見出し画像

マージナルマン・ブルーズ #9

 沖縄の町は、たいていどこでもそうだが、町を歩いていると必ずどこかから三線の音と、それにあわせて民謡を唄う声が聞こえてくる。暑く、湿度の高い空気の中を漂うように歩いていると、「チルダイ」という言葉の意味がよくわかる。そうして三線の音がチルダい昼下がりの町にぴったりだということに気づく。沖縄がパラダイスなのは青い海青い空だからではなく、チルダさが現実味を失わせるからだ。

 土曜日の午後だった。
 とても古く、看板も出していない、おばあが一人で切り盛りしている食堂が中学校のすぐ近くにあった。
 簡素な四人がけの小さな机一つにさびついた細い脚の丸イスが四つ、あとは奥に四畳半の座敷があって、そこに古いマンガが無造作に何冊も置かれてあった。土曜の午後はだいたいみんなでカレーチャーハンを食べていた。
 そのお店のカレーチャーハンはやたらもやしが多かったが、それ以外の具はほとんどなくかった。ただ量が多くて、なぜだかうまかった。

 そのときも雨宿りとお昼をかねてお店に入ったのだ。

「きたよ~」
と言いつつ靴を脱いで座敷にあがった。
「はいさい」
と言いながらおばあが、四つ重ねたプラスチック製の傷だらけのコップと冷えた麦茶の入ったやかんを置いた。
「みんなあれねぇ」
「うん、あれ」
 「あれ」でカレーチャーハンが4つ出てくるのだ。ちょっとしたつう気分だ。
 出てくるのを待つあいだ、寝転びながら何回読んだか知れない、半年前の表紙がほぼ残っていない少年ジャンプやマガジンを読んだ。おばあがジュージューいわせながらフライパンを振る音が聞こえてきた。クセのある味で、大好物だった。

 ちょうどカレーチャーハンができあがったとき、ヒートーたちがやってきた。ヒートーは学校一のワルだった。

 当時、どの中学校にもグループシィと呼ばれる不良グループがあって、覇権を争って中学校同士で不定期にけんかをしていた。「オーエー」と方言で呼ばれていた。だいたい土曜日の午後にどちらかの中学校の運動場で行われた。運動場というところがなんとも健康的でかわいい感じもするが、時代も時代だったので、ヒートアップすると相手中学校の職員室までなだれ込み、警察が中学校に介入してくるときもしばしばあった。ヒートーはうちの中学校のグループシィのトップだった。

「あいヒートー」
と声をかけると、ヒートーは座敷に上がりこんできて、
「ヤッター、ヌーシチョン?(きみたち、何やっているの?)あい、うまそうだな」
と言って僕からスプーンを取り上げてカレーチャーハンを食べようとした。とたんにヒートーたちの背後で
「ヤナワラバー、人の物を食べるのはいけないことだよお。ムヌクーヤーのやることさあ」
とおばあが叱りつけた。
 ヒートーは黙ってスプーンを僕に返して、「おばあ、ワッターもカレーチャーハン」
と注文した。
 そのあと、一緒に食べながらオーエーの日程や動員についての作戦会議や、家出したまま行方知らずになっているマナブのうわさ話なんかした。マナブは中学校のすぐ近くの工事現場で彼女と夜寝ているとヒートーが言った。
 学校に来ない、来ても暴れるマナブが家出までしてうろついているのが学校の近くだということに何となく違和感とともにかわいさを感じた。ちょっとカッコ悪くて親しみが湧いたのだ。どうせ家出するならどこまでも遠くに行けばいい。島を出たっていい。島にいるならどこかヤンバルにでも行けばいい。そんなことを考えていると、ヒートーが僕をジッと見ているのに気がついた。なんだか見透かされたような気がして、慌てて開いていたジャンプに目を落とした。

 食べ終わって一緒にぶらぶらしようということになった。
 不意にヒートーが
「オサダー、ヤー、あめりかー、嫌いか?」
と僕に聞いてきた。何のことをいっているのかわからずに
「はあ?」
と言うと、ヒートーはニヤリともせずに睨みつけるようにして、もう一度
「あめりかーは、嫌いか?」
と言った。
 考えたこともなかったが、ただかっこつけたくて僕は答えた。

「ワーは世界じゅうが嫌いだばーよ」

 するとヒートーはちょっと驚いた顔をして、ナオキーたちに
「ヤッター(きみたち)帰れ」
と急に言い出して、
「ヤッターも。うりぃっ!」
と言って、自分が引き連れてきた仲間たちも追い払った。
 何をするつもりだろうと少し恐くなった。

「行くよお」
 みんなを追い払ったあと、そう言ってヒートーはすたすた歩き始めた。
 僕はしかたなくヒートーの後を着いていった。

この記事が参加している募集

スキしてみて

サポートあってもなくてもがんばりますが、サポート頂けたらめちゃくちゃ嬉しいです。