家庭環境
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家庭環境

昔はわからなかったけど、SMAPのセロリの
『育ってきた環境がちがうから』
という一文は、とても的確で重いことだと
38歳になって実感、というか痛感してる。
私の考え方、とても育ってきた環境が影響してるんだなって。
夫も然り。育ってきた環境が彼の考え方、理想の家庭像に影響を与えてる。


面白くもない、本当に平凡な生活歴。
だけど私は私の両親に育てられたことを
とても感謝してる。

今、とりあえず元気に生きて、働いてるのも全て両親あってこそ。




□生まれた家

首都圏でありながら、首都圏だと言うことすら忘れられているど田舎。車がないとやってけない、そんなところで生まれ、育つ。
市役所に勤める父、同じく市営保育所の保育士の母。3つ上のかわいくて努力家、明るい性格の姉。
両親は仲が悪いとかではなくて、お互いの趣味の時間を大切にしてた。あまり干渉せず、自由があった。父も働いてくれてる母には、多くを望まず、出てくるご飯に文句を言ってるところは見たことがない。父は趣味が多く、フットワークが軽いので友人も多く、あまり家にはいなかった。
父方の祖父母も一緒に暮らしてた。祖父母と暮らすことは当時は当たり前だったかな。


□カオスな祖父と祖母とおばちゃん

祖父は夕ご飯を食べるとどこかに出かけていく。スナックにでかけてることもあったけど、家から100メートルもないところの他人の女性の家に通ってた。お風呂をそこで入ってその女性と団欒?して、寝るために帰宅する。そんな感じ。しかもその女性のことを私たち姉妹は【おばちゃん】と呼んで、割と慕っていた。たびたび一緒に旅行したり、買い物行ったり。うちにも事あるごとに来て、誕生日や正月を一緒に過ごした。今思うと不思議でしょうがない。環境って恐ろしい。
祖母はその頃の女性だからなのか、漢字があまり書けなかった。車の免許もなく、行動範囲は自転車。とても狭い世界で生活してた。学もなく、かといって社会的にもかしこくもない。絶対に一人では生きていけない。そんなタイプ。


□環境が私に影響を与えたもの

フルタイムで働き続けた母のおかげで、私も働ける限りは働いてやるんだという意識が生まれた。
大学まで出させてもらって、働かないなんてもったいない、とも。
不思議な祖父母のおかげで、私は男にすがるような人生は送りたくない、たとえ夫が浮気しても、未亡人になっても一人で立って子どもを育てていける人になるんだ!ととても強く思っている。

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小学2年我が道をゆく男児、年少ナマイキ女子の母38歳。仕事も家庭もうまくやってきたい!男だから、女だから、と言われることが昔から好きじゃなくて、今もなお昭和初期な考えのオットとの生活にモヤモヤしながら、楽しく、自分らしく生きていきたい!とあがいてます!