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SE1.出会いっていうのは突然訪れるものなのかもしれないわね。/渡会さんは毒を吐きたい

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 あの日、始業式くらいちゃんと出なくちゃ駄目よなんて、それこそAIでも吐けそうな台詞に追い出されて私は家を出た。

 正直、学校になんて行くつもりはなかった。

 別に通学する必要性なんてなかったし、高校生活にも全く興味はなかった。

 学業だって、あまりにも暇すぎた去年一年間のうちにざっと目を通してしまったから、その辺の適当な大学なら余裕で合格できるくらいの学力はあるはずだと思う。

 だから、私にとってあの忌々しい「高校」という空間は全くの無意味なものであって、仮に授業に出席したとしても、やることといえば、教科書とノートを机の上に、「真面目に聞いてますよ」風に広げた上で、大して意味のない体育の授業をぼんやりと眺めるくらいしかやることは無いはずなのだ。

 そして、その予想は実際当たっていた。

 今年度が始まってから現在に至るまで、授業時間を「有意義だ」と思ったことはない。ある程度自主的に学習していて、内容をすっかり理解しているから分かることなのかもしれないが、どうしてこう「授業」というものは退屈なのだろう。

 教師の教え方はわざとやっているのかと思うくらいにつまらないし、分かりにくい。おまけに知っている内容ばかりだから何一つ役に立たないと来てる。

 そんなこちらの事情を分かって、放っておいてくれる頭のある奴ならまだいい。

 問題は「授業を真面目に聞いていること」に強い意味を見出している教師だ。

 主に歳寄りに多い。

 自分の授業を聞いていない、不真面目な輩がいるとなると目くじらを立てて怒り出すのだ

「こら!何をぼーっとしている。今は授業中だぞ。きちんと集中しろ、集中」

 うるさい。

 黙れ。

 そう言ってやろうかとも思ったけど、それを言うと余計に怒りだすのは目に見えていたから黙っておいた。

 こういう輩は反応しないに限る。自分の中で「正解」と定めた反応以外には怒り散らかすに違いない。

 ところが面白いもので、黙っていると、あっちもそのうち怒りのやりどころを失って、「ふん。可愛げのない奴だな」などと捨て台詞を吐いて、授業へと逃亡していくんだ。

 三十六計逃げるに如かずなんて言葉もあるけど、時には反応しないことが正解になったりするんだと思う。

 そんなつまらない授業のさなか、ふっと前の席に視線を移す。

 四月一日(わたぬき)くん。下の名前は……なんだったろうか。結構変な名前だったと思うんだけど、忘れてしまった。今度機会があったら聞いてみよう。ただ聞くのは癪だから、言わざるを得ない状況に追い込む方法を考えなければ。

 彼は面白い。

 なにがって、まずこの私に何の躊躇もなく話しかけてきたんだから。それも学内で、じゃない。通学路で、だ。

「学校はそっちじゃないぞ?」
 
 最初は無視しようと思った。

 誰だか知らないけど、別に興味はない。学校と反対方向に行こうとしているのは知っているし、それも分かってやっている。放っておいて欲しい。そう思ってさっさと歩き去ろうとしたんだけど、


「おいっ!遅刻するぞ!」
 

 今思うとあれはなかなかに大胆な行動だったんじゃないかと思う。全く見知らぬ女子生徒の手を思いっきりつかんで、引き寄せるなんて。これが中年男性と小学生女子だったら事案間違いなしの構図だ。

 だから私も睨んだ。けれど彼はそんなことは全く無視して、


「ほら、急ぐぞ!」
 

 私の手を引っ張っていった。

 結局、私は参加するはずもなかった始業式にしっかりと参加し、出るはずの無かったホームルームに出席し、あろうことか自己紹介までする羽目になり、その順番が回ってくる一つ前の自己紹介で、私をここまで連れてきたおせっかい男の名前を知ることとなったのだ。


「えーっと……名前は四月一日──」


 ま、内容は忘れたけどね。そんなの至極どうでもいい話。

 そんなことより重要なのは、彼と言う話し相手が出来たことで、私は取り合えず最低限の日数は登校するようになり、無事に、

 二度目の留年危機を取り合えずは回避した、ということ、だと思う。


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