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「シラノ・ド・ベルジュラック」 谷 賢一×古川雄大 対談インタビュー

17世紀フランスに実在した詩人にして剣豪のシラノ・ド・ベルジュラック。大きな鼻のコンプレックスを抱えながらも、一人の女性を慕い続けた彼の物語は1897年の初演以来、世界中で何度も映画化、舞台化されている。
2019年秋、ロンドンで上演され高い評価を得た全く新しい「シラノ・ド・ベルジュラック」に挑むのは、ミュージカル界の次世代エースとして頭角を表し、映像でも数々の話題作に出演を続ける古川雄大。翻訳・演出を手掛ける谷 賢一との対談インタビューで、本作の魅力を紐解いてゆく。

ふるかわ・ゆうた
1987年7月9日生まれ、長野県出身。最近の主な出演作に、ドラマ「女の戦争〜バチェラー殺人事件〜」(鳴戸哲也役)、ドラマ「恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜」(茶尾店長役)、ミュージカル『モーツァルト!』(ヴォルフガング・モーツァルト役)など。現在、ドラマ「私の正しいお兄ちゃん」(内田海利役)が放送中。2022年4月1日より「古川雄大 The Greatest Concert vol.1 -collection of musicals-」の公演を控える。
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【interview】

今回日本で上演されるのはマーティン・クリンプによって現代的な脚色が施されたバージョンです。これまでミュージカルに多数出演されてきた古川さんにとって、10年ぶりのストレートプレイ主演作品ですね。

古川:ストレートプレイはもうずっと前からやりたかったんです。だから〝10年ぶり〟とか関係無く、元々ずっと自分のために「やらなきゃいけないな」と。「勉強したいな」という思いでいたので、願いが叶って嬉しいです。

戯曲を読まれた際には、どういうところに惹かれましたか?

古川:単純にこの「シラノ」という物語が面白いなと思いました。主人公であるシラノに憧れるものがありました。生き方がかっこいいなと、たぶん男なら誰しも思うんじゃないでしょうか。谷さんもおっしゃっていましたが、〝心優しいモンスター〟といった感じ。そういう設定の作品は色々とありますが、たぶんこの「シラノ」は大きな影響をもたらした作品なんだろうなと思いました。
そして今回は時代的な小道具や衣裳などを使わずに表現するという、なんというか〝究極〟みたいなことをやるんです。例えばミュージカル『ロミオ&ジュリエット』だったら衣裳を着てカツラを被ることで見た目にもロミオに近づけていましたけど、そういうものが全く無い状態で表現していかなきゃいけない。とても恐ろしいことですけど、これに挑んだらまた自分の中で変化が起きるんだろうなという期待もあります。

谷さんはもちろん古典としての「シラノ」をご存知だったかと思いますが、今回の脚色版にはどのような印象を持ちましたか?

谷:原作のテイストをしっかり残しながら、ものすごく現代的に換骨奪胎している様は本当に鮮やかだと思いました。「原作通りの話じゃん」とも言えるんだけど、でも強調されているポイントが違う。現代に書かれた話としか思えないように響いてくるのはなぜだろう、なんて思ったりしながら稽古しております。
マーティン・クリンプの翻案も、上演の際の演出もそうなのですが、シラノという男が二重にも三重にも演技をして生きていること、〝嘘〟と〝本当〟、〝代役〟と〝本人〟……そういったことに非常にフォーカスして書かれているので、演劇をやっている人間への挑戦状のように感じます。芝居畑の人間からすると、皆さん刺激を受けて稽古しているんじゃないかなと思いますね。

これまで数々の海外戯曲を翻訳されてきた谷さんですが、今作の翻訳作業は本当に大変だったのではないかと思います。どういったことを意識して取り組まれましたか?

谷:ご想像の通り、今まで手掛けた本の中では一番時間もかかりましたし、いまだにちょっとずつ直したりしているのは僕の中では異色なことですね。普通は書斎で完成したら稽古場ではほとんど変えないんですけど。
NTLive版でもマイクを使っているシーンが多かったのでラップのイメージが強い本作ですが、よく観てみるとラップとは異なる詩の形式を使っていたり、単純に口上の切れ味の良さで勝負しているところもあるんです。なので日本語に置き換えたときに全部ラップにすれば良いってものでもなく、日本語のさまざまな面白さとか切り口を見せていきたいなと思って翻訳していきました。だからもう本当に、いろんな引き出しがすっからかんになるまで開けて回るみたいなことを続けており、おまけに稽古しながら新しい良い響きが見つかったら「じゃあこれを使うためにこっちのフレーズを置き換えて」みたいなことも出てきたり。英語の難しさではなく、日本語の奥深さみたいなことが難しいなと、今回はそこに苦労しましたね。でも、ぜひいろんな人に読んでもらいたい、聴いてもらいたい、観てもらいたいセリフになっていると思います。

古川:谷さんが翻訳された言葉に対して、稽古しながらいろんな感情が出てきています。それこそ先ほど谷さんもおっしゃいましたけど、シラノは常に演技している、素の瞬間なんて見えない役なんだろうなって思っていて。セリフの裏にはいろんな感情があって、それを言葉だけで伝えなきゃいけないということに、ものすごく難しさを感じています。その複雑な感情を自分の中で感じていなきゃいけないのですが、まだシラノの感情を理解することに難しさを強く感じている現状で。
でもこの作品を通して、言葉に対していろんな感情が浮かぶんです。すごく残酷なものでもあり、すごく愛おしいものでもあり素晴らしいものでもあり、言葉って可能性が無限なんだなって思えます。

稽古も現在佳境かとは思いますが、改めて谷さんから見た役者・古川雄大の魅力を教えてください。

谷:めちゃくちゃ勇敢です。初めてやるシーンとか新しいラップとか、失敗を恐れずに挑めるのは本当に素晴らしいことだと思いますね。今作では古川さんだけではなく、僕らもやったことないような複雑な要素も入っているんですよ。例えば「ラップ踏みながらフェンシングしろ」みたいな、そんなことやったことある人なんて日本中探してもいないと思うんですけど(笑)。創意工夫を凝らして、自力で前のめりにトライしていく様は素晴らしいなと思います。

古川:失敗を恐れずに飛び込んでいくしかないなという感じです。予め自分でイメージしてやってみたものが稽古場では180度違っていたりもしたので(笑)。谷さんの話を聞いてみたら「ああ、こういう発想なんだ!」と、全然予想もしなかった部分もあったり。なのでもう本当に飛び込んで、どんどん聞いて、馬鹿な質問とかもして(笑)、教えていただいています。
そういった稽古の過程で〝出来ない〟から一歩前進する瞬間みたいなものがあるんです。例えば先ほどの〝ラップしながら、殺陣しながら、更にそれを有線のマイクを持ったままでやる〟シーンも、俺は「絶対無理だよ」って言ってたんです。コードがついていたら回れないと思ってたんですけど、でも実際にやってみたら「あ、こうやれば回れるんだ」って解決法も見つかって。
自分にとってはいろんなものが大きな壁ではありますが、一段一段上っていく過程はすごく楽しいですし、テンション上がります。

逆に、古川さんが稽古場でチャレンジしたアイデアが採用されることもあるのでは?

古川:たまに谷さんが「あ、それ良いからそのままでいきましょう」って言ってくれる時はあります。でもそんなに多くはないですけど……。

谷:いや、ラップなんかもう完全にオリジナルじゃないですか? すごく良かったですよ。

古川:本当ですか? 谷さんに「そこもラップにしてみたら?」って言われたところがあったじゃないですか。セリフがちょっと韻を踏んでいたので、「ここ、もしかしたらラップにしたら面白いかな」って元々思ってたんです。だからなんとなくイメージは出来ていたんですけど、もし全然考えていなかったら多分メチャクチャになってたと思います(笑)。

古川さんは、演出家・谷 賢一の魅力をどういうところに感じていますか?

古川:もう、完璧な人だなって思います。とても〝切れる〟人ですし、常に面白いことを探しているんだろうなと。ご自身の中にある程度のイメージはありながらも、それをギリギリまで教えてくれない〝Sさ〟もあり(笑)、役者の面白いところを探そうとしてくださるので、僕らも「こんなのどうですか?」って提案したくなるというか。すごく役者のテンションを上げてくれる、温かく愛情ある人だなと思います。

役者から出るもの、稽古場で生まれるものを大切にされている。

古川:そうですね。「とりあえずやってみて」と言われることが結構あるので。谷さんの中にイメージはあるけど、それは伝えずに一旦やらせる。それで「あ、良いな」って思ったところは多分、自分のイメージしていたものを変えてでも、そっちに決定していったところもあるのかな、と僕は思っています。常に極限まで〝上〟を見ている、理想をずっと持っている方だなと思います。

たに・けんいち
劇作家・演出家・翻訳家。1982年5月11日生まれ、福島県出身。劇団DULL-COLORED POP主宰。最近の主な作品に、舞台『LUNGS』(演出)、 DULL-COLORED POP第23回本公演『丘の上、ねむのき産婦人科』(作・演出)、ミュージカル『17 AGAIN』(翻訳・演出)、舞台『チョコレートドーナツ』(翻案・脚本)など。2022年3月2日より、DULL-COLORED POP第23回本公演『プルーフ/証明』(翻訳・演出)の上演を控える。
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谷さんは以前、ミュージカル『17 AGAIN』のインタビューで「コメディだからリラックスできる雰囲気作りを心がけている」とおっしゃっていましたが、「シラノ」ではどのような稽古場作りを意識していますか?

谷:あの時とちょっと違うことがあるとすれば、本作は美術も特殊ですし映像の使い方も特殊。そしてセリフもいわゆるナチュラリズム、リアリズムではない部分が結構多いものですから、俳優に対して「このシーンはこういうフレームになってますよ。あなたはこの辺に立っててこっちに向かって、こんなものを見てますよ」とか、「この辺から出てきて、こういう立ち位置を取ってますよ」みたいなことをなるべく早めに提示しました。
普段の自分の稽古場だとむしろ逆をやることが多いんです。古川さんが「この現場は3日も読み合わせをするんだ」ってびっくりしていましたけど、普段の僕だともっと多く1週間とか、2週間はないくらいの期間、何回も何回も読み合わせをして、俳優の中にイメージが湧いてから立ち位置を決めていきます。
でも今回はさすがに「この美術の中でどこが君の立ち位置だと思う? 立ってごらんよ」とは言えないので、僕の方で「あなたはここに立ってこっちを見ていて、この人と目が合ってます」みたいなことを先に説明する。フレームの提示を先にやって、それが終わった後で内容を掘り下げていく、みたいなやり方をしたんですよね。だから、さっき古川さんも「難しい」って言ってましたけど、フレームはすでに出来ているんです。でも大事なのはその中身だから、今まさにフレームの中をひたすら埋めたり掘ったり、コツコツコツコツ作業している段階ですね。

古川さんは本作の稽古場で印象的なことを挙げるなら?

古川:全部印象的ですけど、まず舞台セット。最初見た時は「マジか!」って思いましたけど、この特殊なセットだからこそ見せられる演出を感じた時には「ああ、なるほどな」って感じました。どこがどうなるか、みたいなことはまだ言えないんですけど、「ここの変化で時代の流れを表現するんだ」とか、もう常に表現方法には驚きばっかりです。全部が新鮮ですね。
演技では、今回ずっと前を向いて喋っているシーンがとても多いんです。そこはやっぱり難しさでもありますね。


古川さんは以前インタビューで「シラノの原動力は〝怒り〟」という風におっしゃっていましたが、古川さんの〝役者をやる上での原動力〟を言葉で表すとしたら?

古川:なんですかね……、でもきっと楽しいから続けているんですけど、いっときものすごく嫌いになって、今は半々くらいなんですけど……(笑)。

谷:ははははは!

古川:お芝居で「楽しい」と感じた、本当に快感な瞬間がありまして。もしかしたら、そこをもう一回味わってみたいという思いで続けているのかもしれないです。ちょっと掴めないものをずっと掴もうとしているみたいな感じです。
例えば歌も表現の一種ですけど、目に見える技術みたいなものが分かるじゃないですか。まあでもお芝居もそうか……、でも歌やダンスよりも、お芝居の方がより掴めない印象があります。より掴めないものを掴んでいるような、はい。

正解が無いというか?

古川:そうですね……分かんないです。谷さんに聞いてみていいですか(笑)。どうですか? 正解無いですよね?

谷:無いんですよ?(笑) いやでも、それは僕も考えますよ、お芝居の正解ってなんだろう?って。やっぱり我々って、〝人間〟を作っていますよね。〝人間〟を描写しよう、模倣しようということをやっているので、当然、時代が変わって新しい人間像が出てきたら演じ方も変わるし、みんなの生活とか意見が変わったら、我々の演じ方もまた変わる。シラノ・ド・ベルジュラックという人を演じるに当たっても、昔の人が解釈したシラノと僕らが解釈するシラノでは多分違うから、常に今までと違うことが正解だったり、新しいことが正解だったりするんです。
人間が変わり続けているから、我々の仕事も常にアップデートしていかなきゃいけないので、そういう意味では正解は無いんじゃないかな、みたいなことは考えますね。死ぬまで悔しがって死んでいくんだと思いますよ、80になっても「全然出来てねえな、分かんねえな」みたいなこと言いながら。

古川:谷さん、「これはやってやった!」みたいな瞬間ってあるんですか?

谷:うーん、こういう仕事って「やってやった」が50あったら、「でもこれは出来なかった」も50残ったりするじゃないですか。「あ、これは出来たな」って手応えを感じた時ほど、「あ、じゃあなんでこっちも出来なかったんだろうか」って悔しさも残ったりするので、「やってやった!」ってのは無いかもしれないですね。うん。

古川さんも先ほど「半々」とおっしゃってましたが、それも「やってやった」という部分と「ここはちょっと出来なかったな」という部分がせめぎ合っている感じなのでしょうか?

古川:いやいや! 「やってやった」瞬間なんてほぼほぼ無いです(笑)。だからやっぱり、楽しさですね。楽しさ50、怖さや不安などが残りの50という感じです。昔は100楽しくて演じてたんですけど、色々な現場を踏んでいく内に「楽しいだけじゃダメなんだ」って痛感し、今半々……6:4くらいかもしれないです。

もう少し掘り下げて、古川さんは以前「怒りも自分の強さの一部だと思うので、持っておくべきだと思う」とインタビューでおっしゃっていました。今回演じるシラノの原動力も〝怒り〟ということで、シラノに共感する部分や、ご自身と共通する部分を感じられたりしていますか?

古川:共感というか、憧れに近いです。シラノはずっと敵を作って生きている人で、だからこそ自分の居場所が確認できると思うんです。その気持ちはすごく分かるんですけど、僕はそこまで出来なくて。
例えばなにか不満に思うことがあって、ちょっとイライラした時って、なんも引っかかりも無く自分の意見がスパンスパン言えたりするんです。怒りがあると恐怖が無くなるというか。気を遣うことも無くなるし、だから本音を全部ぼろぼろ出せて、「これを言っても別にいいんだ」みたいな、変な麻痺を起こすんです。
だから本当はずっと怒りを持って、常にイライラしていたいんです。そうした方が絶対良いと思うんで、僕は。顔色を伺ったりとか、「あ、これは言わないでおこう」とか、そういうのが一切無くなる。なのでシラノに憧れます。まあちょっとタイプは違うかもしれないですけど。


【information】

「シラノ・ド・ベルジュラック」

【日程】2022年2月7日(月)~20日(日) ※7日はプレビュー公演
【会場】東京・東京芸術劇場 プレイハウス
【日程】2月25日(金)~27日(日)
【会場】大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール
【作】エドモン・ロスタン
【脚色】マーティン・クリンプ
【翻訳・演出】谷 賢一
【出演】古川雄大/
馬場ふみか、浜中文一、大鶴佐助、章平、堀部圭亮/
銀粉蝶 他

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テキスト:田代大樹

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