲げています。noteでは、各領域のトップランナーにインタビューを行い、これからのスポーツの在り方・スポーツ医学の在り方を考えます。
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