見出し画像

大学で教師していてもこの程度の分析で専門家と言えるのでしょうか?

身もふたもなくいえば、ヒトラーそっくりです
新旧米大統領のスピーチ聞き比べ、トランプの政策はF・ルーズベルト的?

日経ビジネス 2017年2月3日の記事 山中 浩之 シニア・エディター
(1月21日午後6時、トランプ米大統領就任演説の直後、西新宿の喫茶店にて。以下本文敬称略)

- 急なお願いを聞いていただいてありがとうございます。

片山杜秀・慶應義塾大学法学部教授(以下片山) いえいえ。トランプとオバマ、新旧大統領の就任、退任スピーチを聞き比べてざっくり総括、ということでよろしかったんでしょうか。

- はい、政治思想史の専門家として、お聞きになっていかがでしたか。

片山:まず、トランプ氏の就任演説を一言で言えば、「よく分からない」(笑)。選挙のときにはトランプは票が取れることを言って、それで勝てましたが、その話をどう大統領として具体化するのかという踏み込みが何もないに等しい。「アメリカ第一」と聞かされて気を悪くするアメリカ人はいないでしょう。選挙で使えば強い言葉、勝てる言葉です。しかし、例えば、何をどうすると普通の人々が豊かになって「アメリカ人がいちばん」を実感できるのか。

- 減税だ、法人税を下げるんだと言っているようですが。

片山:ええ、でも、それではいま豊かな側がますます豊かになってしまう。トリクルダウンが念頭にあるんでしょうけれど、それを追った結果が、まさに富める側と貧しくなる側が分裂した現状なわけです。

 結局、大統領就任であまりに過激なことは言いにくくなったけれど、元々「これをやりたい、なぜならば」という具体案はなかったから、新たに展開したり深めて語ることができない。そこで、選挙戦で受けて盛り上がったポイントを口当たりよく薄味にして、角を立てずに…ということは面白味を減らして言い直しているだけ、ということでしょう。

米国はもともと孤立主義の国だった

- 結果、オバマ前大統領の「チェンジ」に相当する言葉に「米国第一」がなってしまった。

片山:スピーチでの「米国第一」は、「米国以外はどうでもいい」という閉じていく印象につながります。貿易については保護主義的施策とリンクするみたいですが。

第二次大戦までは、米国は孤立主義の強い国だったそうですね。

片山:ええ、モンロー主義が提唱された19世紀以来の米国の伝統ですからね。そして1929年の世界大恐慌後、1930年代に、世界的に経済のブロック化が追求された時代がありました。ブロック経済というのは、「自国と植民地、あるいは閉鎖的な経済圏を一緒に組んでくれる従属的な国々の中だけで、需要と供給をまかなおう」という発想です。

 かつての日本の「大東亜共栄圏」もブロック化をめざし、戦争まで引き起こして大失敗に終わったわけです。言うまでもなく、その頃から世界の経済の歴史もだいぶん進みました。複雑な世界的相互依存の網の目がかつてない規模でできてしまっている。いまさらブロックに切り分けるのはとても難しい。

- シェールガス、シェールオイルで資源的にも心配ないし、貿易交渉は二国間で強引に言うことを聞かせれば、という気なのでは。

片山:米国にはエネルギー資源も食べ物もあるし、カナダや中南米を巻き込んでアメリカ大陸閉鎖経済圏を本気で作ろうとしたら、できないこともないかもしれません。しかし、市場を自ら限定する以上、社会主義的な低成長、あるいはゼロ成長の計画経済しか私にはイメージできない。貿易に関しては、「自国の交易条件だけを良くするのは無理だ」ということくらいは、いかにトランプ氏でも分かるはず。ペリーの黒船みたいに強圧的に押しかけてきて、不平等な通商条約を呑め、とでもいうのでしょうか。

- 言うことを聞かない国の沖合に、空母機動部隊が来るのか。いやな絵だなあ。

片山:経済成長と保護主義による「米国第一」は、そもそも矛盾しているんですよね。つまり、とりあえずの人気取り策として、両方言ってみた、としか思えない。

 そもそも、保護主義にノーを唱え続けてグローバル化を進めてきたのは米国です。第二次大戦後、民主党、共和党の壁を越えて、西側世界の中でブロック経済を廃し、世界市場での自由貿易を国是としてきました。「米国第一」=「米国がリードする自由化」ということで、なぜそうするのかといえば、経済力は米国が世界一なのだから、自由化が進めば、トータルでは米国が一番得をする、という考え方です。

なるほど。国際化で国内が多少ダメージを受ける局面があっても、トータルでは米国がもっとも恩恵を受ける。

片山:そしてこの度、「壁を高くして域内で立て直す」と言う大統領が登場しました。これって、やっぱり国力が低下していく、下り坂の時代の発想でしょう。世界を引っ張っていく力がもうない、という気分が米国に広がっている。

でも「だからトランプが悪い」とも言えない

- 国内重視の投資拡大、というと、フランクリン・ルーズベルト(第32代米国大統領、在職期間は1933年3月4日~1945年4月12日)の「ニュー・ディール」政策を想起させますよね。

片山:そんなふうにも聞こえますけれど、TVA(テネシー河流域開発公社)の代わりにメキシコ国境の壁を作るのでしょうか。それが中産階級の没落を食い止めることにつながるのでしょうか。

 政府が財政政策で市場に積極的に関わるニュー・ディールは、そもそも「政府の介入」を嫌う共和党にとっては大反対の政策で、一方、これで民主党は大躍進したんですよね。かと思うと、いかにも民主党らしい、貧困層にも健康保険を与えるオバマケアは「お金がない」と廃止し、共和党に受けそうな法人税などの減税を打ち出し、と、まるで「共和党と民主党のいいところ取り」です。実際に出来るかどうかより、聞いていて「そうだそうだ」と、気持ちがよくなるような言葉を、手当たり次第にぶち込んだようです。

- どこを斬っても矛盾したことを言っている。ということはどういうことでしょうか。

片山:一国の大統領に大変失礼ですが、「詐術を越えたものが何も見えない」、というのが就任演説や、それまでに発言を通しての率直な感想です。

こうした一国のリーダーは、過去に似た例はありますか。

片山:答えは見え見えで恥ずかしいくらいなんですけれど、やっぱり、典型的な1930年代の独裁者、ポピュリストにそっくりです。身もふたもなく言えばヒトラー的です。

 敵を設定し、民族意識を煽り、アウトバーンなどの派手な公共投資を行い、大衆を大事にするといいつつ資本家や大企業にもいい顔をする。愛国主義と社会主義と資本主義のいいところ取り。その場は受けますが、無計画でビジョンがないから、再分配がうまく行かなくなり、最終的には対外戦争で、植民地、閉鎖的経済圏を拡大して、パイを増やそうとし、敗戦を招いて滅亡したわけですが。

- 「ヒトラーは、経済に関してはうまくやった」と思っている人は意外に多いんじゃないでしょうか。私も実は今まで「ヒトラーの公共投資と再軍備でドイツ経済が活性化した」と思っていたのですが、最近ようやく読んだ『第二次世界大戦の起源』(A・J・P・テイラー)で「実際には世界景気の自律的な拡大に乗っただけ」だと指摘されていました。最近の株高を見るに、これからまた世界が幻惑されてしまったりして…。

片山:でも、「だからトランプが悪い」とも言えないんですよね。先のビジョンがないのは世界中の指導者、みんなが同じです。この先、確実な経済成長の筋道が見つからないことを国民に伝えて、痛みを分かち合おうと訴えることが出来る政治家は誰もいなかった。本当のことを言ったら当選できませんから。

 近代民主主義は近代資本主義とセットで成長してきたもので、「誰が経済を右肩上がりにしてくれるのか」という基準でしか、政治家を選べない。景気の悪い話をして票が集まるはずがない。今ほど近代資本主義先進国が景気の良い話をしにくい時代はないのではないですか。普通の政治家はみんな足がすくんでしまう。そこに出てくるのが、先のことを考えないから思い切ったことが言える、甚だ語弊がありますが「問題児」なのです。かくして、トランプの詐術は見事に効きました。

オバマはウィルソン大統領的

- そういう意味では、やはりオバマ政権(2009年1月20日~2017年1月20日)の8年間への失望が、トランプ政権を生んだ、ということになりますか。

片山:オバマの「チェンジ」で、米国民が期待したのは「また豊かになること」だったはずです。彼は、相対的には改善した、と言うけれど、期待されているほどの目に見える成長を成し遂げることは、大統領がオバマでも他の人間でも、無理だったのではないでしょうか。

 オバマは「弱腰」と批判され、事実そういうところがありますが、ブッシュ大統領の時代までは残っていた「戦争をすれば軍需産業などにお金が回り、経済が刺激される」というモデルはもう割が合わない、とはっきり認識していたのだと思います。経済的に引き合わない。武力で得はしない、と。

 かつてのウッドロー・ウィルソン大統領的な、「米国の正義」「世界の自由と公正」「物と人の自由な交流」「自由経済、自由貿易、民主主義」というセット商品を、戦争を強く絡めずに世界に売り込もうとしたんでしょう。

- なるほど。

片山:米国に従わない国には強面で、という共和党路線をやめて、できるだけ戦争を避ける。例えばイランは、いい国か悪い国か、と言うより、「独立国家だから、他の国に害を為さなければいい」という接し方で、これはウィルソンの国際連盟主義、超大国も小国もすべて1票、自立した国、という考え方に似ています。

片山:自立した国なのだから、政治形態はイラン国民が選択すればよい。イランが積極的に悪さをしないのなら、きちんと認めてあげる。その代わり、独立国に勝手をする国があれば守ってあげようとする。ウクライナ問題でのオバマの対露強硬姿勢をみればよく分かりますね。

 ウィルソン主義をなるべく平和的に実現し、核兵器反対などの理想主義的姿勢も現実性はともかくとにかく高い旗として立て続け、移民、マイノリティに対する配慮をして、貧乏な人も健康保険に入れるようにして、移民を根付かせる努力をした。それらを通して世界の国から信頼を勝ち得ることが、多様性による次の成長を生み出す背景になると思っていた。

- ああ、一言も文句がない。オバマ・ロスになりそうです。

片山:と、そういうよき伝統を守ろうとしたんだけど、これは、米国そのものが成長していけるモデルを持っているからこそ可能な政策です。貧困層や性的・人種的マイノリティへの配慮は重要です。しかし、その配慮は、中間層以上がそれなりに満足している状態でなければ、強く支持されません。実際には、その中間層がオバマ時代に切羽詰まってきた。「そっちに構うならこっちに構え」と思う人がずいぶん増えてしまった。「あまりチェンジしないな、その割に関係ないところにカネを使っているじゃないか」、と感じてしまった。

全体主義的と評されたF・ルーズベルト

-ううむ。過去、米国が似た状態に陥った1930年代に、先ほど出てきたF・ルーズベルトが登場したわけですよね。。

片山:はい。F・ルーズベルト流のモデル、米国第一、雇用を増やし、ニュー・ディール政策による公共投資、鉄道にダムに…は、政府の大胆な財政政策と金融政策による市場介入で、社会主義的な施策です。実際、当時は「彼の政策はほぼ社会主義に向かっている」と評されていましたし「アメリカ全体主義」という言葉もできたし、アメリカ発の世界大恐慌以来、資本主義は終焉に向かっているという議論も盛んでした。

- 「経済復活を果たした」というイメージがあるので、ニュー・ディール政策は、資本主義の勝利のひとつかと思っていたのですが。

片山:ヒトラーのアウトバーンに当たるのが、ルーズベルトのTVAだ、という見立てもあります。ついでに言いますとニュー・ディール政策は、その結果が出る前に第二次世界大戦の戦争景気で経済が回復しましたので、成功か失敗か、評価がいまだに割れているのです。

 オバマがウィルソン的としたら、トランプの政策にはF・ルーズベルト的なところがあるのかもしれません。でもトランプはいちおう共和党ですからね。共和党の伝統からはニュー・ディールは出てこないでしょう。社会主義的なことを嫌悪するのが共和党メンタリティです。基本は自己責任。税金を取られたくない、国家介入を嫌う。このあたりをどう乗りきるつもりなのか。まあ、お手並み拝見というところです。

片山:一方、オバマの退任演説ですけれども、これを読むと、基本線は楽観的で、自分の成果を強調しながらも、将来の資本主義への強い不安も漂わせています。資本主義は効率性を追求するのが本性ですから、今のほんとうの問題は保護貿易か自由化か、などという次元よりも、容赦なく進む自動化・ロボット化であると。それによって近い将来、多くの善良な中産階級が仕事を奪われていく、と。人間の仕事がなくなってしまう。それゆえ「新たな社会契約が必要」と彼は指摘していて、これは大変重要なポイントだと思います。

…長期にわたるこの状況を打開する特効薬はありません。取引は自由である上にフェアであるべきだと考えます。しかし経済を混乱させる次の波は、海外からではなく、国内での次々と進むオートメーション化からやってきます。そしてそれは中流階級から多くの質の高い仕事を奪っています。

 我々には新たな社会契約が必要です。子供たち全員に適切な教育を受けさせ、より良い待遇を求める労働組合を結成できるだけの力を労働者に与えられるような社会的仕組み作りが必要です。

片山:国同士が保護貿易か自由貿易かで争っても、企業が踏み切るのは事務職を含めた機械化、人件費削減で、放っておけばその結果は「雇用の減少」に集約されてしまう。21世紀のラッダイト(1810年代に英国で起こった、産業革命の機械化で職を失うと恐れた人々による、機械打ち壊し運動)につながりかねない。

 ラッダイトがあっても、別の分野の産業がどんどん膨らみ、雇用を生み出している限り大きな心配はありません。近代資本主義と科学への信用があれば、「しばらく待っていればどうにかなる」と、落ち着いていられる。しかし、次の大きな産業が育つタイムラグが大きいと、あるいは「人間をたくさん雇用する次の大きな産業はもうないのではないか」と思うと、これはもうとてつもない社会不安が巻き起こりますよ。資本主義の効率追求の果てに、会社の経営から単純労働までみんなロボットがしてしまう、というような。

成長なき資本主義への不満が行き着く先は?

片山:トランプが謳う「今後10年間で2500万人の雇用を創出」の実現には、おそらく「次の産業革命」クラスの、しかも人間を機械に置き換えない方向でのパラダイムシフトが必要じゃないでしょうか。それはオバマにも、トランプにも、意図して生み出すのは難しい。一政治家の才覚で出来たら誰も苦労しない。

 「不安定でも、賃金が低くても雇用は雇用だ」と開き直れば、経済規模が小さくなり、さらに雇用減少と低賃金化のスパイラルにはまる。企業業績が良くなっても社会にとって意味がないのですが、資本主義は放置しておくとそちらへ進むでしょう。だから、オバマの退任演説の「新たな社会契約」が必要になる。もっともこのアイデアは、『21世紀の資本』のトマ・ピケティの師匠であるアンソニー・アトキンソンの『21世紀の不平等』の受け売りだとは思いますが。

 オバマのやり方が今の時代状況の中ではなかなか良い選択だったとしても、不満の増大を抑えきることはできず、不満の一掃を期待していた人々の期待とのギャップが大きくて、「じゃあトランプ」ということになったのでしょう。そういう選択をする人の気持ちはよく分かりますよね。その結果生まれてきたのが、現在の、1930年代を彷彿とさせる世界の状況だと思います。

片山 杜秀(かたやま・もりひで)
音楽評論家、政治思想史研究者、慶應義塾大学法学部教授。1963年生まれ。近著は『近代天皇論 ──「神聖」か、「象徴」か』(集英社新書)、『大学入試問題で読み解く 「超」世界史・日本史』(文春新書)。著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』『クラシック迷宮図書館(正・続)』『線量計と機関銃』『現代政治と現代音楽』(以上アルテスパブリッシング)、『クラシックの核心:バッハからグールドまで』(河出書房新社)、『未完のファシズム』(新潮選書)、『近代日本の右翼思想』(講談社選書メチエ)、『ゴジラと日の丸』(文藝春秋)、『国の死に方』(新潮新書)ほか、共著書多数。朝日新聞、産経新聞、「レコード芸術」、「CDジャーナル」等で音楽評を執筆。2006年、京都大学人文科学研究所から人文科学研究協会賞を、2008年、『音盤考現学』『音盤博物誌』が第18回吉田秀和賞、第30回サントリー学芸賞をそれぞれ受賞。『未完のファシズム』が2012年度司馬遼太郎賞受賞

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?