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宴会部長の父が、アルコール依存症に。 その時、息子は「断酒カード」をつくった。

父が「アルコール依存症」になった。

なったというか、ずいぶん前から「アルコール依存症」だったのだろう。

一昨年、脳梗塞を患ったときに医者からお酒を止められていた。しかし家族に隠れてお酒を飲み続け、酩酊した状態で帰宅することが増えていた。

父もいい歳だ。家族は見て見ぬふりをしていたが、そうもいかない事態が起きた。泥酔の末に駅のホームで大怪我をし、救急車で運ばれたのだ。

今回は自分で勝手に転んで骨折しただけで済んだが、いつお酒が原因で誰かを傷つけてしまうかわからない。家族会議を開き、父に詰め寄った。

「これからも家族でいるつもりがあるなら、お酒をやめてほしい。そうじゃないと、とてもじゃないけど仕事復帰は認められない」

何よりもお酒を愛する父に“引導”を渡すのは辛かったが、その代わり、家族として一緒に「アルコール依存症」を引き受けようと、心に決めた。

現在、父は定期的に専門医にかかり、薬を処方してもらっている。

その薬は「ノックビン」という名の抗酒薬で、主治医いわく、服用後にお酒を飲んでしまうと「急性アルコール中毒」のような状態となり、バタンと倒れてしまうらしい。

「人様に迷惑はかけられない」という“抑止力”だけが頼りの薬だ。毎朝、母の監視のもと、この薬を飲んでから会社に出かけていく。

宴会部長だった父に、何をしてあげられるのか。

怪我をした直後から、復職への強い意志を家族に訴えていた父。専門医にかかることも薬を飲むことも積極的に取り組んだ。

しかし家族が一番心配だったのは、いざ会社復帰を果たした際に、宴会部長だった父が、断酒中であることをどう周りに知らせて、どう周りからの理解を得ていくかということ。

「仕事に復帰したら、断酒してることをちゃんと職場のみんなに伝えてよ」

クチうるさく繰り返す私に、「うーん、その場をシラケさせたくないんだよなあ…」と父はいつまでもウジウジしている。

こんな反応じゃ、先は目に見えてる…。絶対飲むな、こいつ……。

父がきちんと周りの理解を得られるように、何か手立てを考えなくてはマズイことになる。

その時、電車で見かける「マタニティマーク」がヒントになった。

妊娠中の人がつける「マタニティマーク」、あるいは、外見からわかりにくい障害を持つ人がつける「ヘルプマーク」。世の中には配慮やサポートを必要とする人たちが意思表示するためのマークがある。

このような形で「断酒中ですので、どうかお酒を勧めないで」ということを気軽に伝えられないか。

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アルコール依存症患者のために、こういったものがすでに世の中にないものか調べてみたが、どうにも見当たらない。そこでこう考えた。

「なければ自分でつくればいいじゃん」

しかも、宴会部長らしく、その場をシラケさせずに、むしろ盛り上がるようなコミュニケーションができればなお素晴らしい。

ずっと、家族として何もできないことが歯がゆくて、父の後押しになることができないか考えていた。大きなお節介かもしれないが、自分ができることとしたらこんなことしかない。

私は父のために「断酒カード」をつくることを決めた。

お茶目でユーモアのある「断酒カード」を

普段、編集関係の仕事をしていることもあり、いつもお世話になっているデザイナーの伊藤力丸さんに連絡してみた。

そのときに送ったLINEがこちら。

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謝礼をたくさんお支払いできるような仕事でもなく、とても地味で内輪な相談にもかかわらず、「お役に立てるなら是非やりたい」と快諾してくださった。

そしてなんと、初回の打ち合わせにさっそくいくつかのラフスケッチを持参してくれた。

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・お酒にちなんでBARのコースターをモチーフにしたもの
・音楽好きの父のために、レコード盤をイメージしたもの
・かわいいキャラクターがお茶目に謝罪するもの  などなど

それを見ながら議論を重ね、以下のことをお願いした。

・オシャレでカッコイイものより「愛嬌」があるものを
・何かのパロディもありかも(パッと見でわかるのでコミュニケーションのスピードが速い)
・父の気持ち(あれだけ酒好きだった私が禁酒中なんです、テヘペロ)に寄り添ったトンマナ
・強い“拒否感”が全面的に出るデザインはNG(お酒の文化にNOを言うつもりはない)

ひとことで言うと、とんかつ屋さんのとんかつを食べてる豚の看板。

自虐的なユーモアのあるものがいいなと直感的に思った。

目指すゴールは、アルコール依存症の告白を通じて、ひとつの会話、ひとつのコミュニケーションを発生させること。

それに加えて、どうしてもカードで表現したかったのが、「皆さんにはいつも通り楽しんでほしい」という父の宴会部長としてのプライドだ。

家族全員が揃った場でのこと。「さすがにお父さんの前でお酒は飲みにくいね(笑)」なんて話していたら、

「いや、むしろみんなには飲んでほしい。お酒の場は好きだし、私はお酒が生み出す文化を誰よりも愛してますから」

父が言い、私たち家族は笑ってしまった。父の妙なこだわりというか、最後の抵抗というか、この言葉がずっと頭にこびりついていた。

そういう思いを、デザイナーさんもじっくり聞いてくれた。そして、上がってきたアイデアがこちら。

(時間がない中、翌日すぐに送ってきてくれた。イラストはあくまでイメージで仮のものです。)

A案=いろはかるた風

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B案=百人一首風

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C案=お銚子くん D案=ジョッキくん

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E案=オジギビト&ジョッキくん F案=幾何学的なイラスト

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この中で惹かれたのは、A案の「いろはかるた」と、お銚子くんのイラスト。

理由としては、

・表と裏がある「かるた案」であれば、表にイラスト、裏にテキストを分けることができる(デザイン的にごちゃごちゃしない)

・「裏返す」という動作をあえて発生させることでインタラクティブなコミュニケーションが生まれる

・かわいらしさ、ユーモアがある(センシティブな話題なので、相手もどうしていいかわからない。かわいらしさ、ユーモアには、それを打ち破る力がある)

デザイナーさんとも意見を交換し、大きな方向性として「いろはかるた」の案に決定。

そして、すぐさま送ってくれたデザインがこちら。

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父が乳業メーカーに勤めていることもあり、牛乳くんというキャラを登場させたり、ある程度の「意思の強さ」を表現するために「だ」の文字を「断」にしたり、細かい調整が続いた。

最終的には、汎用性が出るように、白い作業服を青色に変更し、かるたっぽさが出るように2種類つくろうということに。

これらを反映した最終的なものがこちら。

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ほんとのところはさらに何往復もしてイラストや文字のレイアウトを何度も調整いただいたが、概ねこのような感じで進んでいった。

そして、なんとか父が社会復帰するタイミングで「断酒カード」を手渡すことができた。

断酒カードは、小さな一歩でしかない

断酒を決意してから、約半年。
お陰さまで断酒は続いているようだ。

実家に顔を出したとき、父に「断酒カード」の評判を聞いてみた。

飲み会の場や、業界団体の会合で「断酒カード」を配るとそこそこ盛り上がるらしい。「あ、お酒飲めないんですね…」みたいに場を盛り下げることもないし、あまり深刻な雰囲気にならないので心配されすぎないのもいいとのこと。それこそ「酒の肴」になってくれているのだろうか。

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家族としては、職場の人たちに「アルコール依存症」の治療中であることをきちんと周知できたことが何よりもよかった。職場の皆さんも支えてくれているようで、やはり困ったときは周りを巻き込んでしまうのが一番だなと。

「たまに会社の若い子から『私、カードもらってないです。私にもください〜』なんて言われるんだよな」と、少し嬉しそうに話していた。

しかし、いつまたお酒を飲んでしまうかわからないのが「アルコール依存症」のこわいところで、決してこれは「めでたしめでたし」のお話ではない。


今回の件で、アルコール依存症についていろいろと調べたり、父の病院に付き添ったりした。本当に多くの人が苦しんでいること、「完治」なんてないこと、絶望的な状況をたくさん知った。

家族の戦いも、これから、ずっと続いていく。断酒カードは小さな一歩でしかないが、父が健康的に生きていくためのアクションをひとつ、自分の手でつくれたことについては、よかったかなと思う。

大きなお世話かもしれないけれど、なるべく「健康」で長生きしてください。頼みますよ。

※「断酒カード」にご興味をお持ちの方へ

こうしてせっかく「断酒カード」なるものをつくったので、デザイナーさんの作業代+印刷費などの実費のみで「断酒カード」を頒布することも考えています。もしご興味がありましたら、一度コメント欄からご連絡ください。

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