あるアーティストに向けた宗教をめぐるバッシングから考えたこと
日本では「宗教」という言葉が、アンタッチャブルになりつつある。
過去にカルト教団が起こしたテロや、宗教団体の信者家族による事件が社会を揺るがしたことで、しばしば「宗教」という言葉がネガティブなイメージも背負う。
時にはからかいや侮蔑のニュアンスで「宗教っぽい」と形容詞的に使われることもある。
しかし、日本人の日常には、多様な宗教が溶け込んでいる。
特に地方では、その土地に根づいた「神」や「仏」にまつわる多様な風習が残る。
先祖のために盆踊りをして、秋の祭りで山の神、海の神、火の神に豊作や安全を願い、キリストの誕生日に浮かれ、年神を迎えるために大掃除をして、神社で初もうでをしてお守りを買い、4月の花祭りに寺に花を持参して甘茶を飲む。
近年は、釈迦の誕生日と同時期にキリスト復活を祝うイースター祭の菓子がスーパーに並び、別の国から先祖崇拝のハロウィン文化まで入ってきて、まさに宗教のごった煮である。
つまるところ、自覚しているかどうかは別として、日本の多くの風習・行事は宗教と地続きだ。
だが、冒頭のような背景から、日本語の「宗教」という言葉には、辞書に含まれない微妙なニュアンスを含み、時と場合によっては「カルト」の類義語として使われる。
1つの傾向として、新しく、自分がよく知らない宗教に対して懐疑的な眼差しを投げかける人が多く見られるように思う。
仮に信者を排他的な心境に陥らせ、熱狂させ、富を搾取したり、暴力を伴ったり、人間関係を壊しかねない宗教を「よくないカルト」と定義するのなら、そうしたものは宗教以外の領域にもあふれている。
「ステルス布教」と勝手にレッテル貼りすることの残酷さ
現在、若手アーティスト(ここでは名前を伏せる)が、ある宗教家が使っていた言葉をアルバムの表題にしたという理由で一部界隈からバッシングをされている。宗教的なものなら、出典を明記すべきだと言う人もいる。
がしかし、先述した通り、私たちが使っている多くの言葉は宗教とは切っても切り離せない。
先週、「ステルス布教」というセンセーショナルな見出しで記事を配信した週刊文春の姉妹雑誌『週刊文春Woman』の最新号の宗教特集の内容を少し紹介したいと思う。とても良い特集だったから。
例えば、今は亡き樹木希林さんは、日常的に法華経のお経を唱えていたという(余談だが、日蓮宗とたもとを分かった創価学会も法華系の新宗教)。苦しいときに法華経にたどりついたという彼女の名言を書籍化した本(『一切なりゆき』など)が多数ある。執着しない、固執しない、手放すという考え方を語った言葉を、出版社がありがたがって書籍化している。それを「ステルス布教」と呼ぶ人はいるだろうか。
日常会話の中には「隣人」「日曜日」「安息」「(プチ)断食」「畜生」「転生」「愛別離苦」「十字架」「唯我独尊」「精進」「求めよ、さらば与えられん」など、宗教と関連のある言葉をあげればきりがない。
バッシングしたい人は「わかってないね。その宗教家を信頼できない。だから、その人の言葉を使うのはよくないのだ」と言うかもしれない。
例えば、司祭による子どもの虐待にまつわる大スキャンダルが発覚したキリスト教のある宗派の教義が教育現場や医療現場に広く浸透していることも「ゆゆしきこと」になるのだろうか。
ちなみに、そのアーティストは、自分の信仰についてはっきりと明言しておらず、週刊文春の記事は最後まで釈然としない。さらに悪いのは、その記事の内容を流用して「~という」「ようだ」「かもしれない」という伝聞調のバッシング記事を『女子SPA』や『週刊女性』などが後追いで配信していることだ。
「信仰」「信条」「信念」「思想」をいっしょくたにして、バッシングするのは、アーティストにとってあまりにも残酷だと思う。
名だたるメディアが足を使って取材することなく、推測の域から語っているのだから、私も推測で語る。
自然豊かな片田舎で育ち、土地の行事で仏と神を身近に感じてきた私は思う。そのアーティストが歌詞の中で使っている言葉は、家族の言葉や数えきれない音楽のシャワーを浴び、地域の多様な神や仏に触れ、祭りや介護施設で歌う過程で大切にしてきた「信条」なのだと推測される。
最後に『日本にとってキリスト教とは何か』という著書の中で、インドのヒンドゥー教のヴィヴェーカーナンダの言葉が紹介されていたので抜粋する。
私が思うに、大海に続く河が宗教だとしたら、カルトは小さな池である。閉鎖的で水が濃縮され、発酵し、外部を受け付けない。
分かり合い、不条理を乗り越えるための宗教が、排斥したり、過激な世直しの方向に向かっているのなら、川の流れに逆行しているし、そのアーテイストを排斥する姿勢は「反カルト」をうたう新たなカルトの様相すら呈している。
今はただ、才能豊かなアーティストが、幸せに音楽に打ち込む環境が守られてほしいとただ祈る。
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