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オープンGの、テレキャスター ─ラバーソール、リーヴァイス、それから赤DEP(2)

2 ザ・コックサッカーズ、そしてラバーソール

 高校を卒業した春休み、さっそくナガセが、幼なじみだというヤマグチくんをベースとして連れてきた。無口で温厚そうなやつだった。

 バンド名を決めるときもヤマグチくんは黙っていた。ナガセとは、ストリート・スライダーズのハリーと蘭丸みたいになりたいと、はっきりそうは言わなくてもお互いに思っていたので、自然とスライダーズに因んでつけようという話になった。「ストリート・ジャンキーズはどうかね?」「いや、マネしとると思われるばい」とか、「サイケデリック・スライダーズは?」「目指しとる方向性が見えんばい」とか、散々話しあっているうちに、RCもスターリンもスライダーズもストラングラーズもクラッシュもジャムもクラスもピストルズもストーンズも「ス」、またはサ行が入っているということで「ナントカ・ストロンガーズはどうや?」「それじゃ仮面ライダーストロンガーやろ」とか「ストリート・ライダーズはどうかね?」「まぎらわしか」とか「ストーン・フラワー・チルドレンにせん?」「かっこ悪か」とか、しまいには「ストレイ・キャッツばもじってストレイ・ドッグはどげんかいね?」「なんば言いよっとか」などと、難航した。

 次に、多くのバンド名が、先行するミュージシャンの曲に因んでいるという話になり、「ミッドナイト・ランブラーズは?」「意味のわかりにくか」とか、「ストリート・ファイティングマンズはよ?」「そいならファイティングメンになろうも。おかしか」と、延々と続いた。

 しまいには有頂天や怒髪天のような日本語のバンド名もシブいということで、「天網恢々」とか「大曇天」「大逆転」「赤点黒点」「昇天」などと「テン」のついた熟語を意味もなく探したりした。

 最終的に、ストーンズ幻の曲「コックサッカー・ブルース」にちなんで「コック・サッカーズ」と名付けた。名付け親はナガセだった。イカしたバンド名だと思った。

 ドラムがいなかったので、「We want DRUMMER」の文言と僕の自宅の電話番号を吉田カツのストーンズのイラストに貼り付けた。僕はいろんな事情があって高校時代からほぼ一人暮しをしていたので、いつ誰から電話があっても問題なかった。レタリングはもちろんナガセだった。めちゃくちゃイカしたポスターに仕上がった。ポスターはコピーして親不孝通りの王将の隣にあったゲーセンに貼らせてもらった。けれど残念ながらたまにある電話は「この歌知っとうや?」と言って電話口で歌い出したり、「いやあ、どんな人かいな?て思て、かけました」とか、全くドラムとは関係ないストーンズファンからばかりだった。だからライブハウスでやるときはそのつどいろんな人に手伝ってもらった。

 バンド名の次にそれぞれのステージネームも考えた。その時もナガセはイカした名前を考えた。

「俺くさ、ヒースていう名前にするけん」

「ヒース? 何で?」

 するとナガセは物憂げにうつむいて、小さくため息をつくとしばらくのあいだ黙った。

「オサダ、ヒースて植物知っとうや?」

 何か深い理由でもありそうな感じがして、遠慮がちに

「いや」

と答えると、ナガセはカバンからマンガを出して言った。

「これ、貸すけん。読んで」

 相変わらず物憂げな表情だった。見ると、吉田あきみ秋生の『カリフォルニア物語』というコミックの第1巻だった。絵のタッチが一目見て少女マンガのそれだとわかった。

「なして女のマンガば読むとか?」

と聞くと、ナガセは「まあよかで。読んで。明日くさ、2巻から先も全部持ってくるけん」と言った。

 その日ナガセの言うとおり『カリフォルニア物語』を読んだ。おもしろかったので翌日の夜には残りを借りて全8巻を読み通した。その主人公の名前が「ヒース」だった。

 その中で、植物のヒースが荒野の中に咲く花で、花言葉が「孤独」だと紹介してあった。ナガセはそのマンガの主人公のヒースと自分を重ねあわせていたのだ。

「どげんやった?」

 ナガセに聞かれて「かっこよかねえ。ヒースて名前」と答えると、

「せやろ。それにたい、キースとヒースて似とろうもん?」

と言うので、僕は思わず「おおっ」と声を上げ、だいぶ感心した。

「たしかに似とうね。よかねえ」

 するとナガセは、唐突に「そのマンガ、オサダにやるけん」と言った。

「ええ? よかと?」

「いや。もう俺は読まんでん大丈夫やけ」

 因みに僕の名前は当初「ヤコブ」だった。かっこいいと思ってつけたのだが、ライブの時「俺は~……。J、A、C、O、B。ジェイコブゥ~! ヤコブって呼んでくれぇっ!」と名乗ると、必ず戸惑ったようなどよめきと「は? 何? 何て?」などと二度聞きするような声が聞こえてきて盛り上がりが失速したので、途中からは普通に「俺は~……。イチロウっ!」と名乗った。もちろん「ウ」のところを強調して巻き舌で叫んだ。

 ライブのとき、ナガセは顔にファウンデーションを塗りたくって色白にキメて、僕は無駄に高い口紅を目の周りと唇およびその周辺、左頰に渦巻き、右頰は彡の落書きをしていた。

 よく使ったライブハウスは、たまたま僕の家の近くにあったグリーン・ヴィレッジというライブハウスだった。これでも僕は福岡市中央区高砂という大都会に住んでいたのだ。歩いて30秒の雑居ビルの地下にあった。広さはごく一般的だったが、天井が低くステージも狭かった。おまけにステージは段差程度の高さしかなかった。あのころはどこもそうだったが、不穏な雰囲気しかなく、まず女の子は来なかった。たまにいると思ったらエキセントリックなグルーピーみたいなイカれた感じの子ばかりだった。

 加えて、モヒカン頭をした連中のステージつぶしが横行していた。今みたいに空調も照明も整っていなくて、ステージから見えるのは目の前で踊り狂う最前列の客ばかりで、そこから後ろは熱気に満たされた闇が広がっていた。だからいつモヒカン頭が上がってくるか全然わからなかった。実際、何回かステージに上がってきたことがあったが、そうなるとあっという間に乱闘になって、誰がどうなっているのかわからない状態になった。店の方も、連中の入場を阻止することもできず、最後のバンドまでライブができるかどうかは運だった。ナガセもヤマグチくんもギターを守るのに必死だった。僕はいつも左手におもちゃの手錠をぶら下げていたのだが、狭いステージに何人も入り乱れる中で、マイクと一緒に振り回したりしながら身を護ろうとしていた。手錠といえば、何かの拍子にモヒカンの一人の右腕にカシャッとはまってつながってしまったときがあった。人というのは不思議なもので、そのときはなぜかそいつと手をつないで、お互いに一緒の動きをしてしまった。つまり二人がかりで他のモヒカンの連中にもいろいろしてしまったが、ナガセたちにもいろいろしてしまったのだった。大混乱のさなかでのことなので、誰にも何もバレずにすんだ。モヒカンたちが撤収するまで手錠でつながれたそいつとは手を握りあっていた。

 曲がコピーばかりだったので、オリジナルもやらんばねえという話になり、詞はやっぱオサダやろ、お前が書け、と言われていろいろ書いたが、却下ばかりだった。一応パンクらしく「オイラ」とか「ヤツら」とか「壊せ」とか「だまされねぇ」とか「タイクツだぜ」とか「ぶっ飛ばせオイオイオーイ」とか散りばめたつもりだった。
「オサダ、おまえほら、なんか、好いとうていっつも言いよる詩人のおるやろ?」
「谷川俊太郎な」
「そうそう、それ。あんな感じでもよかとよ」
「ばってんあれじゃ歌詞にならんめえもん?」
「いや、なるてよ。谷川俊太郎の本、持っとうとやろ?」
「おう。弁当箱のごた分厚か詩集が二冊」
と言って指で辞書ぐらいの厚さを示すと、
「それ、貸して」
ナガセが言った。とても大切なものだったので躊躇していると、「俺も研究ばしたかったい」と続けた。しばらく考えた後、僕はナガセに言った。
「よか。正編と続編のあるけん、正編ばおまえにやる」
ナガセが驚いて僕をじっと見た。
「だけん正編の方ばおまえにやるって言いよったい。俺、続編ば持つけん、おまえは正編の方ば持ちいよ。一冊ずつ持とうじぇ」
「よかと?」
「マンガのお礼」と言って僕は笑った。

 ナガセとは、当時福岡にもほんの少しずつ出始めていた古着屋やそれ系の店や、楽器屋にもしょっちゅう行った。

 ある時、店を廻りながらナガセがこんなことを言い出した。
「オサダよ、俺たい、バンドやりながら古着屋ばやるけん」
「なんで? なして服屋とか女みたいなことば言うと?」
「バンド系やけどセンスの良か服ばっかい集めてくさ、売るったい。俺らのベースはあくまでハカタやけん最初は親不孝通りに店ば出して、儲かったら次は原宿かシモキタな。そいからライブハウスば出すと」
「シモキタ? なんね、それ?」
「ようわからんばってん、渋谷の近くの街らしいど。だいぶ古着やら何やらあるってよ」
「原宿から歩けたらよかねえ。ライブハウスやったらやっぱ地下やろね。古着屋ん方は安全靴やらも売ると?」
「おう、ただのライダースやら安全靴やらとはちご違うて、かっこよかブーツやらラバーソールばいくらも売るったい」
 それを聞いて、
「おお、それやったらでかいバイクば止められるようにしちゃってんない。ヴェスパとな、でかいアメリカンな」
と僕が言うと、ナガセは笑って「おう」と答えた。
 
 モッズとロッカーズの抗争を描いた『さらば青春の光』は、当時バンドを志す者のバイブル的な映画だった。モッズの派手派手なヴェスパとヨレヨレのモッズコート。ロッカーズのトライアンフやノートンやBSAなんかの、シビれるようにかっこいいカフェレーサーと革の上下。ジェームス・ブラウンにブッカーT&MG‘S、ロネッツの「Be My Baby」、そしてフー。

 ブライトン・ビーチを練り歩きながら主人公のジミーたちは叫ぶ。

「We're THE MODS!」

 因みに映画のラストで、主人公のジミーが、憧れていたエースがベルボーイとして働く姿を見て、自分以外の何もかもが過去のものになったことに衝撃を受け、エースのヴェスパを奪って崖に突っ込んでいくことについて、やれヴェスパを崖から落としたのかとか、一緒に落ちて死んだのかとか、いやオープニングの海岸を歩いているシーンに繋がる円環的な手法だとかいちいち言うやつがいるが、そもそも象徴的なシーンを現実にはどうだったのかと考える方がおかしい。つまらない。あのラストが青春そのものの死であり、青春との決別なのだ。だからこそあの映画はかっこいいのだ。

 ジミーの行く末、なれの果ては、この映画を観ているその人自身だ。『さらば青春の光』の永遠性と普遍性はそこにある。

 天神にあるベスト電器5Fの楽器売り場で、いつも僕らは立ち止まった。僕らの前には、立ち上がったばかりのフェンダージャパンの黒のテレキャスターがあった。5万という破格の札がついていた。それでも僕らにとっては高すぎるギターだった。ピックガードまで黒だったのが良かった。「これでネックも黒やったらねえ」とナガセが言った。その時のナガセの持ちギターは、高校時代から持っているノーブランドの黒のストラトだった。値段は1万2千円だと言っていた。

「この前見たろ? ストーンズの映画」
「20周年のな。中洲でな。レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー」
「おう。あれでくさ、キースが真っ黒のテレキャスターば弾いとって、これがよく似とっちゃんねえ。欲しかあ」
「えー? せやったっけ(そうだったっけ)。せやったかいな。キースち言えやあ、黒よりナチュラルやなかと?」
 そう言うと、ナガセはなぜか得意げな顔をして、
「だけん、あえての黒たい!」
と、力強い調子で言った。
「ふーん。まあ、ばってん、はよ買わんとなくなるど」
「なくならん。こいは俺のもんたい」
 そしてフェンダーの隣に目をやると、ピッカピカのリッケンバッカーが置いてあった。もちろん赤いやつだ。数十万の値札がついたリッケンバッカーに僕らは言葉もなく、ただただ黙って見つめていた。
 ベスト電器を出た後は大体ギターの話だった。
「オサダ、ジャムがくさ」
「おう」
「ジャムがリッケンバッカーやもんね」
「せやね(そうだね)。ばってんリッケンバッカーの前に、ナガセよ、テレキャスやろうも?」
「だけん、なくならんて」

 本当にナガセがその黒のテレキャスターを手に入れたのは、大学1年の冬のころだったと思う。僕に見せてくれた。
「キースが5弦のオープンGやろ?」
 まじまじとテレキャスを見入る僕にナガセが言った。
「だけん、俺もオープンGでいきたかばってん、今はまだようわからんけん、いずれやね」     
 憧れのテレキャスターを手に入れ、次はいずれ、憧れのオープンGのチューニングだ。
 
 同じころに僕は憧れのバイクの中型免許を取った。そして憧れの編み上げのハイカットの安全靴を手に入れた。当時は編み上げのブーツなんてどこにもなかった。ドクターマーチンもまだ日本にはなかったはずだ。カルコークという店に一足だけ置いてあった。たしか1万8千円ぐらいだった。所謂安全靴ではなく、インソールには「Made In England」(「U.K」でないところがこれまたよかった)と書かれてあって、サイズも「7 1/2」のインチ表記だった。他にサイズはなく少し小さかった。すぐに靴擦れがして小指とかかとがヒリヒリしたが、履き続けた。柳橋連合市場近くの商店街の靴屋でつま先部分の靴底に鉄鋲を打ってもらった。金を貯めて次は400のアメリカンだ。そしていずれは限定解除で憧れのナナハンだ。

 僕らには憧れしかなかった。憧れのギター、憧れのバンド、憧れの靴、憧れの革ジャン、憧れのシド・ベルト、憧れのバイク、そして憧れのトウキョウ……。トウキョウには何もかもがあると心の底から思っていた。

「はよトウキョウに行きたかね。バンドで」

 ため息まじりにナガセが言った。ナガセは居酒屋で、僕は祭りの移動パーラー(実はバリバリの屋台のテキ屋一家だった)にお世話になり、そこで割の良いバイトをしていたが、そんなに簡単に貯まるものでもなかった。けれど憧れの物も、トウキョウもずっと先にある気はしなかった。すぐに手に入れてやるし、手に入れられそうだと何の根拠もなく思い込んでいた。
 19才のあのころ、気持ちが不安定になるぐらいまで実にいろいろなことをやったが、2人で一緒にやった危なっかしいことや悪さの大半は、まあバンドやミュージシャンの真似事だった。

 大学2年になり、ナガセはもう一つ、新しいものを手に入れた。
 黒のスエードのラバーソールだ。僕らは黒のリーヴァイスのスーパースリム、今で言うところのスキニーを履いていた。大体、上はTシャツ(これがまたハサミで切ったり破ったりしたやつだ)にナガセは青の、僕は白のジージャン(もちろんリーヴァイスだ。Leeとかビッグジョンとか他のメーカーのものと比べても、襟が一番大きくて形がよかった)をはおっていた。
 ラバーソールは、黒のリーヴァイスによく似合っていた。僕も欲しかったが、バイクを買うために我慢していた。だからナガセが履いてきたときには驚いた。

 天神コア前で待っていたら「けっこう重かっちゃんねえ」と言いながらやってきた。
「これは……」
憧れのラバーソールを前に言葉を失った僕に、ナガセはやおら右足を抜いて、インソールを見せてくれた。そこには「George Cox」の文字が輝いていた。「本物やね」と言うと「まあな」と答えただけだった。
「堅かけん、靴擦れになってしもた」
 照れくさそうに言いながら、天神のど真ん中で靴下を脱いで、赤く痛々しい靴擦れのあと痕をわざわざ見せてくれた。 

 バンドも、ラバーソールも、ギターも、僕らの毎日はいつまでも続くような気がしていた。

(つづく)

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