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AI野々村真さんが、介護施設で笑顔を届ける存在になるまで

タレントの野々村真さんをAI化し対話できるようにした「AI野々村真さん」

このAI野々村真さんを介護施設で高齢者に使っていただく実証実験を、2024年6月13日から複数の介護施設で開始した。

大変ありがたいことに、この実証実験について予想を遥かに上回る反響をいただいた。

Yahoo!ニュースのトップニュース欄に掲載されたり、「AI野々村真」がXのトレンド入りを果たしたり、ミヤネ屋さんでは全国生放送までしていただいた。

昨今、生成AIに関するニュースは賛否両論あるのが一般的である。そんな中で、この実証実験については多くの応援の言葉をいただけた。生成AIを人の役に立てることを願っている身としては、本当に嬉しい瞬間だった。

SpiralAIでは「人間らしさに技術の力で挑戦する」ことを掲げて、大規模言語モデルや音声合成技術などを構築している。

女優の真島なおみさんとの会話を再現したNaomiAIをはじめ、これまでに何名かの人物の再現に取り組ませていただいたことがある。

その経験はもちろんベースにあるが、AI野々村真さんの構築はまた違う課題にぶつかりながらの開発となった。

野々村真さんの人懐っこいキャラクターと声色をどのように再現していくか。高齢者の方が回答に困らない会話の進め方はどのようなものか。

様々な課題と戦いながら、なんとかAI野々村真さんを実証実験までこぎつけることができた。

今、AI野々村真さんは、介護施設で高齢者の方と会話をし、笑顔を届けている。AIが人間を笑顔にしているのだ。

AI野々村真さんが笑顔を届けられるようになるまで、乗り越えるべきたくさんの課題があった。

今の「冷たい」AI活用では、「体温を持った人格」の実現は難しい

僕の個人的な印象かもしれないが、最近の生成AI界隈は「冷たい」ユースケースが多い気がする。

業務効率化における活用の例は枚挙にいとまがない。もちろん、無駄な仕事から労働者を開放し、より付加価値のある仕事に集中できるようにするということは、正しい方向性だと思う。

メールを書く時間を減らし、議事録が自動で作られることで残業が減るのならば、誰だって喜ぶはずだ。

ただ、どうしてだろうか。僕は生成AIのそんな使われ方に、どことなく冷たい感じを受ける。

僕がChatGPTをはじめて使った時に感じたことは「ドラえもんのような友達がついにできた!」という喜びだった。「これで残業減るぞ!」では断じて無い。

僕はChatGPTに人間としての人格を感じたのだ。

ChatGPTの誕生の瞬間は、白黒のブラウン管に浮かぶ冷たいコードの羅列が、初めて体温を持った存在として僕の隣に立ってくれた瞬間だった。

「体温を持った話し相手」が、人の心を支えている

皮肉なことに、僕は少なくとも大学院生まではブラウン管の冷たいコードを愛するタイプだった。

だが、大人になってからは体温の大切さを知った。

何気ない相づちを打ってくれる友達の大切さにも気づくことができた。今では、長距離を一人で運転するときなんか、誰かに電話せずにはいられないくらいになってしまった。

おじいちゃんが生前「口喧嘩できる相手がいるのは幸せ」と言っていた。長らくなんのことかピンときていなかったけれども、今ではよく分かる。

そして、話し相手がいないときの寂しさも同じくらいよく分かる。

コロナで一週間隔離された時なんかは、気が狂いそうだった。話し相手以外ほとんど不自由は無かったのに、あれは辛い時間だった。

僕に限った話ではなくて、世の中を見渡してみると、話し相手を求めている人が結構いることに気づく。そして会話できる場というのは重宝されてきた。

古くは井戸端会議なんかそうだし、タバコを吸う人には喫煙所は貴重なコミュニケーションの場だと聞く。

そういう物理接触の場が持てない人たち向けには、例えば夜勤明けの人たちがお互いに労い合うコミュニティがあるし、コメント付き動画再生サイトなんかも複数人と視聴している感覚を得られる場所なんだろう。

高齢者向け会話型AIの提供へ

高齢者の方だって同じはずだ。自由が効かなくなって交友の範囲が狭まることを考えると、むしろ一層話し相手の存在が重要になる。

実は会社を立ち上げて、会話特化型AIを作りはじめた頃から、高齢者向けの提供ということは検討候補の1つに考えていた。

社会課題にトライするべきというスタートアップの鉄則はもちろんあるし、地元に残してしまった親のことが気になって心の底でズキズキと傷んでいるということもある。

ただ、高齢者介護の業界は僕が元々いた業界とは縁遠く、どうやって声をかければよいか分からなかったので後手に回ってしまっていた。

野々村真さんと出会えた奇跡

今回、スターダストさんはじめ多くの企業と共同でこのAIを開発する機会を持たせていただけたのは、本当にめぐり合わせとしか言いようがない。

野々村真さんにご協力いただけたのも奇跡だったと思う。

実際に、高齢者の方と野々村さんの間の会話を見ているとよく分かる。

高齢者の方との距離感を縮めるのがお得意な方で、お年寄りと同じ目線で笑ったり冗談を言い合っている。

シンプルに表現するなら、お年寄りの方が息子友達と話している感覚。

その立ち居振る舞いを勉強させていただき、開発に挑むことを決めた。

野々村真さんの「個性」を再現する挑戦

SpiralAIは、そんな野々村真さんの話し方や声の再現に取り組んだ。

過去の別プロジェクトで多くの経験があるので、作り方そのものに関して弊社側の苦労は少ない。

ただ、野々村さんご本人には相当大変な収録をお願いさせていただいた。インタビュー時間は合計で20時間にもなった。

野々村真さんの撮影風景

声色の再現だけならば数分の音声データでできてしまう技術もある中で、あえて長時間の収録をさせていただいたのは、SpiralAIがどこまでも「個性」の再現に取り組んで技術を積み上げているためだ。

例えば、「音声の再現」についていえば、ご本人のクセを積極的に取り込むようにしている。

もし方言が魅力的な方であれば方言を取り込むし、独特の間が特徴ならばそれも取り込む。

そうなると、様々なクセを網羅的に収録する必要があるので、どうしても長時間のデータが必要になる。

全ては野々村真さんの親しみやすさを抽出するためだった。

「会話の楽しさ」を阻む、現状の生成AIの課題

会話体験そのものにもこだわった。

いわゆるChatGPTだと、会話が終わった後に「他に何か質問はありますか?」と返答してしまう。

この性質は、指示文章の調整で一定上書きすることもできるが、本質的にはChatGPTに埋め込まれて内在する性質だ。

この返答、実際に会話をしてみると非常に苦しくなる。なにせ1対話ごとに、ユーザー側が新しい質問を思いつかないといけないのだ。

ユーザーへのプレッシャーが強く、会話体験として楽しくない。3分も話すと脳内の糖分を消費しきり、疲れてしまう。

生成AIで笑顔につながる会話を実現する鍵

様々な会話術の書籍を紐解くと、和気あいあいとした会話の秘訣は「フック」の存在にあることがわかった。

相手の話で気になったキーワードをフックとして深堀りして質問してあげると、相手は気持ちよく自分のことを話せる。

反対に、自分が話をするときには、聞き手が気になるような内容をフックとしてあえて話さないようにしておく。

語りすぎるより、言葉足らずくらいの方が良い。

AI野々村真さんには、そんな会話術を盛り込んでいる。

また、AI野々村真さんの場合、そもそもがAIとの会話という体験になるので、高齢者の方からすると何を話してよいのか戸惑うこともある

そのため、AI野々村真さんが高齢者の方に興味を持って、色々質問をするような工夫もした。

かといって、AI野々村真さんがリードしすぎても高齢者の認知機能改善という主目的を果たせないので、ある程度は高齢者に話の主導権を渡すような工夫もしている。

ついに笑顔を届ける生成AIに

そのような工夫の積み重ねで、なんとか程よい緊張感の会話体験までこぎつけた。

この心地よい緊張感は、精度などとは異なり定量的に評価できるものではない。

人間社会でも「話していて面白い友達」「あんまり盛り上がらない友達」などがいるが、定量的に評価するのは困難だ。ただ、その差は絶対的に存在している。

そのような定量化できない絶妙なニュアンスの世界が、我々SpiralAIの主戦場である。

現在、AI野々村真さんは、複数施設で実証実験を行わせていただいている。
高齢者の方に利用していただくと、はじめは少し戸惑った様子もあるが、すぐに慣れて会話できるようになる。

会話を進めていくと、たまには頓珍漢な回答をしたり、当意即妙なキャッチボールが出てくることもある。

そんなとき、高齢者の方は、眼の前の画面がAIであるということを忘れて、笑ってくれる。

AIが人を笑顔にする瞬間だった。

SpiralAIの目指す未来

今回のプロジェクトは、AI野々村真さんとの会話を通して、認知機能を改善することが1つのゴールである。

今後検証をしていくことになると思うが、少なくとも会話機会を提供できている限りは認知機能改善にはプラスに働くだろうと思っている。

それ以上に、個人的に目指しているのは、高齢者の方に笑顔を届けることである。

温かいAIの使い方。その行き着く先は、自然に笑いあえる、いつも隣にいてくれる友人のような存在である。

それが、「人間らしさに技術の力で挑戦する」ことを掲げている、私達SpiralAIのゴールだ。

謝辞

今回のプロジェクトには、様々な企業の方に関わっていただきました。

株式会社スターダストプロモーション様、株式会社学研ココファン様、全研ケア株式会社様、日本ロングライフ株式会社様、株式会社FM様、株式会社AOI Pro.様、株式会社TREE Digital Studio様の皆様に、感謝申し上げます。

SpiralAI CEO
佐々木 雄一