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プレイアブル 016『表現の正解探し』

歌うことが大好きだ。歌の世界は多彩な色に満ちていて、普段自分が感じることのない感情やイメージを全身で味わうことができる。歌いながら、自分でいて自分でない何かを疑似体験するような、そしてそのひとつの小さな物語を生きているかのように、全力で楽しみながら表現することができる。それが本当に楽しくて仕方ない。仕事の関係で多世代の方々とカラオケに行く機会があった時は、よく上の年代の方々に普段と別人みたいで面白いね、君のファンになったよ、なんて大爆笑されながら言われることもあったが、自分ではなんの事やらさっぱりわからず、ただよく分からないながらも感謝していた、という感じだったのだが、コロナになってからはカラオケに行く機会自体がなくなってしまい、あの時に頂いていた言葉の有り難さを今になって噛み締めている現状である。

そんなこんなで、歌に飢えてきた私は昨日久々にカラオケアプリを使って歌を録音してみた。3か月ぶりのアプリ使用だったのだが、歌った歌を聞く時にハッとする気づきがあったので、今日はそれを溢れ出るままに書き綴っていこうと思う。

今まで、何か歌を歌ったりアプリで録音したものを投稿したりコラボ依頼をする際は、とにかく『自分自身の中の表現の正解』を作る為に、とにかく違和感を感じた部分を排除修正することを主に考えていた。とにかく、作りたいイメージというものがあって、それに似た表現をしている誰かを探して、必死に真似て、真似出来なくて悔しかったり落ち込んだりしながら、とにかく自分のありのままの表現に対して常にダメ出しをし続けていたのだ。苦しかったし疲れたし凹むことしかなかったが、自分ではそれこそが自己研鑽の方法であり、成長の方法であると思っていたのだ。

しかし、昨日歌った曲をすぐに聞き直した時に思ったのは『おー、これもいいじゃん』という心からの声だった。正直、とても、驚いた。初めてだったのだ。自分自身の歌に対して、初っ端からダメ出しが出ず、自然とマルが1番先に出てきたのが。自分で自分に驚いたという経験はあまりないし、あったとしても人からのアドバイス通りに沿って、出来た!という驚きであって、誰にも相談しないで自分で自分なりに流れに身を任せるように様々なアウトプットを続けた先に自分自身の内的な変化を感じた瞬間は恐らく初めてだったので、本当に嬉しかった。

もしかしたら、世の中の大半の人達はこんな私の話を聞いて、なんでそんなにややこしく考えてたのか?という疑問や、そんなややこしい考え方があったのか!という驚きがあるのかも知れない。が、しかし、かも知れないと考えているだけであって、本当に、正直私自身、普通の人というか、他の人達は何をどう考えているのか、何も考えていないのか、考えているとしたらどういうことを学び何を仕事?としている人達なのか、全く見当もついていない。世の中の大半の人達の思っていることは、私は本当に分からないのだ。常識はあってないようなものだ、とか、同調圧力に負けるな、とか、色々と飛び交う言葉を聞いたりするが、その中身が一体何であるのかを私はよく分からないのだ。

ひょっとしたら、わかったところで何にもならないかも知れない。余計に自分自身を苦しめてしまうかも知れない。だからこそ、私は世界を知るために、世界と出会うために、怖いながらも震えながらも、世間と馴染めない普通になれない自分を流に身を任せなが溢れ出させ続けることでやっと生きていけるのかも知れないなんて思っている。

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