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としくにさんとtomadさんにクヌギについて教えてもらう#1

音楽用語の研究マガジン第二回目のゲストは、渋家というスペースを運営しているとしくにさんと、クヌギにてイベントを定期的に開いているMaltine Recordstomadさんをお招きし、クヌギについてインタビューさせていただきました。
スペシャカレッジ通信 串田

<過去の音楽用語インタビュー>

BOOLさんにポエムコアについて教えてもらう#2はこちら

BOOLさんにポエムコアについて教えてもらう#1はこちら

左から  tomad としくに


串田

クヌギって何人入るんですか?

としくに

ぱんっぱんに入れて、
30人ですね。
30人入れたらもう事故ですね。

串田

根本的なとこなんですけど、
クヌギについて教えてもらう前に、
渋家について簡単に教えてもらっていいですか?
よく聞かれると思うんですけど。

としくに

そうですね。
渋家は今のところ、
オルタナディブスペースだとか、
家を使ってプロジェクトをやっているという感じですかね。
シェアハウスとかって言うと、
回りのシェアハウスと違すぎるのと、
実際住んでるっていうより、
渋家っていう名前の大きなプロジェクトの中に、
家も入ってるみたいなイメージです。

串田

なるほど。

としくに

今も変わらず、
アーティストだとか、クリエイターだとか、
ディレクターだったりとかそういう人達がいて

お互いにお互いのコネクションを繋ぎ合いながら、
一つの場所に集まる方が色んな物が盛り上がるので、
そういうことを目的としてというか。

串田

としくにさんは、
ほぼ渋家創設当初からいると思うんですけど、
渋家に音楽的な要素が入って来たのって、
時期的にはいつくらいとか覚えてますか?

としくに

今渋家は4軒目で、
もともと渋家って2008年にスタートした時は、
音楽は流れてるだけって感じでしたね。
せいぜい面白いなって思ってやってたのは、
みんなが持ってる音楽データを一つのパソコンに入れてたってことですかね。

串田

それはいいっすよね。
で、こういうクヌギみたいなイベントスペースは、
今までの3軒目では無かったですよね?

としくに

例えば、3軒目の恵比寿の家の時は、
3Fに11帖くらいの部屋があって、
なんとなくスピーカーを置いて、
防音だと思い込んでる板を窓にはめてやってましたけど、
近所から苦情来てましたね。

串田

やっぱり苦情はすぐ来ます?

としくに

気持ちちょっとテンションが上がってくると、
もうだめですね。

串田

あー、やっぱ当然駄目なんですね。
渋家の中で、
パーティーを連続的にずっとやってるじゃないですか。
それはなんて言ってるんですか?
ホームパーティーと言っていいのかどうか。

としくに

まー、
ホームパーティーと言いつつ。

串田

じゃあ、
一番最初のホームパーティーって覚えてます?

としくに

覚えてますよ。
一番最初は、引っ越してすぐだから、
2009年の11月22日ですかね。
その時は、渋家の知名度が全くなかったので、
電話で友達を呼んだだけですね。
40人くらい呼んで、ただおごって、
酒飲んでただけですね。

串田

その時は、
tomadさんはとしくにさんと知り合ってない感じですか?

としくに

まだ知り合ってないですね。
tomadと知り合ったのは、
マルチネレコーズSECOBAR
MP3 killed The CD star ?」ってイベントをやってた時ですね。

串田

はいはいはい。

としくに

その前くらいに、
渋家を立ち上げた桂太に、
imoutoidっていうこういう面白い音楽を作っている人がいる」
って聞いて、僕はそこまで興味なかったんですけど、
桂太が新しいところに言ってみたいって言ってて、
「SEKOBAR行って目立ちましょう!」ってなったんですね。
僕はとりあえず目立てって言われたので、
20cmのヒール履いて女装していきましたね。

tomad

(笑)

としくに

かなり、あかん人だったですね。

tomad

その頃は、
そんな気持ち悪い人とか全然いなくて、
みんなギークとかだったんで。

としくに

男率の高さとかね。

tomad

あれ?
みたいな(笑)
「どっから紛れちゃっただろう?」って。

串田

(笑)

としくに

そっから話しかけて、
なんで、tomadは警戒してたと思いますよ。

串田

tomadさんはそれで友達になった感じですか?

tomad

その後日くらいに、
創設者の斎藤桂太さんに呼ばれて、
呼ばれてっていうか、
呼び出されたっていうか、
ツイッターで渋谷で暇してるって書いたら、
「僕も暇してるから今から行くわ」
って言われてお茶したんです。
そしたらなんか、
「スピーカーを買ってやる。だから、渋家に来て、DJすれば?」
みたいな感じで。

串田

(笑)

としくに

このクヌギにある小さいスピーカーはそれですね。

tomad

僕、ちょうど渋谷の大学通ってたんで、
「渋谷で行けるところができるってのはいいな」ってのと、
「民家で音出してたまれるところあればいいな」ってのがあったんで、
軽いノリでよく行くようになりました。
それで、本当にスピーカー買って、アンプ買って、
みたいな感じで、毎週一回パーティーみたいなのを始めたんです。

串田

斎藤くんもすごいね。
スピーカーを買ってあげるからっていうのも(笑)

tomad

何なんですかね?
お金余ってたのかな?

としくに

それは、
丁度2個目の家から3個目の家に引っ越した時くらいに、
tomadと接触するようになって、
その引っ越しの時にみんなからお金を集めたんですけど、
全額で230万くらいあって、
120万くらいは引っ越しの初期費用にして。
それ以外では、
オープニングパーティーを3日間やってて、
50万くらいは消し飛ばしたんですよ、
24時間酒を酒をおごりまくるっていう。
でも、まだお金は余ってたんで、
スピーカーセットを買おうよって流れで、
tomadに話をしたんだと思います。

串田

なるほど。
オープニングパーティー派手にいったね。

としくに

気が狂ってますよね(笑)
今思うと勿体なかった(笑)

串田

DJイベントといえば、
3軒目の時はもう既にやってたましたよね?

としくに

やってましたね。
DJをやってもらうっていうのは、
3軒目の家が始めてですね。
スペシャと一緒に作ったナンダコーレの2回目の時くらいには、
ボンボン音鳴らしてましたね。

串田

じゃあ4軒目に引っ越しするにあたって、
クヌギっていうパーディースペースはどういう風にできたんですか?

としくに

3軒目から今の渋家に引っ越しする時に、
「地下が絶対欲しい」ってなって、
地下がある物件だけ探してたんですよ。
はなからこういうことをする気満々で、
イベントスペースが絶対欲しいって言ってて。
その間に、渋家主催で、
クラブで1、2回イベントやってるんですけど、
結果やっぱ家がいいなってみんな思っちゃって。
HOUSE NATION」ってタイトルで、
tomadとかWILDPARTYとか呼んでパーティーをやった時に。

tomad

キャベツとカレーを無限に出しまくったりとかした時ね。

串田

出た!無限カレー

としくに

そうです。
でも、家でやった方がいいねってなって。
家でやってる方がぐだぐだできて楽しいねってなって、
地下がある民家みつけて、
この4軒目に引っ越した感じです。

串田

なるほど、
3軒目の渋家でパーティーの必要性を感じて、
4軒目の家でイベントスペースができたってことですね。

としくに

そうですそうです。
防音されきった「クヌギ」というイベントスペースが出来ました。

次回に続きます。


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