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「ミュージカル刀剣乱舞」に端を発した共感覚に関するQ&A①

私は「音楽を聞くと色が見える」タイプの人間だ。
物心ついた時から、聞こえる音楽に色や質感を感じていて、時には歓びを、時には苦しみを得ながら生きている。

私は幸いなことに、この知覚が「共感覚」に由来するものだと知ることができ、そしてイメージ心理の専門家の元で学ぶ機会も得た。
だから、自分の中では色々腑に落ちていて、納得もできているのだが、
このたび、大好きな「ミュージカル刀剣乱舞」のお陰で、共感覚について再考するチャンスを得た。

1.そもそものことの発端は

このツイートだった。
私は今でこそ「ミュージカル刀剣乱舞」のファンだけど、2018年当時は、なんとなく動向を知っている程度の人間だった。
しかし2018年5月。「結びの響、始まりの音」という公演をライブビューイングで見て、痺れるほど感激して…

…そして、そう。あの曲。あの歌声。
「決戦の鬨」の有澤樟太郎さんの歌声に見えた「あれ」に私は魅了された。

樹脂を塗ったバイオリンのボディのような色に似ていたけど、
「あれ」のブラウンはちょっと違った。光が透き通る琥珀のようだった。ちょっと見たことがない色だった。衝撃を受けるほどの美しさがあった。

この記事を書くにあたって、「あれ」に似た色の写真が無いか探してみた。
色の重なりや風合いがいい感じに似ている写真があったので紹介したい。

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Krzysztof (Kriss) Szkurlatowski氏による写真)

2016年の「幕末天狼傳」の頃は、「あの色」が浮かび上がる予感はまったく無かったように思う。
だから私は、有澤兼さん(有澤さんの演じる和泉守をこう呼んでいる)の歌が放つ輝きに心底驚いたし、ときめいた。


今までTwitterであまり表立って共感覚の話をすることは無かった。
経験上、共感覚の話をすると「不思議ちゃん」扱いされる。そのこと自体には慣れていたが、決して愉快なものではない。わざわざ自分から火種を作りたくはなかった。

しかし、1ヶ月前の私はどうしてかタガが外れてしまっていた。
有澤さんの和泉守の歌声と、そして小越勇輝さんと阪本奨悟さんの堀川の歌声がどれほど素敵か、全世界に発信したくてたまらなかった。

…そうしたら、驚いたことに好意的な反応をたくさんいただけた。
もっと話が聞きたいと言って下さった方もいた。
共感覚の話をしてもいいんだと思った。嬉しかった。

私は、共感覚に関する研究に携わった経験があるが、その時、素養があるのに自覚がない被験者がたくさんいたことを思い出した。
もしかしたら、反応をくれた人の中にも共感覚を持つ人がいるかもしれない。そう思った私は匿名ツール「マシュマロ」を設置して呼びかけてみることにした。

…そうして集まったのが、以下に示す匿名コメントである。
このたび、アーカイブ目的で、いただいたコメントと、それに対する自分の返信をnoteにまとめることにした。


2.Q&Aまとめ(その①)

あまり長いと読む方もしんどいだろうと思うので、記事1件につき約10件のコメントをまとめていこうと思う。

■補足事項

「マロ主さん(まろぬしさん)」とはコメントの送り主のことを指す。送り主は匿名なので、便宜上そのように呼んでいる。

マシュマロ(コメント)は基本的にいただいた順に掲載しているが、同じ送り主からいただいたものに関しては、会話の流れが分かりやすいよう順番を入れ替えている。

・noteにまとめるにあたり、私の返信は基本的にそのまま転載するが、誤字脱字があった場合は訂正している。なお、冒頭の挨拶は適宜省略している。

・私の返信に学術的な正確性は保証できない。2020年現在の最新の研究事例をベースにしたものではないので、ご容赦願いたい。

・私は「色聴共感覚」という単語をあえて使っていない。
なぜなら「色聴」は「Colored hearing synesthesia」の誤訳のように感じるから。熟語の作りとしてもおかしいように感じるから。
私は色を聴いているのではなく、聴こえる「音」に色や形を見ている。
だから和訳するのであれば「音視」「音見」がより正確だと思っている。

「共感覚者」という単語もあえて使っていない。「共感覚を保持している人」と言うようにしている。


▽No.01:膝丸(演:高野洸)の歌の色

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私が膝丸としての高野さんの歌を初めて聴いたのは「BE IN SIGHT」のPV音源です。
シンプルに、きれい。そう思いました。
硬質で、透き通っていて、音色もよく通す。涼やかな黄色。
どんな人とデュオを組んでも、どんな曲を唄っても喧嘩しなさそう。でも絶対に曲がらない芯があって、力強い。
具体的に何かに喩えるとしたら、綺麗に成形されたシトリン(黄水晶)の柱、でしょうか。
「BE IN SIGHT」は、低域部の音の主張が強い曲(CD音源もそのようにミックスされてますね!)なので相性抜群に感じました。

(今回いただいた質問の話からややそれてしまうのですが、つくづく「BE IN SIGHT」のPVって恰好いいですよね…恰好よすぎます…
私が刀ミュ沼に落っこちた第一段階がこの曲と、そして踊るミュ膝丸との出会いでした)

…第一印象がそんな感じだったので、
他公演のライブ音源でミュ膝丸の歌を聴いて驚きました。
あのきれいな黄色が見えないぞ…!?
色よりも「歪み」の要素があまりにも強いぞ…!?っていう。

「歪み」。そう、ひずみ。
彼の歌声のひずみ成分には不思議な良さがあります。
残響が側頭部でクリーンに鳴って、そのざらつきが心地良いなぁと思います。
(…そんな共感覚体験を経ての喩えなのですが、ミュ膝丸は、喉にオーバードライブ・エフェクターを持ってるなと勝手に思っています)


…すみません、まだ続きがあります。
双騎2019の大千秋楽で衝撃的な共感覚体験をしたので、それを最後に書きますね。

ひとつは「クロニクル」の膝丸ソロパート。
大千秋楽公演の彼の歌は、マットで眩しいオレンジ色でした…!男性の歌でオレンジが視えることはあまり無いので動揺しました…
しかし、CD音源ではオレンジ色はどこかへ行ってしまい、きれいに整った涼やかな黄色が視えるので面白いです。

もうひとつは、「Kizuna」
先ほど書いたミュ膝丸の声に現れる「ひずみ」は、
曲によって、状況によって、目に見えて濃くなったり薄くなったりするのですが、この時のこの曲は、
歌声の粒子の密度が、兄者とシンクロしていました。
あれは意図的にコントロールされたものだったんだろうか…分からない…分からないですが、未だに聴くたび心臓がバクバクします…
まさしく二振一具の歌声でした…

以上です!長々とすみません…!
双騎2020は今のところ情報をミュートしているのですが、源氏兄弟の歌も(もちろん歌以外も!)更なるパワーアップを遂げているとうっすら耳にしましたので、この目と耳で確かめるのが楽しみです…!

▽No.02:堀川国広(演:阪本奨悟)、にっかり青江(演:荒木宏文 )の歌の色

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共感覚を持っていらっしゃるのですね!
共感覚体験は人によって千差万別ですが、お教えいただいた阪本さんと荒木さんのお声の話、シンパシーを感じられて嬉しいです…

私は聴覚と味覚は連動していないようですので、
「阪本さんの声はミルクティーの味」というお話、大変興味深く読みました。
荒木さんのお声の質感も、私と違うものを見ていらっしゃるようだな…と思いワクワクしました!
あのツヤツヤしつつもふわふわが内包されてる感じ、
強いて物に喩えるなら
羊羹を綺麗に切った時のクオリアに似ています…
でも、ヴェルヴェットを触った時のような感じもあり…

言語化は難しいですね…いやはや…

荒木さんの青江には、歌合2019埼玉公演の「菊花輪舞」でとても美しい景色(現実の視覚としても共感覚体験としても)を見せていただきました…
また現場で荒木さんの青江の歌が聞きたいなぁ…としみじみ思っています。

マロ主さんに逆質問なのですが、声に味が感じられる場合、やはり「今日の阪本さんの歌は味が濃いめでいいな…」みたいな感想を持たれるのでしょうか?
この分野の専門家の1人、サイトウィック博士の本では
「チキンの尖りが足りない」という主張をする被験者がいた…というエピソードがありまして…マロ主さんもそうなのかな?と思いました。

気が向いたらで構いません。よろしければこそっと教えていただけると嬉しいです…!

●私の質問に対して、マロ主さんがくださったコメント↓

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阪本さんの声にミルクティーの味を感じるマロ主さん!
こちらこそ質問にお答えくださりありがとうございます…!
さっそくミルクティーを飲みながら「僕がいる場所」を聞いていました。

味覚が共起する共感覚は持っていないのですが、マロ主さんのお陰で疑似的に味わうような体験ができて幸せです。
ソロの時だと味の印象が色濃く、ユニゾンで他の方も歌っている時は印象が薄まるのですね…!感嘆しています…!

マロ主さんの分析されていた文章なのですが、

>阪本さんが意図的に「ハーモニーの時は声の個性を消して溶け込ませてる」なら

…という部分。
私は阪本さんの刀ミュ以外の音楽活動は追えているわけではないのですが、
なんとなく、その可能性はあり得そうだな…やってのけそうな方だなと思ってしまいました。

これから始まる天狼傳では、そのあたりも意識して堀川の唄うところを聞いてみようと思いました。
つぶさに説明してくださり、とても嬉しかったです。
本当にありがとうございました!


▽No.03:ガラスの筒・試験管のように可視化される歌声

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可視化…可視化ですか?
もしかして、実際に目の前に見えるタイプでしょうか?
共感覚は大別すると2種類のタイプがあるのですが、

ひとつは「ローカライザー」といって、
体験する反応が特定の位置に属しています。
もうひとつは「ノンローカライザー」といって、
正義、とか友情、みたいな概念を思い浮かべる時と似たような体験をしています。
(研究当時、教授から私はノンローカライザー寄りっぽいと言われました)

もし、マロ主さんの感じているものが共感覚由来のものだとしたら、たぶんローカライザー型の傾向があるかもしれないなぁと思いました…ガラスの筒が伸びるような感じ、面白そうです…✨

今朝方のマシュマロへの回答で書いたのですが、
(↑※「No.01:膝丸(演:高野洸)の歌の色」のこと)
「BE IN SIGHT」のCD音源のミュ膝丸の歌がそれに似ていて。
ただ、私の見ている膝丸の歌は、筒ではなくて、中までぎっしり詰まった柱っぽい感じで、あと、高さとか長さの概念は無いので、マロ主さんの知覚は未知の世界です…そこにちょっとお邪魔してみたいなぁと思いました!

素敵なお話ありがとうございました!

▽No.04:萌黄色と褐返色の歌声を持つ有澤兼さん

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マロ主さんの体験の美しさに心臓鷲掴みにされています…

>私から見た有澤兼さんは柔らかな萌黄色と時として夜に変わる前の褐返色

めちゃめちゃ素敵です…

共感覚は主観的な知覚体験ですので、同じ刺激を受けても人によって異なる体験が起こるとされています。
私も中高生の頃にこの概念を知り、深く調べたかったのですが「不思議ちゃんアピール」「自意識過剰」「厨二病」と揶揄されることが多く…研究の場へ行くまでマロ主さんと同様ぼっちでした😥

共感覚保持者って、
「今日の空の青は綺麗だね」
「この服のさらさらした質感がいいね」みたいな感じで
「今日の〇〇さんのギターソロはモスグリーンが効いていて最高」とか言ってギョッとされるじゃないですか…

だから自分一人で噛み締められたら十分では?と思うこともありましたが、「決戦の鬨」の有澤兼さんの声の色が最近無性に好きすぎて、想いのままに呟いたらこのようになりました…
みんな表立って話さないだけで素敵な体験をされているんだなぁ…ということが知れただけでも嬉しいです。

マロ主さんの教えてくださった体験もとても素晴らしいものだと思います。そしてそれを描写する言葉も。
宝物を見せていただけたような気持ちになりました。

11月の天狼傳、マロ主さんも良き観劇ができますようお祈りしています。
どんな景色が見えるかな…楽しみですね☺

▽No.05:加州清光(演:佐藤流司)の歌の色

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今回は、ミュ加州が関わった楽曲の中でも、私が衝撃を受けた「言の花」に焦点を当てた話をさせてください。

佐藤さんのように、ゆらぎ成分がある声(ハスキーボイス)は、私の経験上アイヴォリー系の色の粒子であることが多いです。
ミュ加州もその系統です。

初めてあつぱり(※私は、むすはじから刀ミュを本格的に見始めたので、ミュ加州とのファーストコンタクトはあつぱりです)の公演で聞いた時は
「刀ミュの加州はこっち系の声か!!!」…とドキドキウキウキしました。

この系統の声は、どういうわけか、どういう曲でも声が埋もれにくい&旋律の色にほんのり染まる傾向があります(※あくまでも私の場合は、ですが!)

ミュ加州の歌はそれに芯の安定感が加わって、すらーーーーーーっと伸びる光沢がある粒子の群れになります。
それをきれいだなぁって思っていたんですが、
「Lost The Memory」がCDリリースされて「言の花」を聴いた時、
「ちょっと待ってこんな色持ってるなんて聞いてない…」と狼狽えてしまいました。

CD音源では微細な音成分もきちんと綺麗に拾われてパッケージングされますが、光沢のある粒子の中に、黒曜石みたいなきらきらした欠片が散りばめられていたんですよ…!
公演の音響では見えなかったミュ加州の歌声の音。その尖りがちゃんと見えて、それがもう、べらぼうに美しくて…!

作品としての「言の花」には、要所要所で意図的な声の装飾(がなりとか)も乗せられていますが、声の中で繊細にきらきらする黒い欠片が、
そういった装飾とあまりにも合いすぎて、目を見張りました。

サビの高声域にかかると、光沢のある粒子がぎゅーっと密になり、波のようになってぶつかってくるのですが、なんていうか…泣かせられますね。
らぶフェス'17の「美しい悲劇」を聴いていても感じましたが、心を掌握されるような思いがする、そんな歌声だなぁと思います。

以上です…!

そうだ、ひとつ付け加えさせてください…!
この歌で詠われている花は白い百合ですが、その言葉を選んだ渡邉シェフさんはすごいなぁと思っています…
この曲に「白」という歌詞を乗せる意外性にぞくぞくします…!
ミュ加州が「小百合」って歌う時の「さ」の発声が個人的にとても好きです☺

▽No.06:感想マシュマロと私の返信

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有澤兼さん、小越さん&阪本さんの堀川について、
ずっと抱えていた好きという感情が何故かこのタイミングでほとばしってしまったのですが、ポジティブな反応をいただけて恐縮しきりです…

マロ主さんも何か心の中が晴れたのですね…
文面拝見してほっとしている私がいます…☺️

天狼傳2020、楽しみですね!
マロ主さんにも天狼傳再演で何か素敵な出会いがあったり、佳き思い出ができたりしますように…!
マシュマロありがとうございました…!

▽No.07:楽器の音・コード・楽曲全体に色がある

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マシュマロいただけて嬉しいです。ありがとうございます!

>楽器の音やコード、全体的に聞こえる音にぼんやりと色がある

マロ主さんの文面のこの部分にシンパシーを感じました!

というのも、私が共感覚を自覚した頃は、ボーカルではなくその後ろで鳴っている音楽の色に吸い寄せられることが多かったからです。
実は人の歌声の色やら質感やらに楽しさを見出すようになったのはここ数年のことだったりします…
研究していた頃、共感覚的素養を持つ人は予想外にたくさんいたことに驚かされたので、
もしかするとマロ主さんもそうかもしれません。

▽No.08:真剣乱舞祭2018「Million Melodies」の冒頭のキラキラ

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マシュマロありがとうございます!共感のお言葉をいただけて嬉しい限りです。

>らぶフェス2018の時のmillion melody

うわー!ここは私もめちゃめちゃ盛り上がりました!
むすはじ曲の中でもいっとう好きな曲なので今でも興奮が吹き上がってしまいます…!マロ主さんのフェイバリットは出だしのところで、心洗われるような輝きが聞こえるのですね…!

何だかいてもたってもいられなくなって、この文章を書きながららぶフェス'18を見ていたのですが、2年前のクオリアを思い出してにやにやしてしまいました…!
楽しかったなぁ…
素敵な体験を教えて下さってありがとうございました…!

▽No.09:「髭切膝丸 双騎出陣」で歌に味を感じた話

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マロ主さんは音に味を感じられるんですね!
ミュの髭切と膝丸の声は後味が違う…
…あまりにシンプルな物言いですみませんが…

素敵ですねぇ…

私は味覚は想起しないタイプなので、大変興味深く読ませていただきました!

>食べ物を実際に食べた時のようなはっきりした味覚かと問われると自信を持てない

…これ、すごくわかります。
共感覚を学び始めた時に、自分の感じてる色だの質感だのは、連想とかイメージとか比喩の類ではないのか?とめちゃめちゃ悩みましたし、
教授に「あなたは共感覚持ってるね~」と言われはしたものの、実は未だに立ち止まって考えもします。

決して共感覚に固執しているわけではないのですが、
なんといいましょうか…
本質を知りたい、といいましょうか…
もし共感覚でないとするならば、何に由来する現象なのだろう…
知りたいな…って思っています。

仮にマロ主さんの感じているそれが共感覚に由来するものでないとしても、その体験は得難い素敵なものです。
どうか大事にしていってくださいませ…!

▽No.10:感想マシュマロと私の返信

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はじめまして!
このたびいただいているマシュマロの中には、
私は持っていないような感覚のお話をしてくださる方もおります。
私はそれを読みながらとても興奮したりときめいたりしていますので、
「あなた」の抱いた感情は、「私」の「これ」と同じなのかも…と思ったら、嬉しくて堪りません。

この類の話をした時、揶揄される経験が多かったため、
表立った場所で、視える色を言い表そうと語彙を絞ったのは久々でしたが、
そのようなお言葉をいただけて、幸せな気持ちになりました。ありがとうございました…!

▽No.11:音や声を質感で表現する「癖」について

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テニミュファンのマロ主さんこんにちは!マシュマロいただけまして嬉しいです!
マロ主さんが書いてくださった「癖」のお話。

>ツルツル/ザラザラ

…という文面を見て「ブーバ・キキ効果」を思い出しました。
(※この言葉が示す現象についてはWikipediaを見て頂ければと思います)
(※Wikiの情報を鵜呑みにしてしまうのは危険ですが、
今回に関してはWikiの記事にある参考文献がすべて読んだことがあるものだったため、大丈夫かと思います)

さて、質問いただいた件ですが、
「共感覚」の研究をする時に
「比喩する」「連想する」「イメージする(頭に思い浮かべる)」という行動を考えたり、比較したりすることからはまず避けられないです。
それくらい研究領域としても現象としても隣り合っています。

あと、共感覚を持つ人は、自分が得た知覚の説明をする時に、厳密に再現するために言葉や語彙を尽くすという特徴がありますが、
それが「比喩」「連想」「イメージ」ぽいと言われたりもするようです。

ただし、それらは隣り合ってはいるものの異なるものとして考えられているようです。
どこが違うのか?というと、共感覚は、本来同時に作用するとは思えない脳の部位が同時に動いているらしいのですよ。
(たとえば私の場合「聞く」時に「聴覚」「視覚」「色覚」に関わる部位が同時に動くようです)
(なぜ「ようです」かというと、装置で脳活動を計測した経験は無いからです…)

最近ではそれらを包括する新しい用語を作り、区別せずまとめて研究する、という動きもあるみたいですが、

いただいた質問の回答としては
「比喩と共感覚は近いものとして扱う研究はあります」
ということで一つお願いいたします…!

今回、たくさん有意義な質問やコメントをいただけていまして、
回答を考えるのも書くのもとっても楽しいです!マロ主さんもありがとうございました!


…ひとまず第一弾はここまでとする。

この記事は師事した教授にも知らせる予定です。
このコメント群をきっかけに何か新しいおもしろいことが分かったらいいなぁと思っています。

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